3 願い
3 願い
まったくもう。あたしも人のことを言えないよ。
「ルナーク! あたしに、何ものをも守る、正義のこころを!」
あたしが校舎裏で腕を広げると、牛型の魔物は目の前に顕現した。
「いいのか? 人を辞めるということがどんなに愚かなことか、願いを叶えた先に待っている運命がいかに過酷なものとなりうるか、それを承知の上で、力と呪いを引き受けようというのか?」
「いいよ。あたし、決めたから。みんなを守るって」
あたしが小さく首肯すると、ルナークはあたしの目を見つめた。あたしがルナークを睨み上げると、牛さんは荒い鼻息を噴出した。
「いいだろう、小娘。広大な世界の中でたった一つの生命や概念が狂おうとも、ルナークにはほとんど関係のないことである。むしろ、新たなものが生まれることを期待する。せいぜい、足掻くといい」
あたしは胸の中に熱いものを感じた。茨が心臓を締め付けるような感覚がして、思考がとろけてしまいそうになる。初めのうちは痛くてたまらなかったけれど、だんだんと心地よい気分になってくる。ふと右手の中指を見ると、指輪がはめてある。気になったので触れてみたところ、何故か抜けない。
「その指輪は魔力の源である」
「なんで右手の中指なの?」
「小娘は左利きだからだ。中指が嫌なら、薬指にするか?」
「あ、いや、今のままでいいや」
薬指だと結婚指輪になってしまう。あたしは未婚なのに、薬指に指輪をはめていたら勘違いされてしまう。
どうやらこの牛さん、なんでもお見通しらしい。
「牛さん、なんでもお見通しだね」
「なんでも見通すことはできない。ただ事実を語ることのみである」
「ってことは、あんた、あたしのストーカー?」
「生命体や概念は、皆一様にルナークの監視対象である」
「ふうん。あながち間違っていないわけね」
あたしが指輪に念じると、青白く光輝く長剣が指輪から出現した。
右手で軽く振ってみる。今のあたしの腕力なら、片手で十分に扱えそうだ。
少し練習すれば、刈谷かなえを倒すこともできるかもしれない。
何も恐れることはない。
今のあたしのこころからは、勇気が無限に溢れ出ている。
こうして、あたしは、牛型の魔獣ルナークの力を借りて、正義の力を得た。
その代償は重く、牛さん曰く、正義の心を失い、こころが悪や絶望に染まったとき、わたしは悪魔になってしまうという。曰く、それは死ぬよりも悲惨で凄惨な運命だという。それまでの間は、永久に等しい時間を、今の肉体のまま過ごすことができる。
でもね、バカ言っちゃいけないよ、牛さん。あたしはとっくに悪魔になったようなものなんだから。だって、永久に等しい時間を、老いることなく生き続けるってことは、周りの人は家族を含めて老いていき、やがて天に召されていくのに、あたしだけが残るってことだよね。それって、結局、牛さんは、遠からず、あたしが絶望することを見越して、あたしをこんな身体にしたんだと思う。
ま、今さら文句を言っても仕方ないよね。
もうポジティブに生きるしかないんだから。
そうしないと、かなえちゃんみたいになっちゃう。
もしかしたら、かなえちゃん以上にヤバイかもしれない。
でも、ヤバイやつは、あたしだけじゃなかったんだよね。