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それは何処までも愛おしくて残酷な告白だった

ほんの数時間だというのに、随分長い事会っていないように感じるのは彼と出会ってからずっと傍にいたからだろうか?

飛びつきたかったが、流石にはしたないのでこらえて代わりにニッコリと笑うと八来も歯を見せて笑う。


「何だ?ここに来る前に随分やられたみたいだな」


「違います、これは銀龍さんとの稽古で少々……」


「あの野郎、極度のフェミニストかと思ったが中々やりやがるな。ちっとは見直した」


そこで、八来は倒れている男を見る。


「気配を隠す事と蹴り技の威力がここ数時間で上達したのも奴のお蔭か?」


雛の場合、今まで拳の方を重点的に鍛えていた為、蹴り技やそれに伴う空中技がやや疎かになりがちだった。そこを銀龍も気が付いていたのだろう。


「はい、短い時間でしたが凄くお勉強になりました!」


「そうかそうか、良かったな」


上機嫌でくるりと杖を手の中で回すと、視線を雛に向けたまま彼女の後方へと投げつける。

すぐに肉を穿つ鈍い音が響き、男の体から血の飛沫が出る。


「ひどいなぁ、立ち上がったと同時に武器を投げつけます?」


男の体の中心に深々と突き刺さる杖。だが、目の前の男は平然と、血を流しながらも微笑みすら浮かべて立っている。

男が杖を引き抜こうと手をかけた瞬間を狙って、雛が滑り込むように男の懐に潜り込み杖の先を狙って正拳突きを放つ。その拳には炎が宿り、杖を伝って男の全身を包み込む。

悲鳴も上げずに燃え上がる男。倒れないその体に今度は結界を纏わせた拳を連撃で体の中心を狙って打ち込む。

だが、炎の中から飛び出してきた男の手がそれらを全て手の甲で弾き、または受け止めて逸らしていく。


《成程、あの方のお孫さんだけはある》


焼けてしゃがれた声と共に、男の炎の手が雷も帯びて雛へと伸びる。


「ふっ!」


鋭い呼気と共に地を蹴り、雷の手を避け男のこめかみへと体ごと回転して蹴りを放つ。開店によって威力を上げた蹴りは見事男にヒットし、そのまま横の壁へと吹っ飛ばされていった。

再び立ち上がろうとするが、膝が折れ力無くその場に座り込む。


《ああ、身体が動かない。体を焼かれ過ぎたせいかな?でも》


炎の指先は窓の外、縁の門の方をついと指差す。


そこにはあの糸の妖が————――――――――無かった。


《あれ?》


次に、建物全体が軽く揺れたかと思うと、門の入り口にあったあの結界に罅が入り跡形もなく消えて行く。

続いて、敷地内の結界システムが復旧したのか次々とあちこちの教室や外で非難している人々の周りを結界が覆っていく。


「お前が、この事件の首謀者か?」


声の方へと振り向くと、開いた扉から竜八を横抱きにした斎賀医師が入ってくる。その瞳は金色へと変化し、表情はどこか冷たい。口調といい、いつものだるそうな雰囲気は影も形も見当たらなかった。


「そこまでだぜ」


もう一人、窓枠をくぐり一人の男が侵入してくる。衣服はあちこち破れ、全身傷だらけ。左の腕の付け根に深手を負い血を流しながらも、何とか無理に笑顔を作る長髪の男。

銀龍は足元の陰から呼雷を召還し、自由の利く右手から電撃を発生させて男に向ける。

こちらも瞳は斎賀医師と同じく金色へと変わっていた。


《おやおやおや、結界システムに張っていた糸と外の結界も綺麗に取り除かれましたか……これは、旗色が悪い》


炎の中で黒い人影はおどけた様に首をかしげて降参とばかりに両腕を上げる。


《勿体ないが、この体は捨てるとしましょう。それでは、御機嫌よう》


ぼろり、とその先端の指先が地面へおちる。それを皮切りにぼろぼろと体が焼け崩れていき、後には真っ黒な灰だけが残った。


「チッ!まぁた逃げられたか」


『あぁ、そうそう、自己紹介が大変遅れて申し訳ない。私の名前は裏・大黒天と申します。以後、お見知りおきを。では、今度こそ失礼いたしますね』


脳内に男改め裏・大黒天のどこか軽い声が響き、八来は再び舌打ちする。珍しく、斎賀医師も舌打ちしていた。


「八来さん、お怪我は……」


「もう再生が始まっているから心配するな、それよりも」


八来が視線で指示した先には、雛にとって懐かしい人物が倒れていた。


「古森さ……ん?」


驚きに目を見開き、震える声で彼女の名前を呼ぶと一目散に駆け寄って抱き起す。


「雛ちゃん、ちょっと御免」


未だ無表情のままの斎賀は気絶している竜八をそっと床に下ろすと、涙目で慌てふためく雛の横にしゃがみ込み園長の脈を確認する。


「呼吸も安定している。大丈夫、気絶しているだけだ」


その言葉に、雛はホッとしたのか涙目涙声で 「良かったぁぁぁ……」と絞り出した声を出して安堵する。


「…………痛っ……、あれ?私は……、え!?雛お嬢様!!?」


床で伸びていた陽和がようやく目を覚ます。がばりと上体を起こすと、真っ先に目に入ってきたのは園長を抱き起こし安堵している雛。その姿は恋する男の目にはピエタのように見えたとか何とか。


