きな臭い家庭事情
「いやぁ~お久しぶり~です~」
「斎賀先生、お久しぶりです。次回の健康診断のご相談なんですけど」
斎賀と八来と竜八は都内の児童養護施設を訪れていた。到着してすぐ、係員に連れられて施設の園長室へと案内され、何の話かと思えば児童の健康診断の予定について園長と斎賀は話し合う。
長椅子の真ん中に斎賀が座り、左右に八来と竜八が護衛のように座っていた。竜八はいつも通りすました顔で行儀よく座っている。八来はというと余所行きの表情を作り不機嫌さをとことん隠して無表情になっていた。
「では~その日程で~お願いしますね~」
日程について一通り話が終わると、斎賀は何故か八来へとちらちら視線を送ってくる。
「で~、お電話で話した通り~ちょっと聞きたい~お話が~あるんですよ~?」
「はい、何でしょうか?」
年も60近い、白髪の上品な雰囲気が漂う園長はふんわりとした笑顔を浮かべながら答える。
「実は~僕の隣に~座っているこの男性~陰陽庁の職員でして~とある女性の事を調べているんですよ~その件でご協力いただけないでしょうか~?」
―――――――――話は一時間前に戻る。
「八塩さんのご実家について調べていただきたい」
法園寺家の当主から告げられた仕事の内容に八来は目を丸くする。情報収集だと最初は聞いていたので、てっきり裏七福神や原点回帰派の事を探るのかと思いきや意外な人物の名前が挙がった。
「雛の?そんなに急を要するのか?」
「ええ」
深刻さなど微塵も感じさせないような笑顔を浮かべながら頷く。この人物の場合、笑顔はデフォルトなのだが……。
「裂雷(斎賀)と若雷(竜八)と一緒に都内の児童養護施設へ行ってもらいます。そこの園長が昔八塩家で働いていたという情報を得ました。そこで八塩さんの家の事情と……可能であれば八塩陽和の過去についても情報を聞き出してください」
「は!?何故?」
先程、雛の口から語られたばかりの陽和との過去。それを更に掘り下げて調査しろときたものだ。
「吉原の結界を張った犯人は明らかに八塩家と繋がりのある人物。そしてこのタイミングで京から分家の者が陰陽庁へとやって来た……それが気になりましてね」
「雛の実家を疑っているのか」
「はい、その通りです」
「雛が聞いたら大泣きするぞ?あいつは未だに実家の洗脳が解けちゃいないからな」
実家は絶対だとする鎖がまだ雛を雁字搦めにしている。その彼女が実家に疑いが掛かっていると知ればパニックを起こすことは目に見えていた。いや、実際先程パニックになったか……。
「で、雛には疑い掛かってるのか?」
「いいえ、全く。なので安心してください」
「そうか」
それならば、いい。もしも雛が疑われるようなことがあれば、相当面倒くさい事になるし、鎖で繋がっているこっちの動きまでまた制限されかねない。
「兎に角、何か一つでも情報をお願いいたします。……分かってはいると思いますが、八塩さんにはくれぐれも悟られないように。彼女を絶望させたくはありませんから」
「はいよ」
絶望—――――――ね。確かにあいつはまだ完全に絶望していない。実家から追い出されたという事実からひたすら目を逸らし信じようとしているから。
―――――――
「それじゃあ~僕達は~席~外すね~」
斎賀と竜八が退室し、園長室には八来と園長が残された。
「……あの、お話しとは?」
「実は『八塩 雛』という女性についてお聞きしたい事が」
雛の名前を出すと、園長は目に見えて動揺し始めた。急に青い顔でソワソワし、視線をあちこちに彷徨わせる。
「あ…あの、その女性が何か?」
「先日の吉原の事件をご存知ですか?」
「ああ、あの火災事件……。まさか、何か疑いが!?」
園長のこの慌てぶりに八来は事前に蓮生から与えられていた情報が確かなものだったと思い知る。
『実は私の息のかかった児童養護施設の園長なんですが、昔八塩家の使用人をやっていたんですよ。しかも八塩さん専属の世話係を、ね』
雛の世話係として雇われ、彼女の両親から解雇を言い渡されるまでの三年間彼女に仕えていたという。
「一応、ですが。寧ろ彼女の関係者の線が濃いのですね」
園長の顔色がますます悪くなる。色々と知ってはいそうだが……さぁて何処まで聞きだせるか?
