若雷は今日もため息を吐く
「あはは~やっぱりぃ~銀龍君を~寄越したね~うちのボス~」
廊下の窓から一人囮となり、紛ツ神と入り口を塞ぐ糸の妖と闘う銀龍を見ながら、何が楽しいのか場違いな程明るい声で笑う斎賀。
子供達を教室に避難させ教室に結界を張った後、八来と法園寺家に連絡を取った斎賀と竜八は次に防犯や紛ツ神対策である保護結界のシステムが起動していない為、その原因を探るべく三階にあるシステム制御室を目指していた。
勿論、その途中で生徒や職員の人命救助をしながら進んでいる。
廊下は紛ツ神で溢れ行く手を阻まれるが、竜八が片端からトンファーで叩き潰していった。本来筋力を強化された人造人間である彼ならば、素手の方が攻撃力はある。だが、能力のコントロールが下手な為に、うっかり建物を破壊しかねないに為に武器を使用している。
「そうでしょうとも。何せ、銀龍さんは子供絡みの事件になるといつも以上に真剣になってくれますから」
主人である斎賀を背に庇い、向かってくる紛ツ神の頭や胴体を次々砕きながら先を目指す。一方、斎賀は闘う事はせず竜八に従ってただ付いてきているだけだった。
竜八としては教室に子供達と共に置いてきたかったのだが、珍しく 「連れてって~」 などと戯言を抜かしたので渋々連れて来た。
普段から斎賀は戦闘には参加せず、家事同様全て竜八に任せきりで動こうとしない。そんな彼がこの状況で竜八に付いてくると言っているという事は現状がかなりマズイという事だ。
今の所、各教室を巡り発見した人たちは皆奇跡的に軽傷止まり。だが、再びあの爆発が起こったら、一向に減らない紛ツ神が無限召喚状態となっていたとしたら……。唐突に浮かんだ最悪のシナリオに竜八は背筋が冷たくなる。
「だよね~まぁ~銀龍君の~場合~しょうがないか~あんな事が~あったんだもん~」
窓の外で、独り孤軍奮闘する銀龍を見ながら斎賀は肩を竦める。
「自分の子供を~失うと~親って~多かれ~少なかれ~狂うもんなんだね~」
「紛ツ神は引き付けますから、人命救助くらいはしてください」
「いきなり~会話~ぶった切らない~でぇ~」
緊張感のない会話の合間にも、竜八は斎賀に紛ツ神の攻撃がいかないように凄まじい速さで襲い来る全てを叩き潰していく。
「はいはい~」
先頭に集中している竜八に代わり、三階の教室に人気はないか見て回る。幸い、この階には誰もおらず彼にとっては面倒くさい行動をとらなくても済みそうだ。
「竜八くぅ~ん、誰も居ないよぉ~」
奥の制御室以外を見て回った斎賀が彼の元に戻ろうと教室のドアに手をかけた瞬間、竜八が廊下の奥へと吹き飛ばされる光景が飛び込んできた。
「……竜八く~ん?」
いつもの気の抜けた声と口調で彼の名を呼びながら廊下へと足を踏み入れる。彼の吹き飛ばされた方向へと視線をやれば、床に背中から叩きつけられ動かなくなった竜八の姿があった。外傷は肩から脇腹へと斜めに大きく斬られており、床を赤黒く汚している。
「ふむ~?」
反対を見ると、そこには囚人を思わせる様な白いツナギに身を包み狐の面で顔を隠した人物がいた。性別不明の細身のその人物は、先が広がった長い袖を振り回し斎賀に飛び掛かってくる。
「あやぁ~?」
斎賀は呑気に呟くと、両腕を組み顔面を捕らえようとするその袖の先を見つめている。
「しっ!」
鋭い呼気が聞こえたかと思うと、竜八が斎賀の前に割って入りトンファーで袖を巻き取り後方へと腕を引く。勢いでバランスを崩した相手の脇腹へと蹴りを入れる。
だが、違和感が……。
「!?」
普段ならつま先から重い衝撃が伝わってくるが、その反応がない。まるで柔らかく弾力のある巨大なゼリーを蹴り飛ばしているような感覚に動揺していると、もう片方の袖が伸び竜八の首に巻き付いた。咄嗟に首と袖の間に指を差し入れて隙間を作り呼吸を確保するも、腹部に重い蹴りを受け再び吹き飛ばされてしまう。
床に甲高い音を立ててトンファーが落ち、囚人服の人物がそれを足に乗せてひょいと持ち上げる。一度、その二つを宙に放り上げると鋭い蹴りの一撃でへし折ってしまった。
「大丈夫~?これ~使って~いいよぉ~?」
倒れた竜八に向かって、斎賀は何処に隠し持っていたのか刀身が赤いナイフを二本投げる。
素手の方が威力があるのだが……と、不満を言っている暇はない。
「ありがとうございます」
不満は出さず、礼を述べてしっかりその二本を受け取った。
「さて、不法侵入者さん。続きと行きましょうか」
その端正な顔を歪めることなく、口の端から流れ出る血を袖で乱暴に拭う。袈裟懸けに切られた傷からは今なお血が流れているが、人造人間であり痛覚が常人よりも鈍い竜八は気にせずに相手へと向かっていく。
再びあの長い袖が身体ごと勢いよく横回転して襲ってくるが、姿勢をやや低くして躱すと胴体へと斬りつける。
すると、再び違和感があった。
今度は刃が見えない何かに阻まれ、身体まで届かないのだ。あと一ミリというところで、空中に縫い付けられたようにナイフの先は動かない。
再び袖が翻りその先が竜八の体に触れた途端、再び彼の体に真一文字の赤い線が引かれた。
「?!」
まるで袖の先が鋭利な刃物になっているかのように、竜八の体に大きな傷が刻まれる。更なる出血に竜八は貧血状態で膝を付き肩で荒い息を始めた
《弱イ》
突如、相手の口から女性とも男性ともつかない機械で合成された声で言葉が紡がれる。
《お前ト闘っていてモつまらないナ。そちらノ男はどうカナ?》
袖で指し示す先には、壁にもたれかかり両腕を組んで呑気に二人の闘いを眺めていた斎賀がいる。
「えぇ~?僕~弱いよ~ぉ?」
すっとぼけて首をかしげる斎賀に、白い袖の先が迫る。
「ちょっと~休んでて~」
その呑気な声は、竜八のすぐ横から聞こえてきた。
斎賀が先ほどまでいた壁は縦に斬られ、罅割れから穴が空いている。
《中々ノ俊足デ》
「どうも~ありがとう~」
一瞬のうちに竜八の隣へと移動した斎賀は、頭を掻きながら照れくさそうに笑っている。
「僕~闘うの~嫌だなぁ~。面倒~臭いん~だもん~。もう~しょうがないな~こうなったら~奥の手~だすよぉ~?」
そう言いつつも、懐に手を入れて何かを取り出そうとまさぐっている。何か来ると相手が一瞬身構えるが、斎賀が出したのは意外なものだった。
「降参~しま~す」
取り出したのは、ひらりと揺れる赤い布。ご丁寧に木の棒に結びつけられたそれは、降参の印の白旗だった。




