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序 独白 / 1 記憶


 本稿には以下の要素が含まれています。


 ①軽度の百合

 ②身体欠損を伴う出血描写

 ③重い生活環境の描写

 ④たっぷり美月ちゃん

 ⑤その他


 なるべく抑制的に描写するよう心がけていますが、念のため「R15」タグをつけておきます。

 以上の要素が苦手な方、精神が疲弊している方、十五歳未満の方は、ブラウザバックを推奨します。


 本稿は三六文字×四〇行の縦書き形式で読むことを想定しています。

 あらかじめご了承下さい。


 本稿はフィクションです。実際の人物・団体等とは一切関係ありません。


 (C)賀茂川家鴨 無断転載禁止

 (C)KAMOGAWA.Ahiru NO COPY


   序 独白


 誰かを助けたかった。

 あたしは友達がほしかった。

 だけど。


 二〇一五年十二月二十六日、葉山ほづみは十五歳という若さで亡くなった。


 三日後、あたしは通夜に出席させてもらった。

 喪服を着るのは曾祖母の葬式以来である。

 式場で出会ったほづみの両親は、かなり老けていた。

 あたしは知っている。

 二人はほづみの父と母なんかじゃない。

 きっと、ほづみのおじいちゃんとおばあちゃんだと思う。


   1 記憶


 二〇一五年十二月二十三日。雪が降り積もり、歩くのも大変なころ。

 ほづみはあたし、栗原美月の家のこたつでくつろいでいた。

 あたしは毛糸の長袖の上に青いタンクトップを身に着けている。

 ほづみは制服ブレザー姿のままである。

 こたつの中心にあるカゴ入りみかんを時々食べつつ宿題をこなしていたが、だんだん飽きてきたので、あたしは編み物を始めた。

 あたしの父は万年海外出張、面倒見のいい母は病弱で、いつも寝ている。

「ほづみん、あたしの宿題も代わりにやっておくれよ」

「えー、それはずるいよ、美月ちゃん」

 あたしは今、ほづみのためにマフラーを編んでいる。当時、高校生一年生だったあたしは、家庭科の授業で編み物にすっかりはまってしまった。元を辿れば、中学校で編み物をしていたときに、ほづみが褒めてくれたから、がんばろうと思ったのだけれど。

「ほづみん、お願い!」

 あたしは編み物の手を休めずに、頭を下げた。

 ほづみは、妙な動きをするあたしを見て、クスクスと笑った。

「じゃあ、わたしが教えてあげるから、一緒に勉強しよう」

「ありがと。それでこそ、あたしのほづみんだよ。あ、でも、編み物が終わってからでもいい?」

「時間かかりそうだから、編みながら、わたしの解説を聴いてね」

 あたしは栗色の瞳をどんぐりのように円くした。

「いや、ちょ、それだと宿題が終わらないんだけど」

「えへへ。冗談だよ、美月ちゃん。でも、美月ちゃんって、わたしが教えなくてもいいくらい、学校の成績いいよね。特に、国語とか、英語とか」

 ほづみは本棚を一瞥した。

 家の本棚には、あたしが小学生のころ、父がクリスマスプレゼントとして買ってくれたヴィトゲンシュタイン全集やドストエフスキー全集、あと、ファウスト選集とミヒャエル・エンデ選集の原著本が収められている。時々、あたしが解説を入れながらほづみに読み聞かせをすることがある。

