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鼠の顎は雷を噛むか 雷の顎は鼠を噛むか

《ハ?》


これには相手も流石に面食らったようだ。身構えたまま、固まってしまっている。


《お前ハ、ふざけているノカ?》


「ううん~、全然~大真面目~。僕たち~二人を~見逃してくれない~かな~?」


《それハ本気デ言っているノカ……》


「だってさ~僕は闘うの~嫌だし~護衛の~竜八君は~戦闘不能だし~?だから~見逃して~ほしいの~」


外も中も紛ツ神が溢れ、護衛が血を流して倒れたという絶望的な状況。にも関わらず、目の前の男はにこにこと笑って旗を振り続ける。


―――――――――気味が悪い。


侵入者は何か裏があるのでは?と訝しみ依然構えを解かずに警戒し続けたが、男はまだ旗を振っている。


「ねぇ~見逃して~?僕~旗振るの~疲れてきた~」


《私が見逃したトしテ、お前ハそれからどうするのダ》


「逃げるよ~?他に~何かある~?ね~見逃してよ~、ね?」


キョトンとして小首をかしげるが、当然可愛くない。


《断ル》


拒否の言葉に斎賀は悲しそうに眉毛を八の字に下げる。空中に放り投げられた旗は天井付近まで上がると、侵入者と斎賀の間に落ちていく。


「そっかぁ~、ざ~ぁんね~ん」


斎賀の目の高さまで落ちてきた旗が音を立ててへしゃげ、風圧が彼を襲う。


「面倒くさいなぁ~」


斎賀の姿がかき消えたかと思うと、侵入者の耳に吐息が噴きかけられる。


《!?》


侵入者は視界が急に開け、動揺して顔を袖で触れる。無い、仮面が、無い!!


「あやや~意外と~素顔~可愛いね~?これ~狐かと思ったけど~耳が若干~大きいね~。もしかして~鼠~?」


肩までの灰色の髪に黒いつぶらな瞳。竜八に負けず劣らず中性的で整った顔立ちが露わになった。


《か、返セ!!》


振り被った袖をかいくぐり、素早く侵入者の顔に面を戻すと地面を滑るような動きで間合いを取る。


「ふぅん……君~お名前は~?僕~斎賀~刻守~」


自己紹介の最中にも袖と蹴りを織り交ぜた攻撃は続くが、そのどれもが斎賀に全く当たらない。


《貴様ニ、名乗ル名なド無イ!!》


「じゃあ~『ネズミ』ちゃんで~い~い?」


《ふざけルなァっ!!!》


声を荒げ、斎賀の喉を目を心臓を狙い続けるがまるで風に吹かれる柳のように斎賀は全て笑顔で躱し続ける。

苛立つ侵入者は余程動揺していたのだろう。先ほど斎賀が放り投げへし折られてしまった旗を気付かず踏みつけてしまった。


《っ!?》


次の瞬間、白い旗に円を描く様に文字が浮かびネズミ (仮名)の足が動かなくなる。


「『金剛縛』」


聞こえてきた声に振り向くと、そこには立ち上がり印を組む竜八がいた。斬りつけられた傷は何故か綺麗に塞がっており、出血によって青白くなっていた顔色も幾分かはよくなっている。


《貴様ぁぁぁぁぁァァァ!!!》


印を組み終えると同時に、白い布から何本もの鎖が重い金属音と共に飛び出し絡みついてくる。

竜八は素早く二本のナイフを構え、そのがら空きの胴体を斬り付ける。


《さ、せるカぁ!》


ぐにゃり、とネズミの体が揺らめき囚人服の下が波の様にうねったかと思うと、衣服を切り裂き透明なボディが牙を持つ巨大な口となって現れ竜八を飲み込もうとする。

咄嗟に後方に飛んで躱すが、巨大な牙が彼を薙ぎ衝撃でその手からナイフが離れてしまう。


『死ネぇ!!』


体勢を崩した竜八に再び襲い掛かる巨大な顎。だが、その動きは二発の銃声によって止められた。


《エ……》


巨大な口の奥、ネズミの胴体へと二本の赤いナイフが突き刺さっていた


竜八の後方から放たれた二発の弾は、回転しながら宙を舞うナイフの柄尻に命中する。結果、ナイフをそのまま真っ直ぐに、更に勢いを乗せてネズミへと放つことに成功させた。


「君の~結界~常時発動系~じゃない~みたいだね~」


斎賀がパチンと指を鳴らすと、柄尻にめり込んだ銃弾から電撃が放たれ、柄から刃を伝いネズミの体を襲う。


《あアぁあァぁああァァアぁアあぁァァァぁああアあぁァッ!!!》


悲鳴を上げながら上半身を大きくのけぞらせて感電するネズミ。その目の前で斎賀はネズミの腹から飛び出した巨大な顎同様に、透明となっている胴体をしげしげと見つめている。無論、内臓が透けて見えるのだが所々機械の様なものが本来の臓器の代わりに収まっていた。


