9 狂気
9 狂気
ほづみんをあたしの光の剣で浄化し、一軒落着した。
でも、あたしはまだ、戦わなければならない。
まだ……魔物はたくさんいるから。
「ねえ美月、そろそろ休憩しない?」
「いや、まだ魔物はたくさんいる。苦しんでいる人がいるのに、放っておけない」
刈谷かなえの視線があたしの指輪に向けられる。
元の色がわからないくらい、黒く染まっていた。
「……なら、残りは、私一人で片付けておくから。無理をしないで」
「だったら、先に帰って。あたしの獲物なんだから……邪魔しないでくれる」
あたしは苛立って、冷たい言葉で突き放した。
かなえは強く被りを振って、あたしを引きとめようとする。
「邪魔するなって、言ってるだろ!」
「美月……。お願い、やめて」
「うるさい! あたしは、幸せなんて望んじゃいけないんだ!」
あたしは力づくでかなえを振りほどくと、魔物の結界へ突進した。
後ろでかなえがあたしの名前を叫んでいるけれど、気にするものか。
白い空間に色とりどりのペンキをまいた空間で、あたしは宙を舞う。
そこら中を漂う赤い目玉を、一匹ずつ刺し殺していく。
こんな雑魚、あたし一人で十分だ。
あらかた処理し終えたあたしは、血眼になって、獲物を探し始める。
「あはは、どこに隠れても無駄だよ。あたしの剣からは逃げられないんだから」
あたしが赤い目玉の魔物達を光の帯で包みこむと、力任せに剣を叩き付けた。
怯える目玉達が、ぐしゃりと潰れた。
もう一度、思い切り叩きつける。
肉塊と化した目玉達が、さらに粉々になる。
「うひゃひゃひゃひゃ! 死ね! 消えろ!」
何度叩きつけても、殺しても、あたしのこころは晴れない。
あたしは腕をだらりと下げて、眼球を動かし、獲物を探した。
ハートのエースが描かれたトランプの魔物が逃げ遅れている。
「見ぃつけた!」
ハートのエースを縦に一刀両断する。
まるであたしのこころのように、ハートは引き裂かれた。
それでも気が済まなくて、地面に倒れたトランプを何度も突き刺す。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息を漏らしながら、ハートを穴だらけにする。
まだ飽き足りないあたしは、別の結界へと走り出した。
「んっ……」
ハサミや斧の魔物が突進してきて、あたしの内臓を抉る。
真っ白で硬質な床に、あたしの血液と腸が飛び散った。
けれども、何の痛みも感じない。
「ほらほら、もっとあたしを苦しめてみなよ!」
あたしは新たな敵に狂喜し、飛び上がると、剣を横薙ぎに一振りする。
まずはハサミの一団をへし折り、次いで斧を蹴り飛ばす。
墜落した斧を、水をまとわせた剣で叩きつける。
斧の表面が凍りつく。
もう一度剣を叩きつけると、斧はぼろぼろと崩れた。
残りのハサミの一団があたしの身体を抉るけれど、ひるまず剣で打ち落とす。
「すごい、すごいよ! いくらでも戦える! お腹が裂けても、身体がバラバラになっても、ちっとも痛みなんて感じない!」
あたしは気が済むまで異空間をさまよい、魔物を狩り続けた。
どうしてだろう。お腹が裂けても平気だけど、胸のあたりが痛む。
そっか。あたしが人間を捨てきれないから、こころが痛むんだ。
いつまでも昔の幸せなあたしに執着しているからいけないんだ。
あたしはみんなを守るためなら、どうなったっていい。
でも……。あたしはやっぱり、もう少しだけ、人間のままでいたい。こころを失いたくない。だめだな、あたし。後悔しないって、決めたのに。いまになって、どうして、こんなバカなこと考えてるんだろう……。