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5.トラントへ

 

 饂飩を屋台で、しかも勇者と隣り合わせの席で啜っていた翌日の昼前に帝都を旅立った。その2日後の昼過ぎ。ハチの本拠地であるトラントに着いていた。

 

 エルフの体は人間よりタフに出来ている。体格の差で力負けするだけなのだ。

 7日間は水だけで山を走破できる。千日業などエルフにとって容易い(ぎよう)なのだ。

 内臓の調子さえ戻ればすぐに旅立てる。長距離馬車に乗って移動する旅ならばな!


 さすがゾラに匹敵する賑わいを持つ大都市トラント。帝都との連絡も密になっている。それが証拠に、何度も公務の早馬と遭遇した。


 町中で、緊張感を感じる。


 ハチの話だと、風紀的にずいぶん砕けている町のはずなのだ。守衛の兵士や町の人々に、妙に浮ついた雰囲気が漂っている。


 とはいうものの、町には食べ物が……もとい、物が溢れ交流が活発。生きが良い。


 トラントの北と西に二つの迷宮が存在する。「捕食者の迷宮」と「七色の迷宮」だ。二つの迷宮の存在により、トラントは大勢の冒険者が活動する町になっている。ごった煮の町の異名の一端を担っているのだ。


 領主館が平地に平屋で建っていて(ハチ談)、税金が安く、商人への課税が穴だらけという点(ハチ談)も魅力的だ。


 領主館が低いので、民衆は遠慮して高い建物を建てない。二階建てまでだそうだ。空が開放的なのも気に入った。


「ここの領主様は二人おりやして。いえ! そんな複雑な政治模様じゃなくて! 兄弟で仲良く治めておりやして。ただちょっと立場が逆転してるっつーか、適材適所というか……」


 ハチは足りない頭で、状況を整理しながら説明してくれていた。


「弟のトラント様が(まつりごと)を行っておりやして、兄のケビン様が領内警備だとか、防災防火だとか、原理主義宗教組織の取り締まりだとか、領民の生活に関わるアレコレをアレしておりやして……」


 ここまでがハチの限界であろう。

 一を聞いて十を知るわたしは、助け船を出すことにした。


「いわゆる内政の行動部隊に関する長、ということですかよぅ?」

「そうそれ!」 


 ハチの語彙の中途半端な多さに感心するが……。知り合いに知識人が居るのだろう。

 こやつの人間関係の多様さが目に浮かぶようだ。


「領主様の跡取りが病弱でして、それがもっぱらの悩みでして」


 ほほう、焦臭い部分もあると。

 わたしには関係ないけどね。




 軽く食事を済ませ、宿を取り荷物を預け町に出た。……ハチは、自分の家に来ればいいじゃありませんか。宿代が浮くじゃありませんか! と強力に勧めてきたが、未成年犯罪防止のため、あえて別宿を仕立てた。


 真っ先に向かった先は、いわゆる不動産屋さん。

 この町で店を開くためだ。


 帝都に近く、治安も良さそう。適度な緊張感を持ち、それでいて政治の中央ではない。

 ちょっと足を伸ばせば海もある。生活物資が豊富なのもこの町をチョイスした理由の一つ。

 

 不動産屋は、大きな間口を持つ大店だった。ハチが懇意にしている店主が居るとのことだ。無駄に顔の広い性犯罪者め!


 ウィクトリーからもらったニット帽で耳が隠れているのを確認。いざ行かん!


 

 店番の小僧に取り次ぐと、ナマズのような髭と顔をした店主が出てきてくれた。ハチが挨拶すると、満面の笑みで答えていた。


「あ、ところでハチさん、あなたゾラから帰ってきたばかりだけど、勇者様がお亡くなりになったのをご存じか?」

「……は?」


「勇者様が、昨夜遅くお亡くなりになったのですぞ!」

 あ、そう……。


「どえーーーっ!」

 熱きバトスが、勝手に口から出る!


 大人のハチよりも、子供のわたしの声が大きかった!


「やはりご存じない? 朝、起こしに行った従卒が、冷たくなった勇者様を見つけたそうです。ベッドの中でお亡くなりになっていたそうな」


 ――死んだか。

 そうか、あの野郎、とうとう死んでしまったか。

 しかもベッドの中で。


 年だしね……年で死ぬかな? 


