15.領主館
今、わたしは領主館にいくつかある応接間の、とあるソファーに腰掛けている。
召喚である。
魔法使いは魔法陣を使うが、権力者は使用人を使って召還する。
トラントに税を納める(予定の)者として――、トラントの法に守られている、善良なる一市民として、権力者よりの召喚にゃ逆らえないもん!
目の前のテーブルには湯気をあげるカップ。隣に小さくなって座っているのは、アノマロカリスを代表する熊。
チラチラとこちらを見ている。緊張し身を縮めている所を見ると、権力に弱いのか、武器防具を取り上げられて心細くなっているかのどちらかだろうと推測される。
今回お呼ばれしたのは熊とわたしの2人だけ。
ドアが開き、執事さんが入ってきた。
「おなりです」
すっと立ち上がるわたしを見て、バッと音を立てて立ち上がる熊。二足歩行タイプにチェンジした。
「待たせたな」
入ってきたのは、柔和な印象を与える中年男。優男だな!
トラントの領主、ケビン・トラント地方伯だ。
この世界の地方伯と言う位は、王族、侯爵に次ぐ高位。連合独立国の王様並の地位と思って頂きたい。
地方伯の後からって来た男は、ベルトラム・トラント伯爵。薬屋協会のいざこざでお世話になった記憶も新しい。
この世界、伯爵位は、地方伯の下。男爵位の上である。
男爵位は、一般貴族を指すと思って頂いて、そう大きな間違いは無いであろう。
「さあ、座って座って」
ケビン地方伯は、気さくな感じ。優しそうな笑顔で着席を勧めてくる。
一応礼儀として、着席を躊躇していると、ベルトラム伯爵が怖い顔で一言「座れ」と命じた。
素直に座る熊。
「はっ! ガーレ・ケビン!」
わたしは、某軍事国家式敬礼をして着席した。
あ、なんかずるい! 的な表情を浮かべる熊。
なにそれ? 的な顔をして睨み付けるベルトラム伯爵。
「ははは、兄はいつもこんなだ。気にするな」
ああ、そういえば、領主として立つこの人は、弟さんなんでしたっけ?
爵位継承について、1つの物語があったようだが、知ろうとは思わない。めんどくさそうだし。
挨拶が終わると、弟さんが話しかけてきた。
「ここへ2人を呼んだのは――難しい話をする為ではありません。市井よりめぼしい領民を呼んで雑談をするためです」
ほうほう! だけど、お兄ちゃんのベルトラム伯爵は、違うんだけどねって気配を醸し出している。目が違う方向を向いているし。
なんか裏がありそう。
熊が先に雑談の相手となった。
この熊、ケビン閣下のクロージング話法に引っかかりやがった。非常時に、アノマロカリス全員が参戦することを約束してしまいやがった。貴族相手だと口約束だけで契約が成立するからなぁ。後が大変ですよぅ。
この件を前例と位置づけ、高い戦闘力を持つ冒険者を次々と紐付けにしていく算段だろう。
この領主、外観は優男であるが、中身は海千山千の政治家だ。兄のベルトラム氏が裏方に回ったのが納得できる。
そして、爽やかな笑顔がわたしに向けられた。わたしは熊のように甘くない。経験値で言えばわたしの方が上なのだから。
さあ、手のひらで転がしてやろう!
「ニア、ニアちゃんですね? そなたは薬屋協会から睨まれています。この町は冒険者が多い。冒険者より上納を受ける税もバカになりません。そして、その冒険者を支える組織の1つが薬屋です。薬屋協会もそれなりの力を持っています。その力を間違った方向へ使われるのは遺憾に思っています。さりとて、先の絡みもあり、私は力による解決を望みません」
金を落とす頭数が多いのだから、集まる金が多い。金を持つ者は力も持つ。かくして権力者とマウントの取り合いとなる。そう言っているのだろう。
「ニアちゃんをここへ呼んだのは、薬屋協会より、ニアちゃんを守るためなのです。私の考えが分かりますね?」
「はい」
理解できるので肯定しておく。
あくどい商人の魔手から、いたいけな童女を守る正義の権力者。そういう図を引きたいのでしょうかね?
