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黒雷神VS雛

「くしゅんっ!!」


八来が園長と話しを終えた頃、雛は法園寺家の道場で大きなクシャミをしていた。

アフタヌーンパーティー後、早速雛は銀龍と手合わせをすることになり動きやすいようジャージに白いTシャツを貸してもらい着替えている。


「雛ちゃん、どうした?風邪?」


手合わせの相手である銀龍が心配そうに雛の顔を覗き込む。こちらも動きやすいようにカンフーズボンにノースリーブという出で立ちへと着替えていた。


「いえ……大丈夫です!」


「そっか。大方誰かが噂してんじゃないのかねー。例えば八来の旦那とか?」


「へ?」


途端に、雛の顔色がやや悪くなる。普通、仲のいい男女なら頬を染めたりとポジティブな事を想像するものだが、雛の場合自分の不甲斐なさを八来が嘆いていると想像してしまったようだ。


「……雛ちゃん、八来の旦那はそんなに言うほど雛ちゃんの事悪く思っていないと思うけど」


「そうでしょうか?」


銀龍のフォローにも雛の不安げな表情は晴れない。


「旦那はねー、本当は何やかんや言いながら雛ちゃんの成長を誰よりも喜んでいるし、大事に思っているんだよ?」


そういう所が駄々洩れに漏れているところがあるのだが、当の雛があまりにも鈍い上に自己評価が地に落ちているので全くと言っていいほど気が付いていないのがもどかしい。


「八来の旦那が雛ちゃんの事、大切だってのは一緒に暮らしていて何となくでも分かるでしょ?そういう思いはちゃーんと受け取って!そうじゃないと……何と言うかな、勿体ない気がしない?」


銀龍が一瞬寂しそうに笑う。だがすぐにいつもの表情に戻って笑いながら黒いゴムで髪を後ろにまとめて束ねる。


「そんじゃ、一丁始めますか」


銀龍の表情が笑顔から一転、無表情に変わったかと思うと雛の右横から風圧が襲ってくる。


「!?」


一瞬のうちに雛の真横へと移動した銀龍の蹴りが雛のこめかみを狙うが顔を逸らして躱すと、後方へと飛んで間合いを離す。だが、銀龍は雛の動きに付いて行き即座に追いつくと今度は親指を除く四指を合わせ、蟷螂の様な構えから雛の右肩を突く。すると、突かれたところを中心に右腕全体にしびれと猛烈な痛みが走る。


「っえ!?」


痛みにより生じた吐き気を堪えながら、喉元を狙った蹴りを動く左手で弾くとがら空きの胸元に拳を当てる。だが、上から肘を当てられ外され体勢を崩したところで顔面に膝が入る。


「かは……っ!」


一瞬目の前に星が飛び鼻孔からは血が流れ落ちる。数秒の後、意識を取り戻すと横に飛んで再度間合いを離そうと試みるが、先ほどと同じ様に銀龍は雛の動きに簡単に付いて行き間合いを離させてはくれない。




ぞくり




ああ この感覚は   酔っている!!!


恐怖は感じない。寧ろ、鼓動は高鳴りふわふわと心地よい高揚感が雛を支配し始める。


「はぁ……!」


雛は恍惚のため息をつくと、今度は逆に銀龍へと接近し喉を狙って放たれた蟷螂拳を体を捻ってもう一度右肩へ当てる。再び走る激痛と痺れを歯を食いしばって耐えると銀龍の片足を踏みつけて動きを封じ、顎へ掌底を叩きつける。


ぱぁんっ!


だが、それも手の甲で払われて防がれてしまう。

ならばと黄金の篭手を生成しようとしたが、金色の篭手は形を成す前に霧散し消えてしまった。


「へ?」


「無駄だ。この道場は特殊な結界が張ってあるからな。特殊能力は殆ど使えない」


無表情で放たれた熊手を空いている足で蹴り上げると、そのままの勢いで腕を掴み後方へと投げ飛ばす。だが、銀龍は空中で器用に体を捻ると音も無く地面に着地した。


「先ほども言ったが……雛ちゃんは能力を得てからそっちに頼る癖がついているな。今日は能力が使えなくなった時の事を考えての手合わせだ。こっちも少し気合い入れてやらせてもらうぜ」