 思い切った改革で大多数の者が幸せになったが、犯罪的な利益を失った数少ない第一世代人類の中には、場違いな恨みを抱く者もいよう。なにせ人類の第一世代のなかには被害ビジネスに精を出していた狂猿が居たしな。……あいつとか、あの国とか。


 政治システムは完璧に次世代へ受け継がれ、勇者が死のうと生きようと、社会に影響はないが、巨額の葬式代を国家に背負わせるという嫌がらせのために、暗殺されたとも考えられる。


 ……葬式代は税金から出るだろうから、けっきょく暗殺者=納税者の首を絞めることになるのにね。


 一番怪しいのはブッチ切りでわたしだが、犯行時間は一緒に饂飩食った翌日の夜との事。事件があった時刻、わたしはすでに旅の空の下。アリバイは立証されている!

 だいいち、身に覚えがない。


「早馬が領主館へ入ったのが今日のお昼前でした。知らせが届いたのは、トラントへ帰ったのと同時でしたね」


 数時間前の情報を入手している。この店主、情報を得るのが早い! もしくは、トラント領主館の情報管理能力がザルかだな!


 この手(命令を履行した部下の手も含む)で落とし前を付けたかったが……。わたしが生きていて、勇者が死んでいる。考えようによっては、これもまた、落とし前の一つ。

 死者が、いかな成果を上げていようと、いかなチートであったとしても、最後に生きている者が勝者である。


 諸葛孔明は負けた。司馬懿は勝った。

 勇者は死んだ。わたしは生き延びた。

 あの大戦はわたしの勝ちで終わったのだ!


 ふむ!

 では、それはそれで、これはこれで終了と言うことで。


「店になる空き家を探しているですよー。薬屋さんを開きたいですよー」

 わたしの中で、すでに勇者はオワコンとして片付けられていた。


「それはそれは!」

 店主も大概である。天下国家より、目先の金と信用。――商人として信頼できる男だ。


「えー、あなた様がお客様で……」


 わたしの姿なりを見、言葉に詰まっている。そうだろうそうだろう、年端もいかぬ子供が店を探すと言っているのだ。店主の懸念も理解できる。

 子供に店を回せるか? トラブルに対処できるか?

 主に、この2点であろう。


 これに関する解答はすでに用意してある。全ての質疑応答は全パターンシミュレーション済みだ。さあ、懸念をこの場にぶち蒔けるがよい!


「おい、3杯もってこい!」

「はい、ただいま!」


 店主が小僧さんを怒鳴りつける。お客さんにお茶を出さなかったことを咎めているのだろう。

 小僧さんが持ってきたのは、ドンブリに入った炊きたてのご飯。


「ハチリアーノさん、ご一緒にいかがです?」

「いえ、わたしは先ほど3杯頂きました」

「では遠慮無く」


 おもむろにドンブリを取った店主は、わたしを見ながらご飯をかき込んでいく。あっという間に3杯が消える。


「ふう、3杯逝けたのは初めてですよ」

 いや、これは想定になかったな。えーと、意味が分かりません!  


「ところでお客さん、お年はお幾つで?」

 なるほど、タイミングを外して聞いてくるか! なかなかの腕前と見た。


「80歳ですよー」

 ここは、強引に押すところである。女の見た目は年に関係ない。完璧な言い訳だ!


「……お年の割にはお若い外見ですなぁ。それで、ご予算とご希望条件は?」

 あれぇ? 素通り? 疑わないの?


 資金は潤沢だ(エルドラ資金)。だが金を持ってることを隠す。そこそこの値段と取扱商品、そしてイメージしている店の条件を提示する。


「薬剤店を開くですよぅ!」

「薬草に詳しいエル……もとい、お客様が開く薬屋なら繁盛間違い無しですよ!」


 言葉につっかえるほど儲かると見たか、この店主! なかなかの鑑定眼を持っていそうだ! 気に入ったぞ!


「でしたら、ぴったりの物件が幾つかございます。お時間が許されるならこれからご案内させていただきますよ!」


 まだ日が高い。今からでも2,3軒は回れるだろう。


 一軒目は、大通りに面した大きな店。向こうに冒険者ギルドが見える。

 通り全ての店が大入り満員。だのに何故、此処が空き家となっているのか?


「まずは中を見てください。いかがです? 明日からでも開店できますよ!」

「ほおお!」


 商品を並べる棚はもちろん、商談用のテーブルや椅子、パーテーションまでそろっている。


「お値段も、めいっぱいお勉強させていただいて、こうなっております」

 安っすい! 安っすいお値段!


 わたしは、収納袋より魔石を仕込んだ懐中電灯型ロッドを取り出した。

 魔力を応用したルミノール反応光線発射ロッドである。


 ロッドに魔力を流す。魔石から指向性の光が発射された。

 部屋の右隅が青白く光る。大量の液体をぶちまけた跡のような形状。

 あちらこちらにも同じような反応が見られた。


「おお! これは!」

 わざとらしく店主が叫ぶ。


「まるで殺害犯行現場!」

 ハチの口から、たった一つの真実が飛び出した。


「それで安かったのですよぅ!」


 瑕疵物件だった。

 此処はキャンセル! 次に期待!



