7.エルフ屋さん、開店!
勇者が興した人類社会は18世紀のニポンレベルに達していた。
……もっとも、わたしが再興したエルフの里は、20世紀後半レベルにまで達していたが!
その差、2世紀、200年の差は大きすぎるが、勇者の努力は認めるですよー。
狂猿からニンゲンに進化した人類も褒めてやるですよー。良くやったですよー!
ニポンを引き合いに出したけれど――
チキュのニポンてさ、サムライの時代を終えて、たった150年の間に世界大戦を2回戦って、原子爆弾2個落とされて2都市が壊滅して、都市壊滅級の地震が3回有って、原発自爆してるのに、先進国キープしていて、エンが国際決済通貨として通用してる。
変態かと言いたいですよー。
国家復興に関して、この国を手本にしてはいけないですよぅ!
だから勇者も、わたしも良くやったと褒めてもらいたいですよぅ!
さて――、
店の間口は狭い。
その代わり、奥行きは一人前にある。一番奥にある小さな庭がお気に入り。
いわゆる鰻の寝床。表と裏の戸を開け放つと風が通って涼しいだろう。今は寒いけど。
店部分は15畳ほど。
店に棚を縦横4つ配置して、奥の部屋への登り口にレジを設けた。
レジ席に座ると、店内が全て見える。死角はアクセサリー風の鏡でカバーした。
傷薬系、体力回復系、魔力回復系、風邪薬に胃腸薬、頭痛生理痛薬などの日常品、そして……おっきな熊のぬいぐるみ……。こんなの仕入れたかな?
片目が取れかけている。ボタンを縫いつけているだけだから補修は可能。後で修理しておきましょう。わたしの女子力はエルフの里イチィーなのですよー!
玄関の上で燦然と輝く店のカンバン。エルフ一本杉より切り出した一枚モンのカンバンである。
そんなこんなで、「アルフィス薬剤店」オープンですよー。
初日。廃人ヘルムートが来店。商品を見ようともせず、妄想小説「魔法使い騎士弓兵少女、シュガー・ソルト」なる薄い本の宣伝活動にやって来た。第3巻まで発行するほどの人気作らしい。誰に人気かと聞いたら、仲間内でだそうだ。
トータル何巻売れたのかと聞いたら、小さい声で30冊だと答えた。
栄養剤(薄い! 安い!)をお買い上げ頂いて帰って頂いた。
昼からエッダが遊びに来た。
1日が終わる。
2日目。
午前中、暇なので表の通りを掃き掃除した。わたしの背丈より高い箒に八つ当たりする。
午後、楽器のお師匠さんマグラさんが来店。ハンドクリーム(高い)をお買い上げ頂いた。以後、エッダ以外に入店者無し。
2日目が終わる。
3日目。スタートダッシュ営業に失敗したことを悟る。エッダ以外に入店者無し。
4日目。お向かいの食堂を手伝う。エッダより「営業してあげようか?」との申し入れ有り。開店したことを世間に告知してなかった事に気づき、愕然とする。
5日目。初の臨時休業日。昨夜遅くまで作成に費やした広告用ポスターを手に出かける。
向かった先は大通り。冒険者ギルドである。
この町の北と西に有名なダンジョンが二つある。上級者向けとされている「捕食者の迷宮」と、初心者から中級者まで潜れる「七色の迷宮」だ。二つの迷宮のおかげで、冒険者ギルドも大きいらしい。
冒険者と言えば、ダンジョンに潜って魔物と戦うのが商売。
戦いと言えば怪我がつきもの。
ならば、冒険者ギルドに怪我人が居る。
なに、どうという事なはない。ちょっとした推理だよ。
「お御免ですよー」
冒険者ギルドの分厚い扉を開ける。
いるわいるわ! ゴツイ人間と目つきの悪い人間。第一世代人類の色を濃く引くごろつき共がわんさといる。
みな一様、わたしに怪訝な視線を送ってくれている。
フフフ、この程度で怯むニア様ではないわ! エルドラだったとき、魔物魔人を飼っていたのだ。10人や20人殺してますよ、程度のオーラで怯むはず無かろうもん。
テンプレ通り、カウンターに銀髪眼鏡胸ぱっつんの受付嬢が座っていた。……胸がでかいと思って偉そうにしてるんじゃないわよ、この小娘が!
まずはこの小娘を手玉にとってくれん!
「ここにポスター貼らせて欲しいですよー。南奥通りに新しく開店した『アルフィス薬剤店』の広告ですよー。手数料払うですよー」
しっかり宣伝しつつ、用件を伝えた。
小娘は、こめかみを押さえて口元を渋めた。
「……費用払えるなら相手するけど、あなた魔法使いでしょ? 冒険者登録はしないの?」
小娘ぇッ! わたしの正体を見抜くとは! なかなかの腕前と見た!
