嗚呼、外道
――――――――雛が衝撃の飛び蹴りをする少し前に時間は戻る
「あー……つまらねぇなぁ」
不満げにため息をつくと紛ツ神の最後の一体の頭を掴み上げ、そのまま素手で握り潰す。もう動かなくなったそれを後ろに放り投げると、 「ひぃっ!!」 と情けない声が上がった。
声の主は勿論、役立たずこと陽和である。相変わらず、青い顔で座り込みガタガタと震えべそまでかいていた。
「ここら一帯のは、終わったぞ」
「っひ!ひゃい……」
返事をして立とうとするが、足が生まれたての小鹿の如く震えて立てなくなっている。
「……お前、ずっとそこに居ろ。足手纏いでしょうがねぇ」
「嫌だぁぁぁぁ!!置いていくな!恐い!嫌だ!!!」
「びーびーとうるせぇ!ロッカーの中のあの女を見ろ!大人しいじゃねぇか!!」
ロッカーの中の西宮はというと、先ほどから悲鳴一つ上がってはいない。静かなものだと思っていたが、ロッカーに数体紛ツ神が食い込んでいた。結界で守られているので食い込みは僅かなものだが、恐らく気絶しているのかもしれない。
「気絶しているんじゃ……」
「騒いで紛ツ神呼び寄せるよりかはマシだろう」
そう言いつつ、八来は何事もなかったように教室を出ようとする。その悪びれもしない様子に陽和が怒りの声をぶつけた。
「罪悪感の欠片も無いのかアンタは!!」
「は?何だそれ?俺は只紛ツ神を退治しただけだろ?非難される筋合いないじゃねぇか。ロッカーの中の女もお前も無事。なら、何も問題ないだろう?」
「もう少し周りに配慮できないのか!?全く……何故、お前のような乱暴者が雛お嬢様の傍にいるんだ!」
天照のせいで……などと言えないので、八来はやや困り顔で答える。
「強いて言うなら成り行きだ、成り行き。問題は何も起きていないから良いだろ?」
「大有りだ!あの御方は八塩家の御令嬢だぞ!?お前の様なならず者とは違う!!」
「あのなぁ……」
正直、この男と会話をしていて頭が痛くなってきた。事情を何も知らないのによくもまぁこれだけ文句を言えるものだと呆れてしまう。いや、知らないこそ、文句が言えるのか?
「その御令嬢が、家を追い出されているんだぞ?あぁ、お前はアイツが『都会に憧れて勝手に出て行った』って聞かされているだったか?ったく……今度雛と一対一で話してみろ。全否定されるぜ?」
「な!?奥様が嘘をついていると!?」
「随分とその奥様……雛の母親を信用しているんだな」
「当たり前だ!ご当主様が病気がちで臥せっている事が多いので、代わりに神事や一族の事をほぼ一人で取り仕切り、俺の実家の借金を無条件で肩代わりしてくださったんだ!」
「無条件?」
その言葉に何かが引っかかる。ただの勘ではあるが、どうにも気になってしまった。雛にあれだけの仕打ちをし、婚約を破棄させて妹にあてがい、家から追い出した女が無条件で借金を肩代わりした?どうにも胡散臭いものを感じずにはいられない。
《八来様、大厄災級の紛ツ神の気配を感知いたしました》
上着の内ポケットに入れていた携帯から、急にパソ子の声が聞こえる。その内容に思わず声が上擦った。
「大厄災級!?あの若作りジジイか?」
黒い結界に紛ツ神、吉原の時の様に裏寿老人か他の裏七福神の仕業だろうとは何となく思っていた。だが、今の今までパソ子が大厄災級紛ツ神の気配を感知で来ていなかったことから、裏寿老人がここに来ている可能性は除外していたのだ。
《いえ、データにありません》
と、いう事は新手の裏七福神メンバーか。
「場所は?」
《園長室からです》
「よし、行くか」
猛者と闘える喜びに、思わず笑みを浮かべて教室から出て行こうとする八来を陽和が止める。
「何処へ行く!」
「うるせぇ、水差すんじゃねぇよ。ちょっと首謀者と闘り合ってくるだけだ。足手まといのお坊ちゃまはそこで大人しくしてろ!いいな、絶対に動くんじゃねぇぞ!!」
そう言い放つと、八来は教室を後にし急いで園長室へと向かう。 先ほどの教室から盛大な舌打ちが聞こえたような気がするが、気にしないでおく。
「おお、瘴気駄々洩れじゃねーかぁぁぁぁぁ」
廊下に出てすぐ違和感に気付く。先ほど姑獲鳥の紛ツ神がいた時よりも更に濃い瘴気が辺りを包み込む。先ほど出てきた教室から何やら嘔吐する音が聞こえるが、音の主は瘴気にやられた陽和だろう。 勿論、放っておくに限る。
今回の裏七福神は一体どんな相手なのか?期待を込めて、気配を消しつつ園長室の扉に手をかける。
音も無く開けた扉の向こうでは、机の前で園長がうつぶせで倒れていた。先ほどの爆発の衝撃で気を失ったのか、はたまたこの瘴気で倒れたのか?
