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ここにも拗らせた奴が一匹

「お疲れ様~どうだった~?」


一方、八来は斎賀と竜八と合流する。

ひらひらとこちらに向かって手を振る斎賀は肩に子供を一人づつ、背中にも前にもそれぞれ一人子供がよじ登っていた。


「人間アスレチックかよ?」


子供は八来を見るなり 「ヒッ!」 と悲鳴を上げて走って逃げて行ってしまう。


「あ~、この人、顔は怖いけどそんなに悪い人じゃないよ~」


子供達は曲がり角からこちらを伺うと、「シャーっ!」と猫の様に威嚇してくる。更には「借金の取り立てか!」などと言ってくる始末。


「ガキの癖にまぁ『借金』だの『取り立て』だの難しい言葉知ってんなぁ」


昔からこの顔のせいで女子供に恐がられることが多かったので、この手の事は慣れているし傷付いてはいない。


「それで、園長は何と?」


未だ威嚇を続ける子供達を遠巻きに見つめながら、竜八が小声で話を振ってきた。


「まぁ、細かい事は後で言う。ざっくり言うとあいつの実家は相当ややこしい上にきな臭いってことは改めて解った」


「そっか~。所で八来君~、この場所~懐かしいと思わない~」


斎賀の言葉に八来の眉間にしわが寄る。


「ここ~岩二君が~建てたんだよね~」


この児童養護施設は表向き法園寺家が建てたものとなっているが、実はあの岩二狐九狸丸が多額を投じて造ったものだ。

生前、彼は孤児を数人預かっていたことがあり、また第一次大厄災にて孤児になった子供たちをどうにかしたいと私財を投じたのだった。

岩二は第一次大厄災の時に八雷神に操られ、スパイ活動を行っていた為彼が建てたものに対して人々はいい顔をしないだろう。そこで彼は法園寺蓮生に頼み、彼が建てたという事にしたのだ。


「別に、見覚えはあるが懐かしいとは思わねぇよ。俺は岩二じゃねぇからな?元・岩二の契約相手だった『斎賀(さいが) 銀龍(ぎんりゅう)』さんよ!」


斎賀は八来の言葉に一瞬目を丸くしたが、直ぐに笑顔に戻ると両腕を広げる。


「思い出した~?嬉しいな~ハグしていい?」


「断る」


「え~?」


目に見えてしょぼんと落ち込む。竜八は 「いい年こいて公衆の面前で何しようとしているんですか?馬鹿ですか?馬鹿でしたね」 と無表情で容赦なく毒を吐く。


「ややこしい名前付けやがって……」


「あはは~『銀龍(インロン)』君の~事~?ちょっとね~彼~面白い子だからさ~名前あげちゃった~」


この口調も、見ていてどこか苛立つ表情も前世から変わらない。


「彼ね~面白いだけじゃなくて~前世の僕の甥っ子の子孫なんだよ~。ほら~僕、妹居たでしょう~?」


自分を指差してへらへらと笑う男の姿が、セピア色に色褪せた様な思い出の中にある男の姿と重なった。


斎賀(さいが) 銀龍(ぎんりゅう)』――――――――――岩二 狐九狸丸の一番の悪友であり、再一次大厄祭の時に一時的ではあるが契約を交わしていた相棒でもあった。

『九十九屋』という骨董屋を営む傍らで青龍部隊にも属していた。

道具や一部の人間にしか興味関心が向かず、昼行燈だったこの男が青龍部隊に入った切っ掛け……それは青龍部隊所属のとある狙撃手の女に恋をし彼女を守る為だった。

その為に、己の持てる力と僅かな人脈を駆使し、それでも人間の枠を超えた力がない事に焦り挙句禁忌と言われる『神食い』をして龍と成った。


「いやぁ~、岩二君には色々迷惑かけたね~。自分と関わると大変~な~事になるって嫌がっていたのに~無理やり契約~させて~。あの時、確か~殴り合いの~大げんかに発展して~引き分けになって~しぶしぶ了承させたよね~」


上機嫌に語る斎賀に対し、八来は腕を組み苛立たしさに舌打ちする。彼は岩二ではない、ただ記憶のある他人だ。なのにベラベラとどいつもこいつも自分とあの男をイコールで結んで話すのは腹が立つ。


「本当に~申し訳ないと~思ってるよ~?前世の僕の葬式~あれこれ準備したりしてくれたの~岩二君でしょ~?」


斎賀 銀龍は力を欲した挙句に父親である『龍神』を喰い殺し、力を得た。だが、その代償として、第一次大厄祭りの後で愛おしい人への愛の告白の返事を聞けぬまま能力暴走で体が崩壊して壮絶な死を遂げた。


八来が瞼を閉じると、あの九十九屋の奥で血塗れになってこと切れていた悪友の姿が浮かんだ。体の半分を覆う青い鱗は罅割れて赤黒い血に濡れ、白目をむき、悔し気に苦し気に口を歪めて彼は亡くなった。


「『あの子』にも~申し訳ないな~って~思ってるよ~?」


その時、八来はどこか違和感を覚えた。前世のこの男は彼女の事を確か必ず名前で呼んでいた。


「お前が惚れていたあのガキの事だが……」


彼女が斎賀をどう思っていたか、伝えてやろうとしたがその口を斎賀の大きな掌が塞いだ。


「あのね~僕って~この体を手に入れる際にペナルティ受けているんだよ~」


彼は、いつも通りに間抜けで能天気な笑みを浮かべている。……筈なのに、背筋に一瞬寒気が走ったのは何故か?