「お嬢様!!」


そこでようやく雛は陽和の存在に気が付いた。ボロボロの陽和の姿が目に入ると、ぎょっとしたように目を見開く。


「陽和兄様!?何故ここに?」


「お嬢様、お怪我が……早く手当を!」


「私の事はいいですから!兄様もお怪我を……」


「おい!そこの野蛮人!!貴様が傍に居ながらお嬢様がお怪我を成されているぞ!!どういう事だ!?」


更に重症負っている俺らはいいのかよ?と野蛮人こと八来、銀龍、斎賀は揃って苦笑する。


「知るか、それはこいつが稽古で勝手に負った傷だ」


「稽古!?お嬢様はまだあの様な事を……」


その見開かれた目は、どうして?信じられない、と如実に語っていた。


「稽古も、闘う事も、全て私の意志です。怪我を負ったのも自己責任です!八来さんは何も悪くありません!!」


過去に祖父と汗を流し、研磨した日々を『あの様な事』呼ばわりされ流石にカチンときたのか、毅然とした表情で反論する。


「何故、進んで傷付こうとしているのです!?その体に傷が残ったらどうなさるのですか!?嫁入り前の女性が……」


「私は、お嫁に行きません!!!」


きっぱりと即答する雛。その答えに銀龍は目を丸くし、八来は口元を覆い隠すが堪え切れずに盛大に噴き出した。

陽和はというと……


「何故……?どうして、ですか?」


真っ青な顔で立ち尽くす。目には濃い困惑の色、口元はあんぐりと絶望に開かれている。


「私は、お嫁に行けません!いえ、行きません!やりたい事が出来たからです!!命を懸けてでも、成し遂げたい望みがあるからです!!!」


「その……望みとは……」


絶望した様な暗い表情で、震える声で陽和が声を絞り出す。その言葉に、雛は何故か顔を赤らめる。


「陽和兄様には……言えません」


「何故っっっっっ!!!?」


絞り出すような悲痛な絶叫が教室内に響く。


「貴方には、絶対に理解できない事でしょう。いえ、他の誰にも理解してもらえない、恐らく、私の望みを叶えてくれる方以外には理解できない……」


「その、望みを叶えてくれるという人物は、誰なんだ!?教えて下さい、お嬢様!!」


その金切り声のような叫び、必死さに八来は笑いが堪え切れなかった。この陽和という男はどこまでも哀れで愚かだ。狭い世界でただただ一人叫んでいる。その滑稽さに思わず呆れを通り越して笑ってしまう。


「……八来、さんです」


頬を染めながらも、意思をはっきりと宿した目で答える。

それは、雛にとっては勇気の告白であり、陽和は絶対の拒絶としてそれを受け取る。

陽和は「やはり」と「何故?」が綯交ぜになった複雑な表情のまま固まっていた。


「何故、何故!?この男が、何を、何を叶えてくれるというのです!!?野蛮極まりない粗暴な男が!!!お嬢様の、どんな願いを!!!!!」


半狂乱となって雛に掴みかかって来るが、その前に八来が立ち塞がる。その手には元の長さに戻した杖があり、襲い掛かって来た陽和の鳩尾に深く重く突き刺さる。


「自棄起こして、何をしようとしてるんだ?」


床に這いつくばり、嗚咽と共に涎を吐いて咳き込む陽和に冷たい視線を向ける。窓際で腕を組みながらその様子を見守っている銀龍と斎賀も苦い笑みしか浮かばない。


「雛の前に、俺の望みを教えてやろうか?」


口角を吊り上げ、這いつくばる陽和に八来が声をかける。どこまでも楽しそうに、これからこの男がどこまで壊れるか?嗚呼、楽しみだ。


「俺はな、コイツの望むまま、鍛えて、鍛えて、強くしてやる。そして……」


ふっと、一瞬八来の表情が柔らかくなる。その目には先ほどと違い、何処か慈愛を帯びていた。





「俺と死合ってもらう」






この一言に陽和は激高し、何かを叫ぼうとするが大きく咳き込み何も言えない。涙目で八来の背後にいる雛を見る。

どれだけ、傷付いているか。恐怖で震えているか?

見ると、雛は俯いて震えていた。


「八来、さん?」


やがて、顔を上げるとその瞳には大粒の涙が浮かんでいる。やがて、音も無く滴が頬を伝い流れ落ちていった。


「お嬢、様……」


嗚呼、可哀そうに!こんな場所で、こんな野蛮な男に恐ろしい宣言をされるなど!!恐いだろう苦しいだろう、私が今度こそ守






「嬉しい………です」



雛は、涙をはらはらと流しながら笑っていた。その笑みは、その幸せそうな顔は、今まで見たことが無かった。


「何泣いてんだよ」


不意に八来の声が優しくなり、呆れたようなため息と共に彼女の元へと近づく。


止めろ止めろどういう事だ分からない止めろ何故貴様が私が守らなければならないのに何故何故何故何故                     ?


「ああああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


陽和は頭を抱えて目を向き、大絶叫すると立ち上がり二人を睨み付ける。

雛は陽和の突然の錯乱に怯えた表情を浮かべ、八来はというと雛の涙を指で拭う手を止めて忌々しげに舌打ちをする。


「許さない……八来貴様は許さないぃぃぃぃ!!!!!!!」


血走った目で八来を睨み付けると、悔しさのあまり歯で唇を噛み締めた。ぶつりと音がして唇から血が垂れて口の端を伝い、床に赤い滴を垂らす。

がしがしと両手で乱暴に頭を掻きむしり、ドン引きしている面々をぐるりと睨み付けると、怒りで顔を真っ赤にしたまま教室から走り去ってしまった。


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