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13.捕食者のダンジョン

 俺の名はクマデアール。エルフのチビからは熊と呼ばれる男だ。

 自慢じゃねぇがAクラスチーム、アノマロカリスを率いるA+(プラス)ランクの冒険者だ。


 昼前から捕食者のダンジョンへ潜っている。何度も潜った馴染みのダンジョンだ。

 このダンジョンへ潜る資格は無制限。駆け出しの冒険者でも拒絶はしねぇ。だけど下層まで潜って生還できる資格はAクラス以上、B+(プラス)チームでギリと言われている。


 受けた依頼はケチな薬草摘み。それも破格の値段で。


 ちょいと前に大きな山を踏んだんで、金に困っちゃいねぇ。受けたのは……やっぱ金だ。

 魔物討伐って物騒な依頼でも無かったし、お花摘み気分で引き受けたんだが……。


 結果、大後悔絶賛進行中だ。


 一層目を通過中に、異変に気づいた。

 魔物共が浮ついている。つーかよう、地に足が付いてないってのか? 本なんざ読まねえ(タチ)だから、上手い表現が出てこねぇ。ま、そういった感じだ。


 今から思えば、そこで引き返しときゃ良かった。

 何とかなるさ! とか、その時はその時だ! とか、無策に突っ込んじまったのが敗因だ。


 異常に興奮した魔物共が出るわ出るわ! 強力な魔獣は当然襲ってきやがるが、いつもなら逃げ出すはずの弱い魔物まで襲って来やがる。


 何興奮してんだこいつら?


 現状どうなってんのか? ってか?


 魔法使いは魔力切れをおこしている。エルフ屋から買った魔力全回復薬を全て使い切っちまった。


 2人の剣士は手傷を負ってる。ネコカブーリが酷い。足をザックリやられて踏ん張りが利かねえし、走れねえ。


 斥候役のトリラシーゾが毒にやられた。エルフ屋の薬で回復できたのが奇跡だ。代わりに体力をゴッソリ持っていかれちまった。お陰で俺様が先頭を歩いてる始末。


 かく言う俺様もズタボロ。疲労もピークだ。あんとき、最後の体力回復薬を使ってなければ、さっきの戦闘で死んでた。もう一戦は……無理だな。握力がほとんどねぇ。


 まさにエルフ屋様々だな。無事帰れたら、メシをおごってやるって誓うぜ!


 でもって退却中だ。


 通常ルートは魔物でわんさか。別ルートに向かう枝道を移動している最中。


 別ルートとは名ばかりで最深部への最短ルート。道幅も広いし天井も高い。魔法の明かりまで完備されている。本来こちらが正式なルートなのだが、誰も使わない。


 正規ルートだからか、強力な魔物がわんさか居やがるからだ。


 話を戻すが、この枝道の先にちょいと開けたスペースがある。幸いな事に魔物の嫌いなハーブがわんさか生えてやがる。鼻が曲がりそうなほど臭くて敵わないが、今はそこが天国に思える。


 いつもは絶対反対を唱える女性陣も、いっさい文句を言わないから立派だ。

 そこまで行けば休憩できて、体力も回復できる。


 お、広場が見えてきた。


「みんなけっぱれ! あと少しで安全地帯だ!」

 返事は弱々しかったが、みんなの足が速くなった。

 咽せるようなハーブの匂い。こんなにもきつかったかな?


 よし、出たぞ……。

 まず目に入ってきたのは、壁一面に付けられた傷跡……?


 魔物の爪痕はもちろん、砕かれた壁や、焦げたあとが無数に付いている。

 それも広間の四方全部。いや、天井もだ! あ、足元のハーブがめちゃくちゃになってる! 


「いったい、どうしちまったんだ?」

 頼れる頭脳。斥候役のトリラシーゾに話を振った。


「なにか巨大な生物が暴れたあとか? それとも、もしや魔獣のスタンピートか――」

 トリラシーゾは最後まで喋らず、耳を澄ました。


 静かにしなければならない。

 ダンジョンの深部へ繋がる暗い通路から、物音が聞こえた。


「竜種っぽい声だったな?」

「此処のハーブは、特に竜種が嫌がる匂いだぞ」

 今日だけは自信は無いが……。


 奥行きを感じさせない漆黒の闇。

 今や気配を感じる。息遣い。足音。何だこれは?



 闇を抜け、赤い巨体が湧いて出た!


”グギャーーーァオオウ!”


 畏怖のスキルが全解放された魂切る咆吼。血走った目。飛び散る血。見上げる巨体。


「レ、レ、レッドドラゴン!」


 暴君レッドドラゴン。翼を持たぬドラゴン。地上戦最強の生物。炎の暴力。

 色んな言葉が頭に浮かんでは消え、最後に残った言葉は――


「死ぬ」

 チーム・アノマロカリス。動ける者はいなかった。まさか、俺たちがこんな所で――。


 あれ?


