10 生と死の狭間で
10 生と死の狭間で
あたしは、学校近くにある海浜公園のベンチで、一人寂しく座っている。
すると、異空間で狩りをしていた、刈谷かなえが傍に降り立った。
「どうしたの、美月」
公園に聳え立つ時計はすでに午後十二時を回っている。
高校生なら補導される時間だ。
「ああ、かなえちゃん。あはは、何やってるんだろうね、あたし」
あたしが引きつった笑みを浮かべていると、かなえは心配そうに眉尻を下げた。
「何かあったの?」
かなえが、あたしの両手を握る。
ああ、嫌だな。
見ないでおくれよ。
隠しておこうと思ったのに。
「ちょっと、美月、これ……」
あたしの指輪は、黒く禍々しい光を放ち、宝玉部分が小さくひび割れていた。
「うん。もう手遅れだと思う」
「……いいえ」
かなえは、あたしの指輪にありったけの魔力を注ぎ込む。
けれども、毒々しい瘴気は、あらゆる精気を吸い尽くしていく。
宝玉が、ガラスの軋むような音を立てる。
「何よ、これ……」
「だから、もう手遅れなんだってば。死んじゃうんだ、あたし」
あたしは、耐え切れなくなって、ぽろぽろと、こぼれ落ちてくる、こころの血潮で、手の甲を塗らした。
「……その指輪を私に寄越しなさい」
「無駄だよ。ほづみのときみたいに、食べちゃうつもりなんだろうけれど……。この指輪は、あたしそのものなんだから。どっち道、あたしは助からない。ほづみとあたしとでは、仕組みがちょっと違うんだよ。ルナークがそう言ってた……ぎゃああ!」
「美月、しっかりしなさい!」
身体が痙攣して、腕が小さく跳ねる。
「あなたが死んだら、誰がほづみを守るの?」
「やだなあ……。かなえちゃんがいるじゃないか」
「なら、正義の味方はどうするの? まだ、この世界には魔物がたくさんいるのよ。あたしだけでは、とても処理しきれない。それに……。美月、あなたは私の数少ない友だちの一人なのよ? どうして、こんなの……」
かなえが、あたしの身体を優しく抱き締めてくれる。
もう遅いよ、かなえちゃん……。何もかも、遅いんだよ。
「でも、そうだな……」
あたしは顔を苦痛に歪めながら、指輪を抜いた。
およ?
素直に抜けてくれた。
「あたしが壊れて暴れまわるくらいなら、かなえちゃんに食べてもらったほうがいいのかもしれない」
あたしはかなえに指輪を渡す。
かなえは、複雑な面持ちで指輪を掌に包み込んだ。
あたしは残された力で笑顔を作った。
もうだめだ。
身体に力が入らない。
でも、かなえは、かなえちゃんは、指輪を握り締めたまま動かない。
それどころか、真剣な面持ちであたしを見つめている。
ああ、もう、苦しいなあ……。
身体が焼けるように熱いよ。
「私は絶対に諦めない」
あたしが自分の運命を想像して冷汗をかいていると、かなえの姿が消えていた。
魔力の源を失ったあたしの肉体は、ぱったりと機能を停止した。
視界が暗転し、暗い海の底へと堕ちていく。
けれども、不思議なことに、あたしの意識は残っていた。
うん?
どうなったのかな?
もしかして、かなえちゃんみたいに、魔物になっちゃったのかな。
だとしたら、早く目を覚まさないと。
でも、身体が言うことを聞かない。
困ったなあ……。
あたし、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
何がいけなかったのかな。
ルナークと契約したこと?
ほづみを助けたこと?
いや、違う。あたしは、そんなことで後悔してはいない。
あたしの間違いは、正義の味方になりきろうとしたことかな。
たかだか高校生の分際で、正義の味方になんてなれるわけがなかったんだ。
誰の助けも借りずに、明るく元気に命がけで戦うなんて、できっこなかった。
あはは、笑っちゃうよね。
何が正義の味方だよ、あたし。気がついたら、悪の魔物になってしまった。
あたしは一体、何のために生まれてきたんだろう。
もう、あたしは人間ですらない。
元の生活には、どうやったって戻れない。
結局、誰にも愛されることなく、死んでいくんだろうな……。