「この町の領主に知遇を得る。それだけで牽制になる。そう思いませんか?」
「はい」
そう思うので肯定しておく。
あのチビッコは恐い権力者と繋がっている。それだけで迂闊に手を出せないからね!
お得な内容だ。
「ニアちゃんに喧嘩を売る者は、私に喧嘩を売るも同然。そういう事になりますね」
そういう事になるわな?
「ちなみに、ニアちゃんの田舎は何処ですか?」
「と、遠い田舎ですよー。西の方ですかねー? 山の中の小さな田舎の名前も無い村ですよー」
よし、すらすらと言えた。
ケビン閣下は爽やかに笑った。
「さぞ緑豊かな美しい村なのでしょうね」
「その通りですよー!」
うむ、あの村は清潔で美しい。わたしが作った村だからな!
「そんな美しい村とは、仲良くしていきたいものですね」
笑顔から一転。哀しそうな顔をする。
「もし、まかり間違って、ニアちゃんのお里とトラブルを起こしてしまった場合、仲介に立って頂けますね?」
「当然ですよー!」
ドンと引き受けた!
「領主との約束ですよ」
ケビン閣下はウムと大きく頷いた。すごいホッとした表情。兄のベルトラム閣下に笑顔を向けハイタッチ。
よく解らない兄弟ですよー。
場所を移してお食事会ですよー!
なぜか記念に食事でも、と誘われた結果ですよー。
領主兄弟と、領主婦人。そしてお世継ぎのレオン君10歳。妹さんのフローラちゃん8歳。そして熊。合計7人でテーブルについている。
ここで気になったはレオン君。以前ハチより体が弱いと教えられ、ハンゾウより偏食が激しいと教えられた少年。
確かに、線が細いね。食事そのものが楽しく無さそう。
茹でた柔らかい物しか口にしないし、色の濃い野菜はダメみたいね。
緑黄色野菜はわたしも食べ飽きているので良く理解できる。このわたしが、神に感謝する事がある。ピーマンがこの世界に無かったことをな!
お肉は口に合うみたい。野菜の三倍は食べている。お肉は美味しいもんね! 仲良く出来そう。
おや、もうお腹いっぱいですか? 噂通り小食ですな。
一方、妹ちゃんは何でもよく食べる。ニコニコ顔で食べている。よい子だ。
食事も終わり、デザートの果物が出てきた。袋を剥かれた大きなオレンジだ。
口に入れる。プリッとしたツブツブを噛みつぶすと、甘酸っぱいジュースが弾け出る。
この酸っぱさが刺激的。ほっぺたが痛い。唾液が出てくる穴が緊急解放したからだ。
妹ちゃんの口が*印になってる。刺激が納まるとにっこり笑う。楽しそうに食べる子だ。見ていて微笑ましく思う。
で、お兄ちゃんはというと、……オレンジに手を出さない。酸っぱいのが苦手なのだろう。薄味のビスケットを囓っている。
おや? 囓られたビスケットに赤い色がついてる。血の色だ。口の中に傷でも出来ているのか? 剣の修行が激しくて、血反吐を吐いているとか?
あるいは、朝の鍛錬で顔面に一発喰らってるとか?
食事が終わると、手入れされたドジョウ髭を生やした老人が入室した。手ずからケビン君に薬を渡し、飲むように促す。
何度かの逡巡の元、不味そうに薬を飲む。この臭い……この薬は……。
ふと視線を感じた。ケビン閣下が意味ありげにわたしを見ている。
「ニアちゃん、息子は最近体調不良でね。ヴァルター博士に診てもらい、食後に投薬していただいてるんですよ」
「閣下、ヴァルターでは無くワルターです」
ワルターさんが修正した。
「ワルター博士はメディック国で医学を修めた高名なお医者さんなんですよ」
わたしに向けて説明してくれているようでけど、当てつけっぽい匂いがするのは何故?