 レッドドラゴンが流血してる?

 片腕の肘から先が無いぞ?

 怪我をしている? 逃げている?


『星を継ぐ者よ、月は無慈悲な女王なり――』

 レッドドラゴンの後方、闇の奥より詩を紡ぐ声が聞こえる


『あまたの星、黎明の星、渇きの海へ帰れ――』

 レッドドラゴンの後ろから、首を2つ無くしたヒドラが湧いて出た。


『カエアンの聖衣を纏う栄光のペルシダーよ』

 ヒドラだけじゃない! 有象無象の魔物が一度に飛び出してきた!

 こいつらみんな逃げてるんだ!


『バレロンのスカイラークの名を用い、ソラリスの陽のもとに夏への扉を開け』


 みな手負いの魔獣だ!

 やばいぞ! これは!


「伏せろぉー!」


 叫ぶなり、左へ飛んで地に伏せた。仲間も左右に飛んで転がった。俺の言葉を真に受けてその場での転ぶヤツはいない。


陽焔勅撃砲(アイザーアジモフ)!』


 闇の奥で爆発的な光が発生。


 それはレッドドラゴンの巨体を凌駕する炎の固まり。

 螺旋を描きながら、レッドドラゴンへ一直線に迫る。

 通路を炎が抜けた。


 螺旋回転の勢いで、分離した無数の炎が散弾状態で全方位へ飛び散っていく。

 この散弾1個分で、我がチームの魔法使いが放てる最大火力を超えているだろう。


 オーガーやジャイアント程度の魔物なら、この炎だけで一撃昇天だ。


”ギグッ”

 そんな悲鳴を上げて、ヒドラが爆散した。


”アー”

 生者を食らう剣のような牙を持つ口から悲鳴が飛び出した。


 イヤイヤと首を振るレッドドラゴンの腹に直撃。突き抜けながら燃え尽くして行く。


 炎の固まりは、反対側の壁に激突。散弾と化した魔弾が部屋中にばらまかれる。


 ダンジョンが大きく揺れる! まだ揺れが収まらない!

 天井を構成する岩石が、破片となって俺達の体だけに降り注ぐ。魔物なんてとっくに焼かれて体なんざ残ってねぇ!


 やっとこさ揺れがおさまったけど、動けねぇ。

 いや、正確には体が動かねぇ! 耳がキンキンする!


 何かが近づいてくる。こいつらをやったヤバイ魔物がやってくる。

 理由はわからない、涙がこぼれて仕方が無い。嫌だ! 死にたくねぇ! かあちゃん!


 耳が足音を拾えるようになった。


 闇から姿を現したそれは――。


 白?


「ロックですよー! ダンジョン攻略はロケンローラーですよー。捕食のダンジョンとは良く言ったものですよー!」


 エルフ屋のチビエルフ?


 いつもの服に、サンダル履き。手には買い物籠。


 ちょっと角の店へお買い物に。

 こいつ、そんな装備で捕食者のダンジョンへ潜ったのか?

 買い物籠からメランジ草が溢れているし!

 こいつ下層を攻略したのか?


 倒れている俺達に気づく風も無く、出口の通路へ向かって行き……足を止めた。


 流れるように、歌うように呪文を詠唱。

 空中に浮かんだ大きな魔方陣が高速回転しだす。


陽焔勅撃砲(アイザーアジモフ)!」


 さっきの火焔だ!


 竜をも焼き殺す火焔が通路を穿つ!

 壁や天井が削れていく!

 魔物が居ようが居まいが、全てを焼き尽くし安全を確保してから先へ進むってか?


 そーやってダンジョンを攻略してたのかー!  











 さあ、金の蔦商店に、人数集めて討ち入りタイムですよー!


「エンデバリオンですよー。サービスで高濃度化しておいたですよー」


 わたしの後ろには、麗しのトラント亭の従業員(3人だが)全員と、町内会の主要メンバーが腕をまくり上げて息巻いていた。

 一方、前にいるのは、超悔しそうな顔をしているボンセ。超悔しそう。超である。


「これで弁償は済んだですよー。ご迷惑をおかけ致しまして申し訳ありませんでしたよー!」


 ボンセ氏の手を握り、エンデバリオンの入った容器を握らせた。

 確実に物理的に手渡しした。証言者多数。


 おまけに噂を聞きつけた町の人たちが、大勢表の通りに群がっていた。野次馬である。


「おいおいテメェ、金蔦屋! これで文句ねえだろ! 何か言うことはないのかよ!」

 コンラント大将の怒りは大きい。娘が填められたのだから、その仕返しはきっちりするつもりだ。

 ボンセ氏を追い詰めた。


 ところが――!