そして、その傍らには一人の男の姿があった。高身長に高そうなスーツに身を包み、今まさに手に持った金色のハンマーを園長の頭部目掛けて振り下ろそうとしているところだった。
「おや、どちら様で?」
八来に気付くと、一度ハンマーを持つ手を止めて何処か人懐っこい笑顔を向けてくる。少し男臭い印象だが、女受けしそうな造りをしたその顔に八来は間髪入れずに杖で突きを仕掛けた。
「おっと、こちらの質問に答えてはくれないんだ。しかも、いきなり襲い掛かってくるとは少々無粋じゃないかね?」
八来の杖は男のハンマーによってはじかれてしまう。すぐさま杖を捻って足元を狙うが、まるで重力を感じさせない動きで飛ぶとふわりと躱される。
「あのね」
着地地点を狙って再度突きを入れるが、またしても黄金色に輝くハンマーによって止められる。
「動きが若干鈍いよ?まぁ、こんな狭い場所じゃあ長物は不利……」
八来は一度杖を引くと、ちょうど真ん中の部分を両手で持ち捻る。すると、手を触れた部分が飴の様に捻れて千切れ、杖は真ん中から綺麗に二つに分かれてしまった。
二本に別れた杖のうち、片方を相手の目間を突きに、もう片方をハンマーを持つ手を目掛けて振る。
「おや、びっくりだ」
全く同時に仕掛けられた攻撃にも、男は言葉とは逆に冷静に対処していった。
まず、ハンマーを持つ手を狙ってきた一撃を、軽く杖にハンマーを添わせ巻き込む様に絡め捕って逸らす。
それと同時進行で目間を狙ってきた一撃を、空いている手で防ぐ。が、防ぐと言っても杖を掴んだりはじくのではなく手のひらを顔の前で広げるだけだった。
ずぶりと手のひらに杖が刺さり貫通するが、血濡れの先端は彼の顔の寸前で止まる。推しても引いてもそれ以上は動かない。
「てめっ……!?」
嫌な予感がして、本能的に杖から手を離す――――――――が、間に合わなかった。
「―――――――――っ!?」
男の掌から杖へと黄金色に電撃が走る。
八来の指先から全身へと刺すような痛みが広がり、一瞬で力が抜ける。しかいがくろに
「はい、おしまい」
掌から杖を引き抜き床へと放り投げる。からん、と杖は乾いた音を立て床に転がり、更にそれを遠くへと蹴り飛ばす。
「ではでは、お仕事の続きといきましょうか」
電撃を喰らい床に崩れ落ちた八来を尻目に、男はゆっくりと園長へと近づいてくる。にこやかにまるで散歩しているような軽い足取りで園長の傍まで移動すると、その頭目掛け再びハンマーを振りかざした。
金属が肉を殴打する鈍い音共に、辺りに赤黒い血飛沫が飛び散る。
「おやぁ?」
血飛沫で顔を濡らしながら、男は首をかしげて頭にはてなマークを浮かべる。
彼の足元には、園長を庇うように覆い被さる八来の姿があった。その後頭部は大きくへこみ、中身を僅かに見せたまま血を辺りにぶちまけている。
「凄いね、アレを喰らって動けるなんて君が初めてだよ」
「そりゃあ……どうも」
低い体勢から地面を刈るように蹴りを放つと、上手く男の膝裏に当たり転倒させることに成功した。
その間に立ち上がり、園長を背に庇う。後頭部のダメージは殆ど修復されているが、先ほど負った電撃のダメージからは完全に回復していない。まだ痺れる指先で杖の半分を男に向かって構えた。
「君、何でその女を庇うの?君にとって大事な人だったのかな?家族?恋人?友人とか?」
男は立ち上がり、服についた汚れを軽く払うと世間話の様な気軽さで聞いてくる。
「どれでもねぇよ。ただ……」
「ただ?」
「ここの園長が死ぬと、大泣きするガキが一人知り合いにいるんだよ。……そいつを宥めるのが超が付くほど面倒くさいからだ!」
八来の回答に、男は目を丸くした後吹き出してしまった。
「ははははは!君、面白いねぇ!それとも、素直じゃないだけかな?いいねぇ、いいねぇ!その不器用な言い方の中にしっかり『愛』がありそうだ!!」
「うるせぇ」
杖を持つ手のひらに水を集め、投擲する瞬間に放出する。水の勢いで加速した杖は男の左胸に深々と突き刺さった。
「わぁ、驚いた」
だが、男は顔色一つ変えず血の付いた杖を引き抜いた。深く刺さっていたそれを引き抜けば当然血は激しく噴き出すが、男は痛みを感じないのか平気な顔をしている。
「悪いけど、紛ツ神だからこの程度じゃあ死なないよ。あ、そうか!君もだったよね?今、思い出した」
男が呑気に話している間に八来はすぐ傍まで接近し、文字通り穴の開いた左胸へと蹴りを入れようとする。
パリパリと乾いた音が男の体から聞こえ、髪が逆立つ。八来は瞬時に蹴りの軌道を変え、足元にあったある物を引っかけて目の前に飛ばした。
「へ?」
八来の愛用の杖の半分が飛んできた電撃を全て受け止めた。そしてがら空きになったその体に八来の蹴りが刺さる!