 二軒目は、人通りの全くない通りに面した、北向きの物件。


 中へ入ってみると、妙に薄暗い。そして……なんでしょうか? この霊的な寒気は?

 中でも、最も気になるのが、正面奥に鎮座した、おっきい熊のぬいぐるみ。


 片方の目が飛び出してプラプラしている。

 残った目でこちらをじーっと見つめている。


 うむ、なるほど。


「あの――ぬいぐるみから悪しき霊波紋が吹き出しているですよー」

「よ、よくぞお気づきで」

 ダメだこりゃ! 次行ってみよう!



 三軒目は……手頃なお値段。

 漆喰と木で出来た町並みの中にある。


 間口は狭いが、奥行きがある。行き当たりが生活スペース。しかも二階建て。退避路が後ろと上にある。


 理路整然と建屋が並んでいる中の一角。ほとんどが商店で、見たところ薬屋が無い。

 道幅が広いし、空が開いてる。大きな通りがちょい先に通っているし、大店が並ぶ通りから、そこそこの距離にある。

 お値段も手頃だ。自縛霊も居ないし、ルミノール反応も無い。


「今お決めになれば、2割引させていただきますが? ここ、お得な物件ですので、早い者勝ちとなっております」


 商売上手な店主である。だが、すぐ決めるのもねぇ。時間はまだあるし、ここをキープしておいて、明日も回って良いし。

 幸いこちらは時間がある。なにもこの不動産屋さんで購入する義理もない。他社で比較するのも賢い買い方よ。


「体力に任せて、あと10軒ほど回れば気に入った物件も見つかる気がするですよー」

「じゅ、10軒! で、では、4割引で如何ですか?」


 汗を拭きながら、店主が作り笑顔を浮かべた。こやつ、吹っ掛けておったな!

 気に入った! こういう小悪党とは不思議と気が合うのだ。


「敷金礼金、その他必要な費用の話が出なかったので提示価格に入っているんですよぅ? では、ここに決めるですよー!」


 店主が何か言い返す前に、収納袋から小袋を取り出した。一括キャッシュ払いである。


「いや、あのですねお客様――」

 有無を言わさず、店主の手を取って、直接手に乗せた。店主の手で袋を握りしめたように、ぎゅっと手を包んだ。


 大きな店主の手が、小さな童女の手で包まれている。そんな図である。

 そして店主の顔を見上げ、にっこりと微笑んだ。

「ご店主から買いたいのですよー」


 ブチッ!

 小さな破裂音が店主の鼻腔より聞こえた。

 つつーと鼻孔より血が流れ出る。


「はい! 売買成立しました!」

 店主が片手を上げて宣言した。これは、人間が信心している神、それも至高神への宣誓行為!?


「早く鼻血の手当をするですよー!」

「お心遣い、誠に有り難うございまする! 提示価格はただの頭金で、しかも家賃制度のつもりでしたが、完全販売に変更しました!」


 え、あの値段、家賃の頭金だったの? しかも家賃制度?


「耳からも血が出てきたですよー。契約より先に止血しないとヤバイですよー。ちょっとしゃがむですよー」


 耳からの出血はまずい! 漫画でなければ命に関わる症状だ。

 わたしは収納袋から止血軟膏(動物実験済み)を取りだし、綿棒に塗りたくる。


 耳に……耳垢埃が多いので、ふいー、と息を掛ける。


「おおおー! 利く利く利くゥー! すごくよく利くぞー! 血が止まった!」

「まだ塗ってないですよー! 逆に出血が酷くなったですよー!」


 気持ち悪く蠕動する店主を取り押さえ、耳と鼻に軟膏を塗りまくった。 


「はい、元気になりました!」

 血が止まった。いくら人体実験がまだの強力薬とはいえ、ここまでの即効性はないはず。


 ……漫画体質だった?


「何カ所か手を入れなければならないところを黙ってようと思ってましたが、そこは我が商店がサービスとし修理させていただきます! でほ、さっそく契約書にその可愛いお手々でサインを。手形ポンでもかまいませんが?」


 店主は鞄より、血まみれの手で乱暴に紙束を掴み出す。目的の書類以外を風に飛ばしながら、一枚の用紙を見つけ出した。


 血まみれの契約用紙にサインをして終了。

 こうして、契約成立の運びとなった。



 後に血の契約書と呼ばれる伝説の元となる事件であった。






 ウソだけど。


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