11 祈りには奇跡を、絶望には死を。
11 祈りには奇跡を、絶望には死を。
「だめ、だめよ……。こんなところで諦めるなんて、私が許さない!」
あたしの身体は、刈谷かなえのベッドの上に横たえられていた。
あたしの意識は、快晴の下、桃色や黄色の花畑を、一人で歩き続けている。
このまま花畑を歩いていけば、さぞかし幸せな世界が待っているのだろう。
痛みも憎しみも悲しみもない、自由な世界。
笑ったり、泣いたり、希望を抱いたりすることのない世界。
あたしのほかに、誰もいない世界。
嫌だな……。とっても、寂しいよ。
「どうすれば……。どうすれば、あなたを救えるの?」
かなえちゃんの声が聴こえる。
「起きて、美月ちゃん……。置いていかないでよ……」
ほづみん、やだなあ。そんなにあたしにくっついて、泣かなくてもいいのに。
まるで、ほづみんが死んじゃったときの、あたしみたいじゃない。
『……美月、聴こえるなら返事をして。お願い……』
かなえちゃんがあたしの頭の中に語りかけてくる。
もしかしたら、テレパシーなら声が届くかもしれない。
『聴こえるよ、かなえちゃん』
『美月! あなた、どこにいるのよ!』
かなえちゃんの切羽詰った声が聴こえてくる。
あたしは、別の世界にいるかなえちゃんに笑いかけた。
『いや、ごめん。あたし、死んじゃったみたい』
『いいえ、あなたはまだ生きている。私はいま、あなたの指輪と肉体に、私の魔力を注ぎ込んでいるのだから。そうね……決めたわ。美月、あなたが戻ろうと思わないのなら、私は死ぬまで、あなたに魔力を注ぎ込むことにする』
かなえちゃんの決意を聞いて、あたしは落ち着かなくなった。
それとともに、怒りや悲しみがこみ上げてくる。
『えっ、ちょっと、何考えてるの! だめだって、そんなの! だって、そんなの……。あたしなんか生きていても仕方ないのに! 幸せになんてなれなかったのに! 先輩に響谷をとられて、何のためにこんな身体になったのかもわからなくなって。結局、あたしは誰も、何も、守れなかったのよ……』
……あれ、おかしいな。
あたしにもまだ、人間みたいな感情があったんだ。
『……確かに、何も守れないかもしれない。絶望の淵には、どこにも希望がないかもしれない。だから、なんだって言うのよ!』
『かなえちゃん……。あたしはもう、人生に絶望しちゃったんだ。こんなに過酷な人生を送ってきても、何の見返りもない。当然だよね、正義の味方が、見返りなんて求めるほうがおかしいんだから。でも、そうだな……。あたし一人の犠牲で、何人もの人が救われたのかもしれないと思うと、ちょっと誇らしいかな……』
『美月が犠牲になることなんて、私は望んでいない!』
『どうかな。かなえちゃんが望んでいなくても、世界は、あたし一人の犠牲で何百人もの命が救われるなら、喜んであたしの命を捧げると思うけれど』
『世界がなんだっていうのよ。私は、あなたに生きていてほしい、傍にいてほしい。それだけよ。それだけのはずなのに、とても遠い。ほづみだって同じ。いつだって、とても近くにいるはずなのに、とても遠くにいる存在に思えてくる。私はもう、誰にも遠くにいってほしくないのよ……』
かなえちゃんが、泣いている。
あたしのためなんかに、泣いている。
やめてよ……。胸が苦しくなってくるから。
『美月? 返事をして!』
『うう……。お願い。もう、眠らせてよ。最期くらい、いい夢を見させて。あたしは、いつも傍で見守っているから。だから、もういいんだよ、かなえちゃん』
『待って。私達には、あなたが幸せになってほしいのよ。美月、あなたの身体は、あなただけのものじゃない。あなたのことを思う人はどうなるの? 私やほづみは、あなたを失って生きていかなければいけなくなるのよ。そんな運命、私は絶対に認めないわ。だから、お願い。いますぐ戻ってきて。私の魔力も、限界が近い、だから、早く……』
かなえちゃんの声が小さくなっていく。
まったくもう。かなえちゃんまで、こっちに来たらだめだってば。
ああ、でも、かなえちゃんは、あたしが戻らないと、こっちに来ちゃうのか。
困ったなあ。死ぬに死ねないじゃないのよ。
「美月ちゃん、美月ちゃん! 嫌だ……嫌だよ……」
ほづみん、苦しそう……。
このまま、ほづみんを一人にするわけにもいかない。
それに、かなえちゃんには、まだまだ生きていてほしい。
『うん……わかった。あたしはもう少し、過酷な運命に抗ってみる。世界のためじゃない。あたしのため、そして、こんなあたしのことを思ってくれる人のために、あたしは運命に抗ってみせる』
絶望の中でも、希望はきっと見つかるはず。
この世界に優しい神様はいるのかな。
なら、もう少し、少しだけでいいから、あたしに希望を下さい。
絶望を希望に、希望を奇跡に変える力を。