11.依頼 その1
朝からお向かいのエッダが飛び込んできた。
「なんでわたしを呼んでくれなかったのよぉー!」
「何故呼ぶ必要があるのかですよぅ? 役に立ってくれたのですかよぅ?」
どうやら昨日の薬屋協会ネタを聞きつけて来たらしい。
「伯爵様見たかった! 金の蔦商会がぎゃふんと言うとこ見たかった! 伯爵様見たかった! A級チーム・アノマロカリス見たかった!」
伯爵という単語が二つ入ったところを見ると、目的は伯爵か。
「だって、伯爵様は独身なのよ! わたし、いつダンスのお誘いが来てもいいように、毎日練習してるんだからね!」
無謀な玉の輿を狙っている女の子が一人います。
そんなことより――。
「チーム・アノマロカリス? 世界最強の肉食獣を冠するとは、恐れを知らぬ者共ですよー」
伝説の肉食魔獣アノマロカリス。神話時代にバージェス大爆発を引き起こし、世界の半分を道連れにした張本人と聞いている。おそらく、全盛期のエルドラでも勝てぬ相手だ。
「クマデアール様とサルミターイ様がいらしたんでしょ? 会いたかった!」
「森に入ればすぐにでも会えると思うですよー。熊と猿が、Aクラス冒険者だったとは……確かにそんな発言があったですよー。知性が認識しても感情と常識が認識しなかったですよー」
もっと真面目に生きようよ、人類。
「邪魔するぜ!」
「あ、熊!」
「クマデアール様!」
噂をすれば何とやら、熊が向こうからやって来た。
鶏みたいなケバい男と、ハイジんとこの犬みたいな耳当てが付いた黒マント姿の魔法使い――女だな――を連れている。
「トリラシーゾ様とイヌカシーラ様」
「何しに来たですよー?」
「薬屋に来たら薬買うに来まってんだろ!」
「非合法のクスリは取り扱って――」
「傷薬とか毒消しとか無いのか!」
「クマデアール様! キャー!」
「ここがエルフ屋」
「イヌカシーラ様! キャー!」
「アルフィス薬剤店ですよー!」
「カオス!」
「トリラシーゾ様! キャー!」
「ちょっと落ち着こうか、エッダ」
その後、大いに話が脱線したが、チーム・アノマロカリスは、良いお客さんだった。
傷薬はもちろん、毒消しや、低位魔物避け遺伝子改良でないハーブ。体力回復の栄養ドリンクに魔力回復薬まで買っていってもらった。
なんでも、間もなくダンジョンに潜る予定だそうですよー。
2ヶ月は寝て暮らせる金額を落としていってくれた。冒険者様々である。冒険者ギルドに足を向けて寝られないですよー。
さらにお昼はエッダの店で出してもらった。
エッダの事をションベン臭いガキとか、胸つるペタだとか、もう思わないですよー。
そしてお昼を過ぎたけど夕方とは呼べない時間帯。
暇になったのか、またもやエッダが店に遊びに来た
エッダに振り回され、さんざん遊び回られたあげく、ようやくお引き取り願える運びになった。ションベン臭い胸つる少女め!
「じゃ、帰るね! 晩ご飯無かったら食べにおいで」
「有り難く食べさせて頂きますですよー!」
良い子だ。
「じゃ!」
エッダが、店から出ようと振り向いたら、ちょうど入ってくるお客さんとぶつかった。
エッダは、弾き飛ばされて尻餅をついた。入ろうとした客が手に持っていた容器を落とした。
がしゃん!
広がる薬剤臭。
危険なものでは無い。すぐに分かった。
しかし、この匂いは独特の……。
「あー! このガキ! 何て事してくれるんだ!」
殿様ガエルと見まごうブヨブヨの巨体。
薬屋協会会長にして、金の蔦商店店長、ボンセだ。腰巾着のランドを連れている。
まためんど臭いヤツとぶつかってくれる……。
「この薬品はエンデバリオンだぞ!」
「エンで何とかって何よ! ぶつかってきたのはそっちじゃないの!」
「ぶつかった時、おまえ余所見してただろ!」
「うっ!」
根が良い子だから、嘘をつき通せない。言葉に詰まった方が負け。
やれやれ、どうやって納めるかだが、ものがエンデバリオンなだけに――。
「弁償するわよ! おいくら?」
「弁償するといったな小娘!」
しまった! 口を挟むのが遅れてしまった。ここまでエッダが短慮だとは思っていなかった!
