表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/74

8.来客者たち


 冒険者ギルドで一仕事した翌日の昼前。

 アルフィス薬剤店に熊が出没した。


「おい、チビッコ!」

 袖をまくり上げ、毛深い前足……もとい、腕をさらけ出す。


「あれだけの深い傷が、朝には肉が盛り上がってた。ほら……って、完全に治ってるじゃないか! 伝説の回復魔法(ヒール)クラスだろこれ?」


 早い処置が幸いしたのだ。感謝してもらわないと。


「あの傷薬売ってくれ!」

「一瓶500ユーラですよー」

「高い! 高級宿に泊まれる値段だろ! でもくれ!」


「ご一緒に、使うと激しく痛い消毒薬はいかがですか? 今なら3割引ですよー」

「ええい! 商売上手め! それもくれ!」

「毎度ありー、ですよー!」


 棚から傷薬と消毒薬を取り、紙袋に放り込んで手渡す。


「俺もくれ! 通常の薬草や傷薬じゃここまで治りが早くねぇ!」

 熊のお友達であろうか? 猿? 猿にも傷薬セットを売り渡した。


「幸先が良いですよー!」


「あのなあチビッコ……」

「何ですかよー」

 薬を腰の袋へ仕舞い込んだ熊が、しんみりと声を掛けてきた。


「よく利くのは俺がこの身で実感して知ってる。でもよ、この高値じゃそう多くは売れねぇぜ」


 やはり高いか。


 作成した時点で、相当金額の制作費が財布より出て行っている。売れるまで金にならない。その間、生活したり、仕入れたりと金が必要となる。安売りは出来ない。


 通常4割は抜かないと店は続けられない。……7割抜いているが……。


「材料や制作費、製作期間がその辺の傷薬より多く掛かっているですよー。良薬はそこそこの値を付けるべきとわたしは思っているですよー」


 ヒーリングの魔法より劣るが、市販の傷薬とは比べるも無く高性能。

 傷薬以外にも解毒剤や風邪薬、腹下しや保湿栄養クリームまで、エルフの技術で作り上げた医薬品。安値で売る訳にはいかない。


「俺のような高位冒険者なら金持ってるから飛びつけるが、多くの冒険者は貧乏だ。とてもじゃねえが手がでねぇぜ」


 ここで考えてみよう。

 年間500万ユーラの売り上げで利益率10%だと純利益は50万ユーラ。

 半分の250万ユーラの売り上げで利益率が20%だと純利益が同じ50万ユーラ。

 ただし、かかった経費も半分で、人件費も半分ですむ。


 どっちが「楽」か?

 当然後者であろう。


 忙しいのは嫌。売り上げが上がらないのも嫌。少ない労働時間で生活していきたい。

 そのためには、売り手が値を決められる商品を扱いたい。


 ならば、同業他社と戦える武器となる商品をメインに扱えばよい。幸い、エルフの薬事技術は世界一ィ。わたしが無理矢理引き上げた!


「仕方ないですよー。品揃えがお金持ち対象になってるですよー。でも、消毒薬は安いですよー。傷の治りに関係するし、膿んだり腐ったり熱が出たりしなくなるですよー」

「それいくらだったんだ? あ、これは安い!」


 貧乏共を相手に安いのも売っている。一番下の棚で。

 手に取りやすい高さの棚に並べられた燦然と輝く高価な薬。それをいつか買ってやる! その意気込みで貧乏冒険者は頑張るというものだ!(自社論評)


「ニア氏、以前頂いた栄養剤はござるかな?」


 おお! お隣の自称物書き青年。たしかヘルムートさん。


「よく利くので、もう何本かいただきたいのでござるが」

「あるですよー! 1本10ユーラですよー!」


 この世界の人類はカフェインに抵抗がない。ほんの少量のカフェインに蜂蜜だとか何かそれらしい物を入れて水で溶き、果実汁で味を調えた物。


 ほら、安い方が売れるじゃねーか! といった意味のこもった目で、熊がわたしを睨んでる。


 だが、軽く無視で御座る! 


「5本頂くでござる」

 ヘルムートさんの、この言葉遣い。まさかハンゾウの血縁者では?


