邂逅
「陽和兄様!」
慌てて後を追おうとする雛を八来が手で制する。
「止めておけ。今のあいつには何を言っても無駄だろう。頭冷えるまで放っておけ」
その切っ掛けを作ったのは誰だっけ?と銀龍が小声で呟くが、当然無視する。
「さて、では上に報告と……その前に後始末だ。銀龍、能力を使った痕跡は消してあるんだろうな?」
いつもと違う口調と全くの無表情で問いかける斎賀。その違和感の塊でしかない態度と雰囲気に対し、銀龍はニヤニヤしながら彼の顔を指差す。
「刻守、あっちに引きずられてるぞ?」
言われて斎賀は無表情で手で顔を覆う。そのまま待つこと数秒、手を離すといつものへらりとした笑顔が戻っていた。
「あ~、ごめんごめん~、ちょっと~やばかった~」
言いながら、視線は床に倒れている竜八へと向いている。その表情は何処か申し訳なさそうだった。
「発作か?」
「いや~ぎりぎり大丈夫だった~。竜八君~倒れているし~発作起こるギリギリで~耐えたよ~」
「そっか」
今度は逆に斎賀が銀龍を指差した。
「銀龍君~傷の治り~遅いね~。そろそろ『あの日』だもんね~呼雷君が~ソワソワして~助けに行ってたでしょ~。蓮聖君いないから~余計心配だったんだね~」
白衣の裏ポケットから包帯と滅菌ガーゼ消毒液を取り出しながら、どこか意地の悪い笑みを漏らす。八来から 「お前のポケットは四次元か?」 と言われたが誤魔化すようにただ微笑むだけだった。
「おっけ~。軽~く手当しといたから~子供たちのところ行って~いいよ~」
「謝謝」
銀龍は窓枠に手をかけるとそのまま飛び出した。斎賀が窓の外を見ると、空中で回転し猫のように音も無く着地する銀龍がいた。
「さて……パソ子ちゃんが~我らがボスと~天照様に~連絡を入れてくれたから~そろそろ四神部隊や~蓮聖君たちが到着するね~」
前回の吉原の時の様に変な事を勘繰られなければいいが……と、八来は苦い顔をしている。
「八来さん……」
雛は不安から八来の袖をきゅっと掴む。ここ最近、不安な事があると八来の服を掴む癖が出てきた。
「んな不安がるな。堂々としてろよ、天照やボスも上手く根回ししていてくれている筈だ」
「はい……」
裏・七福神の逃亡、倒れた古森、被害に遭った子供達や職員、そして何より気がかりなのは陽和だ。
あんなに取り乱し、明確に殺意を向ける彼を初めて見た。
彼を 彼の意見や考えを否定すべきではなかったのかもしれない。自分の本心を明かすべきではなかったのかもしれない。
そう思っても、もう後の祭り。彼は、八来に殺意を向けて何処かへと行ってしまった。
「あの坊ちゃんの事か?」
「へ!?な、何故分かったんですか!?」
図星を刺されて思わず肩を跳ね上げてしまう。
「勘だよ、勘。それに、お前は分かりやすいしな」
今まで何度も言われてきた「分かりやすい」。表情から読まれているのか……?今後はもう少し感情が顔に出ないように訓練しよう。
「誰しもが自分の考えや意見に賛同してくれるとは限らねぇよ。今回、たまたまそれがアイツだっただけの事」
「ですが……」
「理解できなかったんだからしゃーない。ここに理解してくれるやつがいるんだから、そんなに落ち込むな」
そう言って自分を指差す八来。
『理解』――――――――― 先ほどの八来の告白を思い出し、雛は思わず顔を真っ赤にさせる。
常人には死の宣告だが、雛にとっては最高の告白であり最高の理解者を得た瞬間でもあった。
告白を思い出し、どきどきする胸を押さえながら、雛は赤い顔で何度も頷く。
「さて~お二人さん~イチャつくのは~その辺で~そろそろ四神部隊来るよ~?建物~僕と~竜八君も~一部破壊して~危ない事になっちゃったから~一先ず~避難しよ~?」
「誰がイチャついてるか!」
「八来く~ん、鳴三君みたいな~反応~。やっぱ、似てるね~」
八来が何か反論をする前に、竜八をひょいと担ぎ上げて出て行ってしまった。
「なぁ~にが『似てるね~』だ!腹立つ奴だなぁ」
「八来さん、私達も古森さんを連れて避難しましょう」
「ああ」
促され、古森を背負って部屋を出る。
「……取り残された方はいないですよね」
「いない」
即答する八来。だが、雛はある部屋の前でか細い声が聞こえてくるのが耳に入る。
「八来さん、このお部屋から女性の声が!!」
「あ?……あぁ」
言われて何かを思い出し、部屋に入る雛に続く。
教室の中は荒らされ、その隅にへしゃげたロッカーが一つぽつんと佇んでいる。そこから 「出してぇ~……お願いしますぅ~……」 とか細い泣き声が聞こえてきた。
「八来さん、誰か閉じ込められています!……誰がこんなひどい事を!!」
俺、とはいえず八来は無言で目を逸らすが雛は気が付かない。
折れ曲がったそれはバールでも使わない限りこじ開けられそうにない代物だったが、雛は取っ手に手をかけるとベリベリバキバキと力任せにこじ開けてしまった。
「あぁ……光が……」
中に入っていたのはロッカーと同じ様に体をくの字に曲げ、恐怖で己の両肩を抱きながら半べそをかく西宮だった。
「大丈夫ですか?」
「は……はいぃ……お陰様で……ありがとうございます」
体に力が入らないのかロッカーから抜け出せなくなっている彼女に手を貸す。その白く細い指先が雛の手を弱々しく握った。
自分の様に硬いものを叩いて鍛えた拳ではなく、争いも闘いも知らない手を引き西宮をロッカーから出す。
「あぁぁ……ありがとうございます、ありがとうございます!」
ふにゃりと力無く雛にしなだれかかり、何度も何度も礼を述べる。その潤んだ瞳が雛の後ろの八来を捕らえた。途端、目を丸くして先ほどと打って変わって声を上げた。
「九条さん!ご無事で!!」
立ち上がろうとして、床に転びそうになったが雛が咄嗟に支えて事なきを得る。その際、雛の顔面に西宮の豊満な大玉が二つ覆い被さって来た。
「もがっ!?」
「ああああ!すいません!ごめんなさい!」
胸の谷間から雛の小顔を救出させると、その場で土下座して謝る始末。なんだろう、この女性は忙しい人だ……。
「か、かかかか顔を上げてください!私は大丈夫ですから!!」
「でででででででも!!」
「大丈夫ですから!」
「おい、デカパイ共、漫才やってないでさっさと非難するぞ?」
「「はい!!」」
同時に返事して、思わず顔を見合わせる二人。八来はというと、そんな二人がどことなく似ているような気がして疲れたため息を吐いた。