……あ! 医術先進国メディック国読みだと、ヴァルターと書いてワルターと読む。
このおっさん、メディック国かぶれだ! 生まれはトラントでメディック国へ医学留学して、その事が自慢なんだ!
でもって、名前をわざと間違えた。ワルター博士が気に入らないのですな。
「こちらがニアさん。町で薬剤店を開いているのですよ。高給取りの冒険者に人気の店です」
紹介されたのかな? 軽く頭を下げて挨拶の代わりとした。
ワルター博士は、わたしをチラリと見ただけで挨拶をしようとしない。
何これ気分悪っ!
こちらの感情に気づいてないのか気づいているのか、ケビン閣下は話を続ける。
「ワルター博士のお薬、なんだかわかりますか?」
悪戯っ子ぽい笑みをこっそり浮かべる領主閣下。
「血止めですかよー?」
匂いで分かる。エルフは五感が優れている。それと苦そうなレビン君の顔から推測した。
「……正解ですな」
ちっとも面白く無さそうな表情を浮かべるワルター博士。
対処は間違ってない。まず血を止め、出血部位の治癒を促す。
問題なのは……。
「どれくらいの期間飲んでいるかですよー?」
仏頂面のワルター博士は、お伺いを立てるため、領主閣下の顔色をうかがった。
OKが出た模様。
「気候が緩んだ頃だから、一月前だ。ここ数年、同じ症状を訴えになられる。毎年、この投薬で治癒してきた。問題無い!」
おおぅ! 語尾が強いデスネー。
でもさ、一月もの投与は不味いよ。
それ、血が固まる薬みたいだから。
レオン君は若いから大丈夫みたいでけど、中年より上だったら脳血栓とかおこしてるよ……って、そこまでの医学知識はこの世界に無いか。残念!
主治医で高名な医学博士が「問題無い!」と力強く言い切ってるんだから、問題無いでしょう。第一、わたしには貴族の子弟がどうなろうと関係ない。
先の大戦でトラント軍は、我が軍団を苦しめた一角。貸しはあるけど借りは無い。むしろ、子孫が絶えてくれるなら上等!
レオン君、見た感じ……10歳なのに肌が荒れている。気が急いていそうな。風邪も引いているみたいだし。袖から内出血跡がチラリと覗いている。おや? 関節が痛むのか? この年頃なら成長痛かも知れないが……。
ふむ……有名な病気かもしれませぬな。
「ところで、ヴァルター……失礼、ワルター博士。そろそろ薬の材料が切れると、話をしていましたね」
変なタイミングで変な話。外部の者がいる場所で、跡取りの命に関係する薬の話をするのか?
それをヴァルター……失礼! ワルター博士も感じ取っている模様。わたしを親の敵みたいな目で睨んでいる。領主閣下がわざと名前を間違えた当てこすりで、幼気な童女をいじめるのはやめてもらいたい。あんたのメディック国かぶれが気に入られてないと早く気づくべし!
「グリーンレイシです。レオン様のために、仕入れねばなりません」
「明日、冒険者ギルド主催で、薬剤のオークションが開かれる。博士、そこに参加して頂けませんかな? なるべく上質な材料を見繕いたいので」
博士は鷹揚に頷いた。
「そうそう、ニアちゃんもご一緒致しませんか? 博士についていくと、勉強になると思いますよ」
持ち上げられて上機嫌のワルター博士。権力志向の強い人間は、おだてると何処までも上がっていく。
「私も顔を出そう」
おおう! ビックリした。ベルトラム伯爵閣下、いきなり大声を出さないで頂きたい。
「なに、レディの護衛だと思ってくれれば良い。どうせ、金蔦のボンセも参加するだろうからな」
「よし、決まりだ! この町の領主として命ず。ワルター博士とエルフ屋のニア、共に参加せよ!」
「エルフ屋では無くてアルフィス薬剤店ですよー!」
「ああ、アルフィス薬剤店ね」
こうして済し崩しに、オークション参加が決まってしまった。
嵐の前に静けさなど無い。
風が強くなっていき、雨が強くなっていき、気がつけば嵐のただ中にいる。そんなものだ。




