10.再会
夜。なかなか眠れなかった。
『購入ルートを横取りされないよう気をつけるんだな!』
薬屋協会長ボンセの捨て台詞。
聞き捨てならない。
正面から戦って勝てなかった敵(……この場合、わたしだが)に対し、戦略を転換。補給面(……この場合、薬品の仕入れルート)を叩く戦略に出ると宣言したのだろうか?
そこまで智恵のあるカエルだったのか?
ベッドの中で何回目かの寝返りを打つ。
寝室はアルフィス薬剤店の2階にある。倉庫も2階に置かれているし物干台も2階にある。
侵入するなら2階が手っ取り早いが……おや、誰かが来たようだ。
ベッドより降りて、ニット帽をかぶり廊下に出る。
階下に置いておいたはずの、おっきな熊のぬいぐるみが2階の廊下でこちらを見ている。
「はいはい、邪魔邪魔!」
階段から叩き落としておいた。
そして最も侵入に適している場所。物干台への出入り口を開けた。
エルフの暗視能力を甘く見ては困る。
暗闇の中、黒ずくめの男が3人、折り重なって倒れているのがばっちり見えている。
セキュリティシステムのスリープクラウド自動発生装置が作動したようだ。
スリープクラウドは、一旦作動したら刺激を与えぬ限り20時間は目覚めないよう調整してある。
続いて、セキュリティシステム第二段階が作動を開始した。
賊の3人はゆっくりと宙へ浮いていく。
自動レビテーション発生装置である。賊を遠くへ捨てる機能だ。
空高く舞い上がった賊は、西風に吹かれて飛んでいく。
レビテーションの効果は、3時間しか続かない。
3時間後、ゆっくり着地する。どこかの大地へ。
……着地点は川かも知れない。
……たしか領主館は東の方向だったな。
特に異常が無いのを確認して、ベッドへ戻った。
泥棒が入ってきたらどうしよう?
心配が立って、寝付けなかった。
この世界では、日が落ちた時が夜。
ニポンで言う所の7時にはベッドへ潜り込んだから、今何時だろう?
カーテンを開けて夜空を見る。星座の位置具合から、23時頃かな?
カーテンを閉めようとして、視界の端に光を捉えた。大通りの方だ。
食い物の屋台かもしれない。
「お御免ですよー」
「へいらっしゃい!」
暖簾をくぐると威勢の良い声が掛かった。
ちょび髭のオヤジ……ゾラで饂飩出してたオヤジだ!
「いえね、勇者様がお亡くなりになってね。ゾラで商売してる意味が無くなったんで、親戚を頼ってトラントへ越してきたんですよ」
なんというか、偶然の再会であった。
相変わらず貧相な髪量に見事な天辺ハゲ。背中を丸めた悪い姿勢。
「トラントで饂飩の屋台を引いてる訳ですかよー?」
「いえ、饂飩は汁が薄いとかで人気が無くて」
「じゃ、なにを出すかですよー?」
「ラーメンでさぁ」
ラ、ラーメンですかよー?
「勇者様仕込みでさぁ」
――というわけで、チャーシュー麺を美味しく頂いている所である。
うむ! 前世の前世で味わった懐かしの味に近い! 海苔が入ってない点が好印象。
無駄に優秀な勇者とオヤジである。
「旨い! うま、熱っ! うまうま!」
前世以来のラーメン! 何か涙が出てきた。
「オヤジさん、良い腕してるですよー!」
「へぇ!」
その控えめな反応も高得点!
それにしても……オヤジさんの屋台に座って思い出すのはアレ。共通の人物。
「オヤジさんの饂飩を食べた翌日に勇者がおっ死んでしまうとは、因縁を感じるですよー」
「亡くなられた夜も食べに来られましてね。疑いを掛けられるのも面倒なんで、その日のうちにゾラを出たんでさ」
濡れ衣を着せられるほど腹の立つことはなかろう。わたしも、悪の人類を討伐していたのに、大悪人と呼ばれることになった。これは心外だ!
「甘い汁を散々吸った取り巻き共は、老衰を暗殺と言い換えてもう一度甘い汁を吸うのですよー!」
「勇者様は殺されたんですがね。いわゆる暗殺ってやつですかね?」
え? 暗殺されたの? ハンゾウを失ってからこっち、わたしは情報難民。故に、知り得なかった事実。いや、トラントの町で勇者の死因を知る数少ない者の1人となった。
「オヤジさんのお気持ち、痛いほど解るですよー。濡れ衣を被せられると脱ぐのに一苦労ですよー」
「いえね、犯人は私なんで」
……。
「マジで身が危ないんで逃げてきた次第で」
……。
え?
