12.依頼 その2
「う、うちの娘が大変な事を! 申し訳ありません!」
あれからすぐ、話を聞いたエッダのお父さんとお母さんが詫びにやってきた。
お父さんは土間に頭を擦りつけている。
エッダはお母さんの腰にしがみついて泣きじゃくっていた。
騒ぎを聞きつけた町内会の皆さんも集まっている。そして口々にボンセにまつわる愚痴を言い合い憤慨しまくっている。ほおっておいたら革命が起こりそうだ。
「ちくしょー! ボンセのカエルやろう! よし、これから蛇を籠にいっぱい詰めて、店にぶちまけてきてやる!」
「待つでござる! 待つでござるハチリアーノ氏!」
飛び出そうとするハチの腰にしがみついて止めるのは、ニートのヘルムート君だ。物書きを自称するだけあって、物事を順序よく考えられる能力の持ち主である。偉いぞ。もっとも、ハチの行動を止める気はさらさらないが。
「蛇などぶちまけなくとも、店の商品を水浸しにしてやれば、売り物にならず大損害を与えられますぞ!」
「その話乗った!」
二人して出て行った。あと、血の気が多そうな若い連中が後に続いた。
そっちはまかせる! わたしは無関係だ!
「金蔦屋の旦那も底が浅い男ですこと」
珍しく、マグラ姉さんが眉を寄せていた。美女だけに許される不快を表す表情だ。絵になる! わたしもいつかああなりたい。
「申し訳ありません、私らが店を売ってでも金を工面致します!」
麗しのトラント亭を売っても金貨150枚にはならないだろう。
「コラントさんとこを潰す訳にゃいかねぇ! 俺達も有り金出すぜ!」
町内の人々も賛同してくれたが、端金しか集まらないだろう。
気持ちの良い人だ。役に立たないハチやヘルムートも含め、ご近所さんはいい人達ばかりだ。
元々、わたしとボンセの争いだったのに。
エッダの家族は巻き込まれただけなのに。
いわば被害者なのに……。
……気がついてないようなので、黙っておこう。
エッダ一家は、いい人達と言うより、お人好しさんの集合だったのだ。
「その必要は無いですよー」
わたしは手をヒラヒラと振った。
「しかし!」
なおも言いつのるご両親を押しとどめた。
話の方向を変える必要がある。いつまでも解決先を提示せず同じ所をぐるぐる回っていても時間の無駄だ。
「手伝って欲しい事があるですよー! エンデバリオンを製剤する為には、小さな器が沢山必要なんですよー。そっちの手配を大将のところでお願いしたいですよー」
「エンデなんとかを作るってのかい?」
ご近所のおばちゃんが、目を丸くしていた。
「そりゃいいね! コンラントの大将んとこ、幸いにも食堂だ! コップやら小鉢やら器は沢山あるものね」
マグラ姉さんがイイ方向へ話を誘導してくれた。いい女は機転も利く。
メモしておこう。
「お、お任せ下さい! うちに有る物ね、もうね、全部使っっちゃてください!」
「わたし達も手伝える事はないかい?」
おかみさん連合だ。
「綺麗な水を大鍋で3杯ほど一刻ばかり煮立たせて、冷たくなるまで冷ましておいて欲しいですよー。埃が入ったり指を突っ込んだりしないように工夫して欲しいですよー」
「わかったよ! みんな! やるよ!」
リーダー格の太ったおばさんが音頭を取った。
話はようやく進んだ。あとは全力で薬を作るのみ。
しかし、あの自称軍師ボンセ。どこかで妨害工作を仕掛けてくるはず。
それは考えても仕方ない。それより、残された課題を解決しよう。
「問題のメランジですよー。アレは日に当たったり空気が揺れたりする所に生えないのですよー」
「ダンジョンね?」
マグラ姉さん、正解ですよー!
「冒険者ギルドだ! 冒険者ギルドで頼もう! 依頼料はうちが出す!」
コンラント大将のおごり確定!
おっと時間が無い。冒険者ギルドへ急ごう!
「そのクエストは難しいわね」
冒険者ギルド受付嬢のおっぱい小娘が、否定的な見解を述べている。
「なんだあんた! 困ってる者の依頼は受けられねぇってのかい!」
「そうじゃなくて――」
怒り狂う大将を軽くいなす小娘である。ここんトコ、小娘でも豊富な経験がモノを言う。このあばずれめ!
「何故難しいのか、話を聞くですよー」
ドサクサに紛れて、豊かな胸を掴もうとした大将を押しとどめた。
「あのねニアちゃん。メランジ草は、2つあるダンジョンの内、上級者クラス用の『捕食者のダンジョン』の下層でしか採れないの」
「それがどうかしたですかよぅ?」
上級者用ダンジョンである捕食者のダンジョンでしか採れないという事は誤算だったが、生えてないという最悪の事態では無い。入手可能なのだ。
「難しいのは、採る事じゃ無くて、……時間と、それと一番大事な人材よ」
時間? 人材?
「上級者向けダンジョン下層部は、Aクラスランカー以上のパーティじゃ無きゃ生還はおぼつかないの。そしてAクラス冒険者は、依頼を受けてすぐには潜らない。危険な場所だから、じっくり時間を掛け、十分な準備をしてから潜るの」
難しい理由が分かってきた。
「今すぐ繋ぎを付けられたとして、準備に一日。潜って帰るまで数日は必要よ。とてもじゃないけど明後日の午前中にメランジ草をニアちゃんに手渡せないわ」
考えたな、ボンセ! 必至に考えたな!
「そんな事やってみなきゃ解らんだろうが! 此処で引いたら男が廃る! 冒険者に話をさせろ! 金に糸目は付けねぇ! 今すぐにだ!」
大将がヒートアップしてきた。余分な金なんか持ってないくせに。
「そんな依頼を受けるギルドは信頼できないギルドよ。話を聞きなさい! 今、この町に滞在するAクラス冒険者パーティは、アノマロカリスだけ」
「だったらアノマロカリスを紹介しろってんだ!」
「話を最後まで聞きなさいっつてんだろオタンコナス!」
脳パイ小娘が啖呵を切った。なかなかの迫力だ。
「そのアノマロカリスは、既に指名依頼を受けて、明日日の出の時間に捕食者のダンジョンへ潜るのよ! 先約があるの!」
まさか、その先約とは……。
小娘が、わたしの目に視線を合わせる。
「薬屋協会の協会長にして金の蔦商店の店長、ボンセ氏よ。依頼内容は『メランジ草を全て採取、または、メランジ草の除草』。どうよ?」
そこまで手を打ってから、アルフィス薬剤店に来たのだ。小賢しい自称軍師め!
「言っとくけど、彼らに頼んじゃダメよ。横流しに相当するから。依頼者側はギルドに立ち入り禁止。冒険者側は全ての資格剥奪と永久追放。一番重い罪ね!」
「……万事休すか」
大将が崩れて、小娘の胸ぐらに手を伸ばそうとしたところを邪魔したわたしはナイスプレイ。
「ボンセの策は万全ね。軍師を名乗るだけ有るわね。今回は諦めなさい」
あ、諦められる訳無いでしょがよー!
まだだ。まだ諦めんぞ! わたしには残されている手が1つだけある!
ハンゾウを使う時がこれほど早いとは思わなかったですよー!
リミットまで2日と20時間。
ロックな状況ですよー。
ロケンローラですよー。




