雛はまた一歩闘鶏に近づく
「パソ子さん、野外に居た子供たちは先ほど救出した四人で最後ですね」
《はい、間違いございません》
雛は銀龍と別れた後、彼の陰から作り出した黒い虎『呼雷』と共に敷地内の逃げ遅れた子供達や職員を助けに回っていた。
幸いここの職員は解体屋の資格を持つものが殆どで、あの程度の紛ツ神ならば何とかあしらえる。雛が保護した子供たちは職員の手に委ね安全な場所へと避難してもらった。
「銀龍さんには感謝しないといけませんね」
屋外の紛ツ神は、銀龍がその大半を引き付けていてくれたお陰で救出作業も思ったよりもスムーズに終わった。
物足りない暴れたりないと思う反面、皆が無事でよかったとも安堵する。
「呼雷さんも、ありがとうございます」
銀龍曰く、彼の陰から作り出した式神である呼雷へと振り向き礼を述べる。
「それと……申し訳ありませんでした!」
勢い良く頭を下げる雛に対し、呼雷の顔には何故か疲労感が滲み出ていた。
それもその筈、子供達の目の前にも関わらず雛は紛ツ神の首を足で挟み回転の勢いを付けて引っこ抜く、背後から気配を消して近づき胴体を拳で貫く、顔面を鷲掴みにしてそのまま握力で一気に砕くetc etc……とても小さな子供には見せられないショーを披露していたのだ。
その度に呼雷は子供達の前に立ちはだかり、見えないように文字通り体を盾にしたりと頑張ってくれていた。
「紛ツ神を倒すことばかり優先して、思い切りやりすぎました……反省しています」
反省しているのならばよし、というように呼雷はため息を吐くと深く頷いた。
《野外の紛ツ神も、もう殆ど残っては居りません。あとは出入り口を妨害している結界と瘴気の塊である糸のみです》
「ありがとうございます、パソ子さん。と、なると……銀龍さんの元へ加勢に行くべきか、それとも建物の中の八来さん達の元へ加勢に行くべきか?」
《施設内スキャン中 施設内スキャン中》
パソ子が野外から建物へのスキャンへと機能を切り替え、中の様子を探ってくれる。
《スキャン完了。結果、大厄災級紛ツ神の気配を感知。データ検索中……検索結果0件》
「え!?大厄災級!!」
大厄災級―――――紛ツ神のレベルで最高最悪を指す階級に雛が悲鳴のような声を上げる。
《新種の大厄災級紛ツ神を二体感知。一体は『裂雷神』と『若雷神』と交戦中。もう一体は二階園長室にて感知》
パソ子の言葉に雛は二階の窓を見る。そこはまるで植物の蔦の様に内側から黒い糸が覆い中の様子を見ることが出来なくなっていた。
「八来さん……」
彼ならば、大丈夫だ。あんなにも、強いのだから。
でも、胸騒ぎがする。何故だろう?
不意にくいくいと、呼雷が雛の袖を咥え建物の方へと引っ張っていく。早くいけ、と促しているようだ。
「呼雷さん?」
《呼雷様は、銀龍様の元へ戻られるそうです。八塩様は、一刻も早く八来様の元へ合流される様に申しておられます》
パソ子の言葉に同意するように呼雷は再び頷くと、雛に背を向けて走り出した。
雛は知らないが、呼雷は銀龍の半身であり式神の一種ではあるが自我を持ち必ずしも主の命令が絶対という訳ではない。意思がある為、命令よりも本体である主の安全を優先したのだ。つまり、今現在、銀龍は何かしらの危機に瀕している。
「分かりました!呼雷さんもご無事で!!」
建物の入り口へと移動すると、やはりこちらも黒い結界と黒い糸で塞がれている。
只でさえ厄介な黒い結界に更に黒い糸で術を破り辛くしている。触れれれば何が起こるか分からない……ならば。
茨の城の入り口を思わせるそれに対し、雛は両腕に黄金の篭手結界を纏う。構えると目を閉じ、意識を集中させていく。
矢を引き絞る様に右の拳を後ろに徐々に引いていき、ぴたりと止めたかと思うと扉に向けて上半身のバネを使い一気に拳を放つ!
「破ぁぁぁぁぁっ!!!」
拳の連撃は、結界を砕き、糸をバラバラに千切りあっという間に消え去っていった。
《結界再生の妖気を察知。八塩様、結界と糸が再生される前に中に入りましょう》
パソ子に促され、急いで建物の中へ。
《紛ツ神『姑獲鳥』二十体反応有り》
警告と共に、行き先を塞ぐように大量の紛ツ神が出迎える。
「時間が無いので、一撃づつで失礼いたします」
拳を腰の辺りに構え、再び腰を深く落とすと雛の姿が消えた。続いて玄関に一陣の風が吹く。
風が吹いた後には、胴体を一撃で砕かれ動かなくなったガラクタの山が築かれる。そしてその山の向こうには走ってその場を去る雛がいた。
《反応個体ゼロ。八塩様、お見事でございます》
「ありがとうございます!」
走りながら、雛は銀龍との稽古を思い出していた。
――――――――
「雛ちゃん、多対一って実はそんなに慣れていないだろ?」
法園寺家の道場で、銀龍は雛の動きを見ながらそう言った。
「え?は……はい。実はあまり大勢の方と闘う機会が無かったもので……」
「そっか。んじゃ、後半戦はこれでいこうか」
銀龍の影が伸び、広がり、道場の床や壁や天井まで覆っていく。
「これから、雛ちゃんの視界を奪わせてもらう。で、ちょいと気配も増やすから」
銀龍の陰から黒い小虎がのそりと五体も出現し、雛の前に立ち塞がる。そうこうしている内に同情全体が闇に包まれ一切の光が入って来なくなった。当然視界は闇で目の前にいる筈の銀龍も虎達も見えない。
「ちょっと能力使って過激な演出も用意させてもらったよ。床の同じ場所で十秒足を付けていると軽く電撃が走る様になっているから、飛んで跳ねて俺達からの攻撃を避けてくれ。制限時間は一時間!それじゃあ、スタート!」
視界を奪われ、僅かな音と気配のみで銀龍と虎太刀の攻撃を避け、尚且つ床の電撃を避けるため常に移動を強いられる。
「っ!」
少しでも気を緩めると、虎達が足元に喰いつき動きを止めにかかってくる。そして電撃の餌食になっているところで銀龍からの容赦ない攻撃が入るのだ。
――――――
「銀龍さん、感謝します」
あの特訓のお蔭で敵の気配に更に敏感に、そして一撃で敵を屠れるよう集中力が上がった気がする。
そしてもう一つ彼から教わった事がある。それは……
《この階段を上がった先、三つ目の教室に八来様と他三名の気配を感知。尚、一名は『大厄災級紛ツ神』です》
「……分かりました」
神妙な面持ちで頷くと、階段を上がり切り……目を閉じた。そこから雛は足音も立てず走り、八来のいる場所の扉を音も無く開け————
「!?」
見知らぬ男の後頭部を力一杯蹴り上げた。
男の体がぐらりと揺らぐまで、八来も陽和も蹴られた男自身も誰も彼女の気配を察知できなかったのだ。




