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5 音楽の魔物と城壁の魔物


   5 音楽の魔物と城壁の魔物


 異空間の中を散歩していると、結界の中に閉じ込められた。

「おや?」

 結界は蒼と黒のチェック模様のドーム状の景色が続いている。景色の色は、時折、赤や緑に色が変わる。どこからか、荘厳なクラシックが延々と流れている。

 ト音記号が淡紫色の五線譜を引き連れて、こちらに突撃してくる。

「よっと」

 グランディオーソの英文字を踏み台にして高く跳び上がり、絡み付いてくる四分音符や八部音符を回避する。

 くるりと一回転して着地したあたしは、光の矢を音楽記号達に放つ。

 光の矢は途中で網目状に変化し、音楽記号を絡め取った。

 音楽記号はピアノの音色を鳴らしながら反抗している。

 あたしは光の帯に念じて、容赦なく音楽記号を握り潰した。

 粉々になった音楽記号を尻目に、頭上から降って来た休符を切り捨てる。

 同じような風体をした指揮者が地面からぬっと現われ、あたしに指揮棒を振りかざしてきた。すると、五線譜があたしの足元から這い出てくる。

「やばっ」

 足に絡み付こうとする五線譜から力づくで抜け出し、指揮者を叩き斬った。

「この辺りは、魔物がうじゃうじゃいるなあ」

 結界の中をもう少し進むと、中空をいくつものハサミが、コマ送りのように動いている。開いたハサミと閉じたハサミが列をなして、交互に、ガシャン、ガシャン、と音を立てている。

 さっきまでとは全く違う魔物がいるが、クラシックは鳴り止まない。

 どうやら、別の結界とくっついてしまっているようである。

 子どもの高笑いをする蝶の群れが終結して、巨大な城壁へと姿を変える。

 あたしが城壁を駆け上がると、城壁にあるたくさんの穴あき窓から大量の水が流れ出てくる。

 あっという間に異空間が水で一杯になって、足がつかなくなった。

 澄んだ海のように綺麗な水は、しかし、あたしの脅威でもあった。

 息ができない。

 水面を目指して泳ぐけれど、どんどん水面は遠くなっていく。

 だんだんと意識が遠のいてきて、とうとう、水が口の中へとどんどん入ってくる。こうしてあたしは窒息してしまう、はずだったのだけれど。

「おや?」

 不思議なことに、水の中でも息ができた。

 ふと見ると、あたしの指輪が青白く輝いている。

 将来はダイバーかな?

 あたしは指輪の光を探明灯の代わりにしながら、城壁を越えてみる。

 ほづみが教えてくれた話が本当なら、魔物を殺せば殺しただけ、あたしの生命力を維持できる。あたしにとって、魔物は恐れる野獣でもあるし、狩りのターゲット、野兎や子羊でもある。