「ちょっと待つですよー!」
「金貨100枚で足らないぞ! 利益を考えれば150枚だ! 払えるのか!」
ああ、手遅れ!
「ひゃ、ひゃくごじゅうまい、って――」
また言葉に詰まるエッダ。聡明な彼女の事だ。高い薬はとことん高いと言う事を知っている。
可哀想に、顔が紙のように白くなっていた。
金貨150枚。家を買ってお釣りが来る。
「う、うそ!」
わたしの顔を見るエッダ。この薬品はエンデバリオン。匂いからしても、材料は間違いないものだ。レベルは知りようが無いが。
「ほら、ここに生産証明書がある!」
広げられた紙は公式証明書。公印が押されている。
ずいぶん用意が良い。まるでぶつかって落として容器が割れるのを見越していたかのようだ。
……だいたいのからくりが見えてきた。これか? ハンゾウが言ってた仕掛けって。
「おい! エルフ屋の店主! 説明してやれ!」
「ニアちゃん、エンデバリオンって何?」
顔を真っ赤に染め上げて怒るボンセと、状況を把握しつつあり青ざめるエッダ。
ボンセはわたしに難癖を付けようとしていたのだ。所がどっこい、エッダという旨い魚が先に食い付いてきた。
エッダは、わたしの身代わりで被害者となったのだ。
「エンデバリオンとは、高級魔力回復薬ですよぅ」
「ほえー?」
「薬剤師の腕により、超高級品にも、低レベル品にもなる薬剤なんですよぉ!」
これは、わたしの調合師としての腕を試そうとしている?
「難しいお薬なの?」
「難しいというか、メランジという薬草が必要なのですよー。メランジを採取するにも、注意が必要なので素人には採取不可能なんですよー。さらに厄介な事に多年草だけど、滅多な所に生えていないのですよー」
そしてわたしのスーパー能力を持ってしても栽培は不可能。育成条件が再現できないので諦めた薬草だ。
これは、調達する能力も試されている?
「ほほう、知識だけは本物のようだな」
ボンセが褒めてくれたが、愉快には成れない。
「昨日の関係修復にと珍しい薬が手に入ったので、客に渡す前に、エルフ屋に見せてやろうと持って来たらこのザマだ!」
そして笑う。例えるなら首筋の産毛が逆立つような笑顔。
「言葉に出した以上、弁償してもらうからな! お前の親は何処だ!」
「お、親?」
エッダは親に迷惑を掛けたくない一心で、無駄に時間を稼ごうとしている。
金貨150枚払うとなると、確実にエッダの店は売りに出さねばならない。わたしも、そんな大金は持ち合わせていない。今は。
となると、ボンセの目的は……。
ボンセは、チラリと私を見る。
「もっとも、この薬はメランジさえ手に入れば、生産は可能だ」
このやろー。そう来るか!
「エルフ屋の店主なら、容易い仕事だろ?」
チラリとエッダを見る。泣きそうな顔をしている。
よし!
ボンセは悪党だ。
叩き潰してやろう!
「わたしが引き受けるですよぅ!」
大見得を切る!
「先ほど、客に渡す前に、といったよな?」
……確かに言った……な。
「それ、三日後の朝だ。明日一日掛けて薬草を手に入れ、明後日一日掛けて薬にして、それでぎりぎり間に合うな?」
確かに。計画的なまでにギリギリ間に合う。
……とうことは……。
エンデバリオンを待っている客なんて存在しない。
これは金目当てじゃ無い。わたしに出来ませんでしたと頭を下げさせる為だ。
このヤロウ! 考えたな!
「では、三日後のお昼ちょうどを締めきりとして、確かにお約束致しましたよ」
この勝ち誇った顔! うぎぎぎ!
「帰るぞ、ランド。ふはははは!」
大笑いしながら店を出て行った。
ランドさんが頭を下げている。
「申し訳ありません、旦那様は、勇者様のお供だった大軍師カツリョウ様の大フアンでして。自らをカツリョウ様に例えてよくお話をなされます。悪く思わないでとは言いません。代わりに謝ります。ご迷惑をおかけして済みませんでした」
腰を45度に曲げた礼をした後、ご主人様を追いかけていった。
ランドさんはいい人だ。
大魔法使いエルドラ様を甘く見るなよですよー!
元だけど!