「わたしは商人であって冒険者じゃないですよぅ! 冒険者登録する予定はないですよぅ!」
「そう? 前にね、エルフ達がやってきて冒険者登録していったの。あの子達、優秀な魔法使いだったから、念のために勧めてみたまでよ」
くっ! わたしの美貌がエルフを連想させるのか!? なんて罪深い美貌!
「わ、わたしはエルフじゃないですよぅ! ただの人間の童女ですよぅ!」
「はいはい、人間の幼女幼女と」
完全にわたしを人間と信じ込んだ小娘は、カウンターの下でゴソゴソやっている。おそらく、ポスター貼りに関する書類を探しているのだろう。
「おい、嬢ちゃん」
後ろから声が掛かってきた。
「何ですかよー? うっ!」
振り向いたら熊が直立していた。
「熊!」
「熊じゃねぇ! 人間だ!」
よく見ると、ぼろっちい防具を着ぐるみとして、もとい……身に着けて、腰に大剣を佩いていた。
受付の小娘と熊を交互に見比べる。
「同じ人類ですかよー?」
冒険者達の間から下品な笑い声が上がる。嘲笑ともいう。
「笑ってんじゃねぇ!」
熊が怒った。
「おい、おまえ! 今から冒険者登録しろ! 俺が鍛えてやる!」
「わたしは子供ですよー。子供は冒険者登録できないですよー。それにわたしは商人ですよー。荒っぽいお仕事はお断りですよー」
「四の五のぬかしてんじゃねぇ!」
胸ぐらを左前足、……もとい、片手でつかまれ、持ち上げられた。足がプランプランですよー!
「こうも密着しちゃ、魔法も使えめぇ? 俺様が大人と認めてやるから、さっさと登録しやがれ!」
密着すれば魔法は使えないと言ったな? 大人と認めると言ったな?
わたしは腰に差してあったナイフを一動作で引き抜き、二動作目で熊の前足に突き刺した。
「いっ! 何しやがるこわっぱ!」
ナイフは、籠手を軽々突き抜け、熊の腕に傷を付けた。ボトボトと血が床に溢れる。
「大人同士の喧嘩は、得てして流血沙汰になるですよー」
エレガントな挑発に対し、がさつな熊が腰の剣に手を掛けた。
「ブッ殺す!」
殺意確認。そして肉厚の大剣が抜き放たれた。
こちらもナイフを振るう!
「ナイフ+5・α版、卍●!」
光の刀身が伸び、熊の大剣を勢いよく切断。切っ先を熊の首に沿わせて停止させた。
カツンと音を立て、熊の足元に剣先が突き刺さる。
「言ったハズですよー。わたしは荒事が苦手なんですよー」
「わ、わかった。俺が悪かった。もう無理強いしねぇ!」
熊から謝罪の言葉を引き出した。
ゆっくりと切っ先を首から離し、発動を停止した。元に戻ったナイフを腰のホルダーへ治める。
+5のナイフ如きに驚いているようでは、いやはや、人間の文化レベルの低い事。こんなんじゃエルフが使う量産型・鎌+7を見せた日にや心臓麻痺を起こすであろう。
やれやれである。
それはさておき――。
「腕を出すですよー」
「何をしようって――」
「わたしは薬屋さんですよー」
こんな事もあろうかと、持ってきた救急セットを開ける。
「少し痛いですよー。よい子にしてたらすぐ済むですよー」
「誰が痛がるか!」
熊の腕から防具を外し、ぱっくりと開いた傷口に消毒液(強)をドボドボと流し込む。
「いぎっ!」
悲鳴を飲み込むとは、なかなか骨のある熊だ。
細胞賦活軟膏を塗りたくり(3割り増し)、滅菌済み包帯でグルグルに巻く。
「明日の朝には傷口が塞がってるですよー」
ポンと傷口を叩いた。
「ぎゃっ!」
と声を上げる熊。
「処置が終わって安心したところへの一撃ですよー。ふふふのふ、なのですよー」
顔を上げてにっこりと笑ってやった。
すげー悔しそうな顔。真っ赤である。
「はい、じゃ落ち着いたところで、手続きしましょうか? お嬢ちゃん」
見計らったように、書類をひらつかせている小娘。ここに集いし冒険者達も余計な騒ぎを起こさない、ニヤニヤ笑いながら熊を見ているだけだ。
……この程度の騒ぎ、日常チャメシ時なのであろうか?
所定の金額を払って、一等場所にポスターを貼らせてもらった。期間はとりあえず1ヶ月。場合によって延長可!
これで明日より千客万来である! 完璧である!
薬の実演も出来た。これが本当の怪我の功名である!
順風満帆! うっきーである!
小躍りしながら、ギルドを後にした。
「あ、ニアちゃん!」
「何ですかよー?」
受付の小娘が、思い出したように声を掛けてきた。
「ウィクトリーさんって綺麗な銀髪だったよね?」
「金髪ですよー! エルフの髪の色は金ですよー!」
そんなことも知らぬのか小娘め。ニヤニヤ笑っている場合か! 不勉強だぞと、鼻息荒くギルドを後にした。