 城壁を越えた先には、なにもない空間が続いていた。この城壁から次々と魔物が出てくるということは、城壁は魔物の親玉なのかもしれない。

 ここはひとつ、何か格好いいセリフで決めたい。

「正義に仇なす者よ、覚悟しなさい!」

 あたしは威勢よく言い放つと、城壁に向けて剣を横薙ぎに払った。

 剣から放たれた光の刃は、堅牢な石造りの城壁を豆腐のように切断した。

 窓から出ていた魔物もろとも浄化し、周囲の水が急速に引いていく。

 水がなくなると、周囲の魔物は消えてなくなった。

 不可思議な曲もぱったりと止まる。

 粉砕された魔物から溢れ出た生命力が、指輪に満ち溢れていく感覚がする。

 指輪のエネルギーはあたしの生命力や魔力の源になっている。

 生命維持のために、魔法を使わなくとも徐々に光は衰えていく。

 また、ルナークは指輪を媒介して生命力を少しずつ吸収しているという。

 だから、どんどん魔物を倒さないと、すぐに指輪は真っ黒になってしまう。

 生命や魔力維持のためには、魔物を殺し続けなくてはならない。

「よーし、次、いってみよう!」

 あたしは結界を剣の突きで突き破り、別の魔物を探すために足を踏み出した。

「栗原美月、待ちなさい」

「あんたは……」

 ふと気がつくと、あたしの背後に刈谷かなえが立っていた。

 まったく気づかなかった。一体、何の用だろう。

「何か用?」

「いま倒した魔物が奏でていた曲、学校の生徒が演奏していた曲に似ていると思わない?」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。まだ記憶が曖昧だけれど、入学当時のこと……部活見学の時にたまたま立ち寄った吹奏楽部の女子が、この曲を一人で演奏していたわ。部員からは隔絶されて、一人ぼっちでいたけれど、私と一緒に演奏したいと誘ってきたわ。生憎、私は文芸部を経て、ほづみの吹奏楽部に入ったけれど」

 一方的に淡々と騙る刈谷かなえに、あたしは少しむかっ腹が立った。

「それが、なんだっていうの」

 刈谷かなえは振り向きざまに髪をかき上げながら、あたしを見下すように睨んでくる。あたしはばかにされている感じがして、ますます腹が立ち、おもむろに剣を構えた。

「その子のこと、きっと、誰も覚えていないわ。先生も、生徒も、もしかしたら家族も覚えていないと思う。私でさえ、最初、魔力を持ったほづみに教えられて気がついたことなのだから。悪魔になったいまだから言える、ほづみの言っていることは正しかった。次々と生徒が消えていっているし、誰もそのことに気がついていない。栗原美月、あなたも薄々感づいているのではないの? こころを病んだ人間が、誰からも忘れさられ、魔物になっているということに」

「だったら、何だっていうのよ」

「私達が殺しているのは、魔物ではない。紛れもない、人間よ。あなたには、その事実を伝えておきたかっただけ」

 あたしは痛む胸を押さえながら、剣を下ろした。

 顔を落とし、目をあらぬほうに背ける。

「そっか。でも、まだ決まったわけじゃないよね」

 あたしの暗い表情を目にした刈谷かなえは、静かに目を閉じた。

「私も、そうであってほしいわ」

「でも、もし、それが本当なら、あたしはみんなのこころを救わないと」

「……栗原美月。あなた、無理をしていない?」

「うん? 何でそんなことを聞くの?」

「それは、その……」

「うーん?」

 刈谷かなえは若干動揺しているのか、あたしの目を見つめてきた。

 あたしは頑張って刈谷かなえの記憶を辿ってみる。

 刈谷かなえは確か、ルナークと契約して暴れ回っていたことを思い出す。

 それと同時に、次々と記憶が蘇ってくる。

 ほとんどの記憶を取り戻したあたしは、かつての苦痛に顔を歪ませた。

 数度、瞬きをして、負の感情をごまかす。

「そういうあんたがいちばん無理をしているんじゃないの?」

「何を言っているの、私は……無理……しているかもしれないけれど」

「かなえ、ちゃん?」

「でも、私は、諦めない。諦めるわけにはいかない。私一人でも、なんとかする。なんとかしなきゃいけないのよ。そうしないと、ほづみが……あなただって……」

 かなえちゃんは、涙を拭いながら、異空間の外へと走り去った。

 呼び止める暇もなかった。

 かなえちゃんは心配だけど、あたしは無理しすぎているだろうか。

 身体の痛みなんて、いくらでも抑えられるから、戦闘が辛いとは感じない。

 こころの痛みは、多少は抑えているけれど、連戦で遊びもしなければ、だんだんと疲弊してくるのかもしれない。

 でも、かなえちゃんの言うことがもしも本当なら?

 当然、世界で暴れまわる魔物を殲滅しなければならない。加えて、一刻も早くこの剣で魔物を浄化してあげなければならない。

 魔物になってしまった人々を、せめて、憎しみの連鎖から救うために。

「あーあ。あたしも将来、あんなふうに魔物になっちゃうのかな」

 あたしは自分の手を広げて、天に翳した。指輪が少し濁っている。

 次の獲物を探すため、狩人は異空間を駆け出した。

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