男の体はそのまま開け放たれたドアを越え、廊下へと派手に吹っ飛んでいく。勿論、あれだけでは止めを刺しきれないと、八来も後を追う。
「大丈夫ですか!?一体誰がこんな事を!!」
聞き覚えのある切迫した声――――――――ひどく嫌な予感がする。
「しっかり!今、手当を」
嫌な予感は見事に的中。よりによって陽和が倒れた男を抱きかかえて介抱しようとしていた。
「いやぁ、助かります」
男は目を開けると、陽和の華奢な首に素早く腕を回して素早く捕獲すると、彼を腕に抱いたまま八来へとじりじり近づいてくる。そのゆっくりとした歩みと、人質を得た為に笑顔に余裕がたっぷりと乗っているのがとてつもなく腹立たしい。
「は?え!?ど……どういう事……?」
そして、やはり状況の呑み込めていない陽和。お前も心底腹が立つ!!
「すいません、ちょーっと黙ってもらえます?」
男はもう片方の手の指先に電撃を集め、陽和の喉元に指を近づける。すると陽和は「ひっ!」と情けない声を上げながら男の腕の中で半べそをかく。
「何してんだよ、お前は!!」
八来は額に青筋を浮かべつつ舌打ちし、迫る男とは逆に園長室へと後退していった。
どうしてこの馬鹿は教室で大人しくしていないのか?あの時気絶させなかったことを、今猛烈に後悔している。
「これ以上、私に何かをすると……分かりますよね?」
園長室へと戻ると、空いた手で後ろ手にドアを閉める男。その余裕のある顔を原型が留めなくなるほど殴りたい。
それ以上に陽和に対して腸が煮えくり返る程苛ついた。勝手なことを言うわ、勝手な事をしてこちらに多大な迷惑をぶっかけてくるわで、人の言う事は聞かないわ……。
「はぁ……」
苛ついた八来はため息と共にある一つの答えを出すと、杖を地面に捨て大人しく両手を上げて降参のポーズをとった。
「おや、人質とったら随分とあっさり降参してくれたね。それじゃあ」
陽和を拘束したまま、足を踏み出そうとした男の前に突風が吹いた。
それが八来の全力の蹴りだと分かり、男は咄嗟に陽和を盾にする。だが、八来の蹴りの威力は衰えず、軌道も変わることが無い。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
男は咄嗟に金のハンマーを構えるが、水の瘴気を纏った蹴りはハンマーをはじき飛ばす。勢いをやや殺されたもののその蹴りは陽和の胸へと突き刺さり、衝撃は彼を突き抜け男にも伝わった。
「チッ!」
体を貫かれ、重なるように崩れ落ちる二人を見ても八来は不満げに舌打ちをするだけだった。視線を僅かに横に動かすと、そこには部屋の隅で怯える男と依然捕らえられたまま白目をむいて気を失っている陽和がいた。
「ちょ……ちょっと!?どういう事かな!?普通、人質取ってたら攻撃しないでしょう?攻撃したら人質殺すって遠回りに言ったよね?分からなかった?それとも、まさか……分かっててやったの?」
「当たり前だろ!当たったらそこのアホとお前が死んでラッキー、外してもお前がその馬鹿殺ってくれるから結果OK!」
八来、力強く肯定。あまりにも鬼畜外道な即答に、流石の男も言葉を失った。
「さっきの園長の時とは全然違う回答すぎてビックリするんだけど!?この人質の事、本当にどうでもいいんだね」
「当たり前だ。そいつが死んだら泣く奴を知っているが……何かもう面倒臭くなってきた。ほら、殺るならとっととしろ」
「わぁ……本当に外道極まりないね」
腕の中の人質をどうしようかと悩んでいると、彼の背後の扉がゆっくりと開き小柄な人影が飛び出してきた。
考え事をしていた男は後頭部に大きな衝撃を受けて崩れ落ちる。
「……雛?」
「八来さん!ご無事でしたか!!」
雛は八来と再会できた喜びに、男を飛び越えて八来の元へ。勿論、男の下敷きになった陽和には気が付いていない。