「前世で~やらかしちゃった~から~ね~。前世の記憶を~持って~転生できたけど~『あの子』に関する~記憶を大半失ってるんだ~」


惚れていた事と、告白の返事を貰っていない事、それしか記憶は残っていない。声も、顔も、名前も思い出せない。ただただ、彼女を愛していたことは分かるという。

更には、今世で彼女に関する情報を見たり聞いたりしても、見えないし聞こえないという罰まで付いていた。


「愛している、でも、何故なのか?どうしてなのか?顔も名前も思い出せない霧のような何かをずっと僕は愛し続けているだけなんだよ」


普段のおっとりした口調から、急に声のトーンを落とし真面目に語り出す。そのバツの告白をしている際、彼から表情は消えていた。


(天照達もエグイ真似するなぁ)


彼への罰は『愛』を逆手に取った残酷なものだった。忘れてしまえばいい、ただそれだけなのに、この男は前世で敵わなかった想いに未だに捉われている。更にこの罰が無ければ想い人が自分に対してどう思っていたか知ることが出来たが、それも一生敵わないときている。


『神喰い』であり『親食い』の罪は重い。この男は死して生まれ変わってもその罪を償い続けて生きているのか。


「先生」


竜八の声に斎賀はハッとしたかと思うと、直ぐにいつもの表情に戻る。


「あ~、ごめん~ごめん~。ちょっと~しゃべりすぎたね~」


あははぁ~、と苦笑すると誤魔化す様に頭をポリポリ掻く。


「そうそう~八来くん~、一応ね~僕~君とも~仲良くしたいの~」


「勘弁してくれよ……俺は、岩二じゃねぇぞ?」


「うん~、僕も『斎賀 銀龍』じゃないからね~。『斎賀 刻守』は~『八来 忠継』くんと~仲良くしたいの~♪」


そういって差し出された手を、八来は思い切り引っ叩いた。


「いったぁい~……。一応~聞くけど~、これは~OK~ってこと~?」


涙目になりながら子供の様に小首をかしげる。正直、全然かわいくない。


「違う。俺は仲良しこよしする為に組織に入った訳じゃねぇ」


「え~?何それ~ぇ。僕の片思いって~こと~?うぇぇぇぇ~~んっ!」


急にがばっと抱き付くと、今度はわざとらしく泣きだす始末。


「!?こら!止めろ!!いい大人が泣きだすな、気持ち悪い!!」


「気持ち悪く~ないもん~!竜八くん~、八来くんが~いじめるぅ~」


「私も気持ち悪いと思います。失敬、心底気持ちが悪いです」


「びぇぇ~~んっ!竜八君が~止め刺す~~!!」


わんわん泣き出す斎賀 (身長185cm・38歳・独身)を無理やり引き剥がし、額に手刀を入れて黙らせる。


「あぁ、うるせぇ!ほら、仕事終わったならとっとと戻るぜ!」


苛立ち任せに怒鳴りつけ、出口に向かって歩こうとするとその視界を大量の紙が舞って阻んだ。

八来は即座に空中に待った書類を常人離れした速さで片手で回収すると、もう片方の腕で彼へと倒れ込んできた女性の体を抱きとめる。


「ぴゃぁ!!」


女は声を素っ頓狂な声を上げながら、八来の腕の中へと回収された。


「……そそっかしい嬢ちゃんだな」


腕の中の女性―――――――年齢は二十台前後で三つ編みにやぼったい黒縁眼鏡をかけた女性は転ばなかった事で安堵の表情を漏らしたが、直ぐに自分が強面のオッサンに抱き留められたことに気が付くと表情を凍らせる。


「ひっ!」


恐怖で顔を引きつらせる女性はすぐさま八来の腕から離れる。その女性の手に先ほど宙を舞った書類の束を乗せてやった。


「気を付けな」


たっぷり数秒掛かった後、女性は漸く自分が目の前の893の様な男に助けられたことを理解したのか、去っていく八来の背中に向かって慌てて45度の角度で丁寧なお辞儀をする。


「すっ、すいません!!ありがとうございました!!!」


慌てて駆け寄り、八来の前に立ち塞がるともう一度礼をする。


「本当に、ありがとうございます!!」


「分かったから、どけよ。俺は、もう帰りたいんだ」


心底面倒くさい顔をして、手で追い払う仕草をするがそれでも彼女はどかない。


「私は『西宮 タカミ』と申します!この学園で事務員をしているものです!!本当にありがとうございました!!」


「聞いてもいないのに、自己紹介どうも。それじゃあな」


彼女の横を通り過ぎようとしたが、またも行く手を阻まれる。


「お名前を!教えていただきたいです!!」


(何なんだ、この面倒くさそうな女は……?)


この手のタイプは自分の目的を達成するまでは何度でも同じことを繰り返す。女のしつこさに思わず天井を仰ぎながら、八来はため息と共に口を開いた。


九条(くじょう) (まこと)だ」


先程園長に名乗った偽名を告げると、八来は今度こそ彼女の脇を通り抜け階段を降りる。

一応、八来忠継という人間は先の事件で亡くなった事になっている。髪の色や目の色など外見は変わっているが当時の顔見知りが見れば少々面倒なことになるのでこれから外ではなるべく偽名を使うようにした。


これでやっと法園寺家に戻れる、そうホッとしたのも束の間。






八来達の耳に大きな爆発音が響いた。


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