「お~もしろい体~してるね~ネズミ~ちゃん~。ね~?竜八君~も~そう~思わない~?」


「別に、思いませんが」


即答。

今日も斎賀医院の看護師は斎賀医師に対してどこまでもドライだった。


そうこうしている内にネズミの体は焼け焦げ、真っ黒になった体がゆっくりと地面に倒れる。

焦げ臭い匂いを放ちながら煙を上げるそれに斎賀は近づこうとして不意に足を止めた。


「凄いね~まだ~息が~あるよ~」


黒こげの死体と思われたそれはゆっくりと立ち上がり、黒い指先で竜八を そして斎賀を指差した。


《イハヤ》


「へ?」


《私ノ、名前ダ。お前達ハ、いずれ必ズ私が殺ス》


言い終えると指先からボロボロと体が崩れ、跡には床に灰が残るだけだった。


「はい、勝利~。そして~殺人~予告~い~ただきました~」


「結局、逃がしたじゃないですか。どこが勝利です?」


「いいじゃない~ボス倒したから~これで~制御室に~いけるよ~」


「そうですね……」


歩き出そうとした竜八の足が僅かにもつれ、倒れそうになった彼の体を斎賀が抱きとめて支える。


「ごめんねぇ~ちょ~っと頑張らせ~過ぎたね~」


「……大丈夫ですよ、一寸眩暈がしただけです」


「能力~使ったから~ね~。大丈夫~?一寸~休んでいく~?」


「この程度で、休めませんよ」


「え~?じゃあ~これは~どう~」


ひょいと竜八を横抱きにすると、竜八が珍しく不服そうな顔をする。


「……勘弁してください」


「たまには~いいじゃ~ない~。昔~能力制御~出来なかったとき~よく~抱っこしてあげたよね~」


竜八や斎賀、八雷神という神である彼らは常人に比べて何十倍も回復力が高く、少しの怪我ならばすぐに治ってしまう。

加えて、『若雷神』竜八の能力は『治癒』。雷の若々しい活力を司る彼は、自分だけではなく他人の怪我をも直す力がある。が、一つこの能力には弱点があった。それは多様してしまうと、竜八は気を失ってしまうのだ。

この原因は斎賀曰く「神力の使い過ぎ~分かりやすく言うと~MP切れ~」だそうだ。

先程の眩暈は、イハヤに負わされた傷を回復させるために能力を使ったのが原因だ。


「竜八君は~やっぱり~忠義に~厚いね~。僕を戦わせない為に~頑張ったんでしょ~?戦闘苦手なのに~えらい偉い~」


「……あなたに戦わせて、発作が起きたら大変ですからね」


「あはは~ごめんね~」


「少し、発作起きかけていたでしょう?」


「うん~、ちょっと~だけ~」


「だから、先生を戦わせたくないんです」


斎賀が普段から『面倒くさい』と前線に立つことを拒むのは、厄介な発作があるからだった。ひとたび『発作』が起こると竜八でも止めることが難しい。


「ごめんね~このお仕事~終わったら~出前でも~取って~のんびり~しようね~」


「……はい」


普段なら断っているが、能力を使った代償である眩暈が酷い。晩御飯の支度など出来そうにないので、渋々斎賀の提案に乗った。


「そんじゃぁ~制御室~オ~プン~」


行儀悪く足で制御室の戸を開け――――――異様な光景を目にし、珍しく口の端を引き攣らせた。

結界制御用の機械を覆う黒い結界。更に黒い糸が結界に重なるように巻き付いている。


「うわぁ……こ~れは~すごぉ~く~面倒~くさい~ねぇ~……」


深く深く、とてつもなく面倒くさそうに重いため息を吐くと、思わず天井を仰いでしまった。

意を決し竜八を壁際にそっと降ろすと、携帯電話を操作して法園寺家当主に電話をかける。2コールで電話に出た頭領に対し、これまた珍しく真面目な声色と間延びしていない口調でこう言った。


「申し訳ありませんが、私の『能力』の使用許可をお願いいたします」


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