首をこきりと鳴らすと再び雛へと間合いを詰める。銀龍の指がその喉を捕らえる瞬間、雛が     笑った。


「!?」


銀龍の指が空を切り、ふいに何かが肩に触れたかと思うと銀龍の右肩に痛みが走る。

視界の端に雛の指が見え、払おうとするが再び空を切る。


「真似が上手いな……」


今度は銀龍が雛から間合いを離す。すると、今度は雛が銀龍の動きに付いて行く。

追い払うように前蹴りで牽制をすると、雛の体がふわりと宙を舞い銀龍の足の上に乗る。


「フッ!」



銀龍の足を文字通り足場にし、鋭い呼気と共に彼の顔面に膝を入れる。銀龍は僅かに仰け反り、勢いよく上半身を起こすとその勢いのまま雛の額目掛けて頭突きを入れる。

直前で後方に飛んで衝撃を逃がすと同時に間合いを開ける。


「……流石は久枝丸爺さんの孫だな」


「へ?」


突然銀龍の口から出た祖父の名前に雛の動きが止まった。

銀龍の顔はいつものへらりとした笑顔に戻っており、「ちょっと休憩するか」と腕を組んで壁にもたれかかる。


「俺ね、15年前……14歳の頃に雛ちゃん家に仕事で忍び込んだことがあるんだよ」


「お仕事ですか?」


「ああ、ちょっとしたお仕事でね。そん時に雛ちゃんの爺さんに見つかって返り討ちにあった。いやぁ、俺って当時いた組織の中では一番強かったんだけど割とあっさり負けちゃってさぁ~」


そう言って指を5本立てる。


「今みたいな黒雷の能力に目覚める前だったとはいえ、5分保たなかったぜ」


捕縛されそうになったが一瞬の隙を突いて逃げ出した、と懐かしそうに語る。


「銀龍さんがお爺様と……」


「そ、さっきの雛ちゃんみたいに俺の技をコピーされちまってさ。いやぁ、祖父と孫だけあってそーゆー能力の高い所も似ているねー」 



―――――――



「……何が『ちょっとした仕事』だ」


法園寺蓮聖は、道場に仕掛けた監視カメラの映像と盗聴器の音声を自室でチェックしながら呆れ口調で呟いた。


「実は結構大きい仕事だったのにねー」


蓮聖の隣ではローズが画面を指差しながら微笑んでいる。


「真実をそのまま話せば八塩がショックを受けるだろう。まさか、銀龍が過去に彼女の祖父を『暗殺』しようとしていたなどと話せるわけがない」


銀龍が昔いた暗殺組織に入った依頼。それは『八塩 久枝丸』の暗殺だった。銀龍は先程の話の通り、久枝丸の暗殺に失敗し組織から追われることとなるがそれはまた別のお話。


「この件に関してもまだまだ情報不足よね。依頼したのは誰か突き止めたいけど、銀龍ちゃんの居た組織はとっくの昔に銀龍ちゃん自身が跡形もなく潰しちゃったしね。同じ組織に居た生き残りである海薙先生に聞いても何も知らなかったし……」


「あぁ……あの女か」


海薙女医の名前が出た途端、蓮聖の顔が不機嫌に歪み舌打ちする。彼が女性に対してここまで露骨に拒否反応を示すのは珍しい。


「蓮聖ちゃん、思いっきり眉間にしわ寄っているわよ~?ほらほら、いい男が台無しじゃない。しわ伸ばして伸ばして!」


額に指をあてられ、ぐいぐいと皺を上へと伸ばされる。


「初恋拗らせちゃって、も~!海薙ちゃんに嫉妬してないで、とっとと告白すれば?」


今度は、蓮聖の顔が真っ赤になり目を見開いたまま固まった。それは恋する女性にも、男性にも見える。

だが、すぐに表情を消し冷たい視線をローズに向ける。


「は?冗談じゃない。誰があの女に嫉妬など?第一、あの馬鹿に何を告白しろと?初恋?何ですそれは?」


これ以上ないというほど不機嫌な声で一息で反論する。


「……素直じゃないわねー」


法園寺家の分家次期当主である法園寺 七穂の腹違いの兄でありながら、何故かただの一配下として仕えている法園寺 蓮聖。

相棒であり契約相手である飛 銀龍に片思い歴14年と絶賛拗れに拗らせているのであった。


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