「というか、美月ちゃん、わたしと成績あんまり変わらないよね」

「あー、それは、ほら、その……。ちょっと、数学で難しい問題があってさ」

「そうなの? 珍しいなあ」

 ほづみは学年二位、あたしは三位。一位は……刈谷かなえ。

 あたしは、絶対にあいつを許さない。許さないはずなのに。

 そもそも、許すか許さないかの問題なのだろうか。

 当時のあたしは迷っていた。

 刈谷かなえは、自らの意思であんなことを繰り返していたわけじゃない。

 あたしが刈谷かなえを消したところで、ほづみが喜ぶとも思えない。

 あたしは、どうすればいいんだろう。

 今のあたしは、別のことで迷っている。

 状況はあまり変わっていない。

「今日も泊まってく?」

 あたしが朗らかな笑顔でほづみを誘うと、ほづみは困ったように俯いた。

「うーん、でも、着替えがないや」

 ほづみは人差し指を突き合わせる。

「着替えなら、あたしの服を着てもいいから」

「美月ちゃんの服、いつもちょっぴり大きいよ」

 あたしは編み物を続けながら、頬を膨らませた。

「なんだとう、ほづみん。あたしが太ったっていうのか!」

「いや、その、ほら」

 ほづみは、あたしの胸の谷間に、軽く掌をあてた。

 あたしはほづみの胸を見る。そこそこ、ある。

「いや、そんなことはないと思う。ほづみんも巨乳だから。やっぱり、あたしが太ったのかなあ」

「ええっ、違うよ。きっと、美月ちゃんのほうが、背が高いからだよ」

「そっか。ほづみん、ちっこいから、しょうがないわよね」

「むー……」

 今度はほづみが頬を膨らませる。

 あたしは軽く笑いながら、ほづみの首にマフラーをかける。

 首元に刻み込まれた青痣を覆い隠すために。

 ほづみの蝕まれた身体とこころを労わるために。

 そして何より、

「ほーら、できたぞぉ。あたしの特製マフラー!」

「わあ、ありがとう、美月ちゃん。マフラー、ふわふわで、あったかい」

「へへっ、どういたしまして」

 クリーム色の毛糸マフラーの先には、桜色の刺繍で「ほづみ」の丸文字をいれてある。ほづみはマフラーに頬をうずめて、そのまま寝てしまった。

「ほづみん、こたつで寝たら風邪ひくよ。それに、まだシャワー浴びてないし」

「えへへ。ちょっとだけ」

 ほづみは幸せそうな、けれど、どこか苦しそうな寝息を立てながら、まどろみに浸っている。ほづみは一時期、学校でいじめに遭っていた。あたしがいじめっ子を竹刀でボコボコにしてやったら、やりすぎて、先生に注意されてしまった。

 いじめっ子くらいなら、あたしの力でどうにでもなる。

 だけど、世の中には、どうにもならないことだってある。

 ほづみの親は、ほづみに酷い虐待を繰り返していた。

 日に日に、ほづみの身体に痣が増えていくのがたまらなく嫌だった。

 でも、ほづみは、それでも自分の家族に捨てられることを怖がっていた。

 そうだよね。

 あたし、ほづみの気持ち、ちっとも分かってないや。

 そんなふうに思うあたしがいた。

 でも、でもね。

 あたし、ほづみが日に日に弱って行く姿を、黙って見ているのが……辛い。

 だから、お節介かもしれないけれど、あたしは色々な口実をつけて、ほづみを両親から引き離そうとしている。


 二〇一五年十二月二十五日、クリスマス。

 早朝、あたしは冬の寒さに悶えながらジョギングをしていた。

 いつもの私服の上にコートを着込み、手袋とマフラーをしている。

 お腹にはぬくといカイロを貼ってある。

 少し息苦しい。

 健康のためというのは建前で、本当は、ほづみの両親を観察するためである。

 車の往来や人通りは積雪のため少ない。

 さく、さく、さく、さく。

 一センチほど積もった雪の上を走り続ける。

 大通りから団地に入り、ほづみの家まで一直線で向かう。

 ほづみの家に近づくと、ふと、肌に焼けるような感触がした。

 あたしは円い目をさらに小さな円にして、呆然と膝をつく。

 ほづみの家は、天高く炎を噴き上げて、燃えていた。

 

 いったん、落ち着こう。

 ほづみは、あたしの家にいるから、平気。

 中で人が死んでいるかもしれない。

 どんなにクズかもしれないけれど、人の命は、ほづみの両親は、助けなければ。

 あたしはゆっくりと立ち上がる。

 すると、いままで気づかなかったが、刈谷かなえが独り、燃え盛るほづみの家の前で呆然と立っているのを見つけてしまった。

 刈谷かなえはあたしに気づくと、少し疲れたように口を開いた。

「栗原美月さん。私の代わりに消防と、救急、それから警察を呼びなさい」

「……まさか、あんたが放火したの?」

 あたしが平静を装いながら毅然と問いかけると、刈谷かなえは、どことなく悲しそうな視線をあたしに向けた。

「私にもわからない。私はどうかしているのかもしれない。そうね、私が犯人ではないことを祈るわ」

「はあ? なんだよ、それ」

「後はお願いね。私にはまだ、やらなければならないことがあるから」

 刈谷かなえは軽く髪を弄ると、忽然と姿を消した。

「こら、待て!」

 あたしは刈谷かなえを探したが、どこにも見当たらなかった。

 ほづみの家は大きく燃え盛り、屋根が崩れかかっている。

 これではまるであたしが犯人みたいだけど、正直に話そう。

 あたしはほづみの家から少し離れたところで、非常電話をかける。

 五分ほど待つと、救急車と消防車が到着する。次いで、パトカーがやってきて、あたしは近くの交番で事情聴取を受けた。あたしは、目の前で起こったことだけを淡々と話した。しばらくして、ほづみも交番にやってきた。