「何を言ってる! そっちが店の商品を壊したんじゃないか! 弁償するのは当たり前。謝りの言葉すら無いとはどういう了見だ?」

「うっ!」

 言葉に詰まる大将。そして町内会の皆様。

 いや、一応は謝ったが。


「貴方が売り物を壊した乱暴な子供のご両親ですかな? 子供共々乱暴な方ですなぁ。きっちり謝ってもらいますよ。大人数で押しかけて、私が悪者みたいじゃないですか! 実に気分が悪い!」


 ボンセ氏の言ってる事は正しい。

 こちらが加害者。そちらが被害者。


 弱い物が強者だ。世の善悪という理性を身につけた人類は、狂った猿からここまで進化出来たと言うことだ。良いことである。


 しかし、まだ勝負は終わってない。わたしの手元にカードが一枚伏せられている。

 これより、魔物共を率いて、全人類と戦った魔道師の手練手管を見せつけてくれるですよぅ!


「ボンセさん、商売人の頭は何の為にあるのか、ご存じですかよぅ?」

「それは……金計算の為に決まってるじゃないか!」


 ボンセ氏、軍師を名乗るだけあって、意味ありげな問答にはすぐ乗って来る。


「違うですよー。商売人の頭は下げる為にあるのですよー。1ユーラでも多く手に入るなら、商売人はすぐに頭を下げるですよー」


 予想外の答えだったか、一理あると思ったのか、ボンセ氏は言葉をすぐに返せなかった。


「わたしが代わりに頭を下げるですよー。下げたら許して欲しいですよー」

 秘技、土下座作戦!


「なんてこと言うんだニアちゃん!」

 ざわつく町内会メンバー。


 一方、ボンセ氏は笑ってる。勝利を確信して笑ったのだ。


「いいですよ。ケジメさえつけてくれれば、私は満足です」


 そう、もともとわたしに商品を割らせようとして画策した一件だ。頭を下げて屈服してほしい人物は、大将では無くわたしなのだ。


「このとうりですよー」

 ここは店の中。深々と頭を下げた。


「クックックッ! いつもその様に素直なら、私も便宜を図らせてもらいますのに。よろしいでしょ。全て水に流しましょう、クックックッ!」


 人の本性を探るには、何に対して笑うかを見るに限る。

 ボンセは、こういった類に対して心より笑う男だ。そのように記憶しておこう。


「さ、お客さんのお帰りですよ、みんな見送って!」

 ご機嫌のボンセさん、手をポンポンと打ち鳴らし、店中の従業員を呼びつけた。


 よしよし、こちらから仕向ける前に、予定通り動いてもらえた。


「みんな帰るですよー」

 無理くりに表に出て行く


 まるでいたたまれなくなったように出ていく。


 店の前で大勢の従業員が並んだ。

 特別のお得意様を見送るような風体が皮肉だ。


 表には大勢の野次馬が集っていた。町中の人が集まったかもしれない。


 そこへ、ボンセ氏自ら見送りにでた。堂々と、町中のみんなに自慢するかのように。


「有り難うございました、これからもどうぞ御贔屓に」

「しゃーーーーーーした!」

 10名に上る店員が一糸乱れず頭を下げる。


 ボンセさん、人生最高潮でしょう。


「そうそう、ボンセさん」

「何ですかな? エルフ屋さん」


 ボンセ氏は勝利者の余裕をちらつかせている。


 大きく息を吸い込んで――


「今日はこれくらいにしておいてやるですよぅ! 次は無いと思うですよぅ!」


 ほら、ボンセ氏が丸い口をしてパニックにおちいった。

 奥義、言った者勝ち作戦!


「凱旋するですよ、みなさん!」

 肩で風を切って颯爽と歩き出す。


 野次馬の中から拍手が起こる。その拍手が野次馬全体に回るのはすぐだった。

 ココに集いし者どもには、幼いエッダを汚い手ではめたボンセと、彼女を守るために立ち上がったご町内の皆様方というストーリーを仕込んである。

 

 ハンゾウ、良い仕事をしてるですよう!


「ま、まて――」

 何か叫ぶボンセ氏の声は、万雷の拍手と歓声にかき消され、誰の耳にも届かなかったのであった。










 正々堂々と戦うスタイルの主人公には、正面からぶつかって叩きつぶす。

 搦め手を常套手段とする主人公には、卑怯な手でを使って叩きつぶす。

 主人公が最も嫌がる負け方は、主人公が得意とする戦法なのである。 










 ハチとヘルムートのことを出されると危なかったですよー!




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