「……ヘルムートさん、チガとかハンゾウとかって姓じゃないですかよー?」

「姓は持っておらぬでござるが、なにか?」

「生まれは?」

「先祖代々トラントでござるよ」  


 即否定する所が怪しい。怪しいが……。

 ハンゾウの子孫ならもうちょっと上手く生きている気がする。


「エルフ屋さん?」

「アルフィス薬剤店ですよー!」 

 次に顔を出したのは右隣のマグラさんだ。


「あのハンドクリーム、お肌がすべすべになったわ。もう少し高いの無いかしら?」

 ほら、高い方が売れるじゃねーか! といった意味のこもった目で熊を睨み上げる。


「お顔用があるですよー! 朝起きた時と夜寝る前の洗顔後一日二回使用。保湿ヒアルロン酸と自然由来の抗酸化剤入りフェイスクリームですよー」


 150ml(ミリリンリトル=ミリリンリトル伯爵が決めた度量単位)入り容器を棚から取り出す。


「お高いのかしら?」

「500ユーラですよー!」

「それ、頂きます」


 熊があんぐりと口を開いている。

 世間には、高いから買う人もいるのだよ。


「あ! これ読んでくれたのでござるか?」

 ヘルムートが自費出版の薄い本を手にしていた。


「会話文が多くて地の文が少ない、変な文体ですよー」

「印刷が楽だって喜ばれているでござるよ……こ、この絵は!?」


「余白が多かったので落書きしてたですよー。いわゆるイメージキャラですよー」

 最初の2ページしか読んでない。登場人物が一人も出てこなかったけど、適当に女の子を広大な余白部分に描いておいた。肌色分多めの装備で。


「これだー! これこそ僕が求めていた物ー!」

 ゴザル口調をどこかに捨て去り、ヘルムート君が飛び出していった。


 入れ替わりに別のお客さんが入ってきた。


「はい、ごめんなすって!」

 今日はお客さんが多い日だ。   


 ちゃらい男と――。

「ハチです! ハチリアーノですよ! もう忘れたんスか!」

 ……あ、ああ、ハチねハチ! 憶えているよ。


「今日はお客様をお連れしたんですよ。身分の高いお方なんで、粗相の無いようにしてくださいよ」


 身分の高いお方はたいがいお金持ちだ。大歓迎です。

 のそりと入ってきたのは、ハゲ散らかしたおデブの殿様ガエル。

 お供の痩せこけた男と共に入ってきた。


 狭い店なんだから、でぶちょいのが入って来たら余計狭くなる。あと臭いし。


「薬屋協会の協会長にして、『金の蔦商店』の店主、ボンセさんです。後ろの方は営業担当のランドさん」


 ボンセと紹介されたカエルは、顔を動かさず、とろんとした目だけで、わたしを見下ろした。


「よろしくな、おちびちゃん」


 ああ、知ってる。コイツ知ってる。

 前世で伊達に勇者相手に悪者を演じてたのではない。においで分かる。

 こいつ悪者だ。間違いない。

 それもセコイタイプで、いざとなったら斬り捨てられる箱に分類されるヤツ。 


「もうお一方おられます」


 軽武装した騎士っぽいのが二人入って来て左右に並ぶ。

 狭くなった店がさらに狭くなった。


 続いて入って来た男は、ずいぶん背が高い。恰幅もよい。今度は人間だ。

 貴族がよく着る戦闘服。カールした長い黒髪を鍔無し帽で押さえている。口ひげと顎髭がご立派。


 これは出来る男だ。目の力が違う。


「トラント公の兄上であらせられます、ベルトラム・トラント伯爵様です」

 この町を事実上取り仕切る人物。大物がやってきた。











 さて、店に足を踏み込んだ登場人物は――、

 妖艶な美女。出自の不確かな冒険者2人。遊び人が1人。身分の高い貴族が1人にその護衛が2人。悪徳商人が1人。そして可愛い人間の童女が1人。


 普通、これだけのメンバーがそろうと、殺人事件が起こるはず!


 となると最初の被害者は――、最初に現場を離れたエロ作家、ヘルムート君だな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