 しばらくして警察から開放されたあたしとほづみは、あたしの家のこたつで、ぐったりとしながら、身体の疲れをとっていた。

「うーん、本当に、かなえちゃんが放火したのかな? かなえちゃん、そんなことをするような人には見えないけれど」

「わかんないよ、ほづみん。ほら、人は見かけによらないって言うじゃない」

「でも、やっぱり、かなえちゃんは悪いことしそうにないよ」

「まあ、ほづみがそう言うんなら、そうかもしれないのかなあ」


 翌日、二十六日。

 ほづみの無残な遺体が校舎の屋上で発見された。

 屋上は立ち入り禁止になり、ニュースでも大々的に報道される。

 報道によれば、遺体には無数の痣があり、腹部を切り裂かれ、内臓を引きちぎられていたという。

 今日未明、殺人未遂の容疑で逮捕されたのは、被害に遭った十五歳の少女ほづみの、父親である。被告は放火魔を含めて同一犯である疑いが高いとされる。

 被疑者は、先日起きた自宅の事故を装った放火について容疑を認めておらず、配偶者死亡による保険金目的だと供述している。しかし、被害者の妻は火の手に気づいて逃げ出し、一命を取り留めている。

 被害者の妻とは和解して不起訴となり、住宅の再建が進んでいる。

 また、被疑者は殺人に関しても否認している。被疑者の妻は「夫は仕事を終えてからは一日中家にいた」と証言している。事件が発生したのは午後六時頃、被疑者は帰宅していたという。一方、検察では、証拠隠滅のために殺害したのではないかとの疑いで捜査を続行する模様だ。

 証拠隠滅のためにほづみを殺害するのはおかしい。ほづみは何も知らなかったのだから。それとも、あたしが知らない間に、何かがあったのだろうか。あるいは、単にほづみの父親がサイコパスだったのかもしれない。虐待をするような父親だから、十分ありうる。

 ともかく、あたしがふと目を離した隙に、とんでもない事件になってしまった。

 どうしよう。まだ、現実として受け止められない。今にも、ほづみが起き出して、「えへへ、冗談だよ」と、あたしに声をかけてくれるような気がしてならない。

 でも、人の死という現実は、どうあがいても変えられない。

 死の捉え方は変えられる。でも、事実は変えられない。

 どんな理屈で片付けようとしても、あたしのこころは納得してくれない。

 あたしのこころは、今にも悲しみに押しつぶされて、崩れて、粉々になってしまいそうだった。暗く澱んだ現実から離れ離れになって、深い海の底で一人ぼっちになっていたい気分だった。

 ほづみのおばあちゃんと思われる方は、じっとあたしの目を見て、「辛かっただろう?」と頭を撫でてくれた。目にシワが一杯あるけれど、それ以上に流れ出るものが、あたしのこころを貫いた。ほづみのおじいちゃんのほうは、ほづみのおばあちゃんの泣き顔を見て、そっと、式場の外に出て行ってしまった。



 棺に入った、真っ白なほづみの顔は、まるで生きているようだった。

 無残な身体は、棺の蓋に阻まれて見ることはできない。

 これでいい。ズタズタになった身体を見られるのは、恥ずかしいからな……。

「ほづみん、ごめん」

 あたしは、ほづみの蒼白な頬を軽く掌で撫でる。

 ぷにぷにとした感触が指先に伝わってきた。

 あたしは、結局、ほづみを守れなかった。

 ほづみの笑ったような表情を見ているだけで、目から熱いものが流れてくる。

 こぼれないように、顔を上に向ける。でも、涙はとめどなく溢れてしまう。

「ほづみ……、そんな……」

 刈谷かなえが、あたしの横で、ほづみの頬を撫でて泣いている。

「……あいつのせいよ。あいつがほづみの家に火を放った! あいつがほづみを殺した! でも、もう、復讐もできないなんて、どうすれば……ねえ、ほづみ。私は、何をすればいいの?」

 刈谷かなえは、あたしの肩を強く揺さぶった。

 近くでじっくりと見つめると、黒髪ロングの美人さんだった。闇色の瞳を震わせながら、穂積の名前を小声で連呼している。

 不器用な刈谷かなえが、涙を必死に堪えているのが、あたしにも伝わってくる。

「落ち着いて、刈谷さん。気持ちはわかるけど……」

 つられて、あたしも動揺する。記憶の中で、ほづみがあたしに笑いかけてくる。

「決めたわ。私は、絶対に諦めない」

「……刈谷さん?」

「栗原美月さん。私はこれから、とんでもないことをするかもしれない。そして、私がとんでもないことをしでかすかもしれない。もし、周囲に危害が及ぶようなことがあったら、遠慮はいらないわ。私を殺しなさい」

「はあ? 何? どういうこと?」

「ごめんなさい。今はそれしか言えないわ。でも、いずれその時が来ると思う」


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