「毒を仕込んだ香辛料をおかけになって、舌が痺れるとか大笑いしてましたよ! あははは!」
ちょび髭の、生活に疲れたオヤジが、背筋を伸ばした。やはり背が高い。
「これが秘蔵の、遅効性の毒でしてね。服用して3時間後に心臓が動きを止めるという珍しい毒なんです。本人に毒を飲んだ、という意識がないんで、解毒の魔法なんか使いっこありませんしね」
屋台を回り込み、わたしの横に立つ。丸い目は、力のこもった鋭い目に。ちょび髭が取り払われ、髪の毛がふさふさの長髪。しかも黒髪。ただしエプロン付き。
別人!? 椅子から飛び降り、魔力をスタンバった。
「勇者様の信頼を得るためだけに、人生の20年を費やしました」
なにが、なにして?
「私の名はザール」
ザール? 知らない名だ!
「ザール・ハンゾウと申します」
ハンゾウ!?
「チガ・ハンゾウは、私の祖父で御座います」
エプロンを取り、膝を折り、頭を下げた。
これは臣従の礼。
なにか、なにか熱いモノが胸の奥より湧き上がってくる。
「そなた、……ハ、ハンゾウの孫か?」
「わたしは3代目ハンゾウ」
ハンゾウ。その名を一度たりとも口に出していない。勇者も、ハンゾウの名を知らぬはず。
「ようやく巡り会えました、エルドラ様。やっと、初代との約束が果たせましたよ」
「ハンゾウ!」
熱き衝動に身を任せ、ハンゾウの孫にしがみついた。
「ハンゾウは? ハンゾウはどうした?」
「初代様は老衰にて亡くなりました。自分の代で再会は難しかろうと、……それならばと、子孫を増やしエルドラ様にお仕えするよう、きっと言い渡しておりました」
今、一つの物語が完結した。
ギガント城が堕ちて80年。いかにニンジャであろうと、生きてはおれまい。
寂しいが、……いや、駒の一つが死んだ所で寂しくないやい! だが、わたしも赤い血が通う温血動物。昔なじみの孫と出会えた事は、素直に喜ぼうではないか!
「ボンセを返り討ちにしたお手並み。そして今また、賊を3人まとめて始末したお手並みをこの目で拝見致しました。このハンゾウ、感服つかまつりました」
目から溢れる心の汗を見られないように袖でぬぐい取る。魔法を中断すると、目から水を出して冷却する体質なんだもん!
「さあ、御屋形様、せっかくのラーメンが冷めてしまいます。お早くお召し上がりください」
「うんうんうぐっ!」
だから泣いてなんかいないやい!
2人は元の位置に持った。屋台のこちらと向こう。客と店主。
「わたしと巡り会わず、自由に生きる術もあったろうに」
「あの時――」
ハンゾウは、鍋の湯をじっと見つめる。
「あの夜。御屋形様は泣いておられました。初代様を友と仰せられました」
ぐつぐつと沸き立つ音。
「嬉しゅうございました」
ハンゾウは俯き加減で鍋を覗き込んでいる。わたしに頭を下げているように見える。
「私をエルドラ様の配下にお加え願いたく存じます」
頭がさらに下がる。最敬礼だ。
「……ハンゾウは、元々我が配下。何を今さら。水臭いぞハンゾウ!」
頭を上げるハンゾウ。
どういう手品だろう?
毛髪量少なめで、てっぺんが禿げた白髪交じりの頭。
馬面で、目は丸くて眠たげな半眼。長い鼻の下にちょび髭を生やした貧相な面。
背は高い方だが、生憎背中が丸い。どこから見て平和な顔。
そんなオヤジが、のんびりした声を出す。
「実は、そうおっしゃると思っておりました。へぃ」
こやつ、本当にハンゾウの子孫だ。こんな憎まれ口を叩くのはあやつの血をひいたからに間違いない!
「むぅ! 一言言わせてもらおうかハンゾウ!」
「何で御座いましょう、エルドラ様?」
「わたしはニア・アルフィス・メッツェン・ティーフィアですよー!」
「……ふふふ、お見それいたしました」
もう一度、ハンゾウは深々と頭を下げた。
「そうそう、ニア様、これからも薬屋協会にお気を付け下さい。なにやら、こす狡いことを考えて策動している様ですので」
「後れをとるわたしではないですよー」
できるなら、命のやりとりをする熱き戦いを望むのだが、……薬屋相手にそれは高望みし過ぎだろう。
「替え玉お願いするですよー」
「7ユーラになります」
「有料ですかよー」
「世知辛い世の中でして、へい」