「我々は八塩雛さんの疑いを晴らす為に情報を集めている訳です。何か、彼女の実家での事についてお聞かせいただけないでしょうか?生い立ち、貴女が知っている範囲での彼女の幼少期、周囲の反応……お願いできませんかね?」
普段の口調も隠し、表情も柔らかくし (当社比)、声も穏やかに作り、あくまで陰陽庁から派遣された一人の隊員を演じる。
ここに紛ツ神と成る前の八来を知る者がいたならば、間違いなくかつての白虎隊副隊長補佐としての彼を見ただろう。
「私が知っている情報を提供すれば、雛様の疑いは晴れるのですか?」
「可能性は大いにあります」
園長の震える声に八来はゆっくりと頷いて肯定する。
「話していただけますか?」
普段あまり使わない表情筋を総動員して、昔は簡単に出来ていた筈の 『なるべく無害そうな』笑顔を張り付ける。
「はい、お話しいたします」
園長は意を決して語り出す。
―――――雛の生い立ちを。
園長こと古森 初美は雛が四歳の頃に世話係として雇われた。
当時の雛は今と違って大人しい少女で口数も少なく物静かな少女だった。そして、この年で大人の顔色を伺う子供でもあった。
次期当主である筈なのに、何故離れで祖父である久枝丸と共に二人きりの生活を送っているのか。そして現当主である彼女の父親と母親はなぜ彼女を遠ざけているのか、そして他の使用人たちは何故雛を恐れるのか?疑問は尽きないが当然の如くその件については口出ししないことを条件に雇われた身。何も聞けずに日々仕事をこなしていった。
徐々にだが雛は彼女に懐き、また子供のいない初美も彼女を実の子のように可愛がっていた。そんなある日、雛に許婚の話が持ち上がる。
名家の次期当主であるからには当然の話かもしれない。
後日、離れには複数の若者と少年が集められ、その全員が彼女の夫候補だと聞かされた。
「複数?」
「はい、皆分家の方々で中には八塩酒造の次男の方もいらっしゃいました」
八塩酒造の次男坊―――八塩陽和の事か。あの若者が雛に執着する理由は彼女の許婚候補だったから、というのもあるだろう。
「流石は名家。夫候補がそんなにも存在するとは」
「私が務めていた頃には、まだ許婚が誰になったかは決定していませんでした。あの時点での最有力候補は分家の中でも一番権力のあった『巴穿』家の長男様でした」
そう言えば、出会った当初に雛が『婚約破棄された』と言っていたことを思い出す。そして茶会の時に小夢との会話でもその男の話題が出ていた。件の婚約破棄した上に雛を見下していた男がその巴穿の長男か?
「雛様が五歳になった年に久枝丸様が紛ツ神に殺され、私もすぐに解雇と……」
そこで初美は唇を噛み俯くと言葉を詰まらせる。
「雛様は、今、どこでどうしておられるのでしょうか!?……も、申し訳ありません、質問される側が逆に質問をするようなことを……」
「いえ、構いません。お答えいたします」
取りあえず、今は訳あって保護され実家から遠く離れたこの都市で平穏に暮らしている――――とだけ伝えておく。
何故、彼女がこの都市に来ているのか等詳しい情報は個人情報だのを振りかざして上手く誤魔化した。
「……話を戻しましょう。解雇されてからは雛さんの情報は何も知らないのですね?」
「はい……。突然解雇を言い渡され、雛様にお別れの言葉を言う時間も与えられず即屋敷から追い出されました」
「そうですか」
思ったよりも新しい情報は出てこなかったか。話を終わらせる前に一つ、気になる情報を掘り下げておこう。
「三つほど、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「雛さんの祖父は紛ツ神に殺されたと?」
まずは一つ目。何故か雛の祖父が殺された件が引っかかり、八来の自慢の勘がもう少し聞き出せと告げている。
「はい、いつもの様に退治に行ったきり戻っては来なかったそうです」
「戻っては来なかった?遺体は?」
「私も詳しくは分からないのですが、葬儀は空の棺桶を使用するとか……他の使用人がそのような話をしているのを聞きました。どの様な紛ツ神にやられたかも、死因も、遺体も分からないことが多すぎて……」
まじかよ、と言いかけて八来は口を閉ざす。
雛の実家はどうしてこうも厄満載のネタが転がっているのか。名家のドロドロしたあれこれは創作の中だけにしてくれ、と内心ため息をつきながら八来はまた作り笑顔を浮かべた。
「二つ目ですが……当時の八塩酒造の経営状況について何かご存じないでしょうか?」
「経営状況ですか?あの当時は……そうそう、手を広げすぎて経営状況が思わしくないという事を噂に聞きました」
「そうですか。では最後に『巴穿』家について教えていただけませんか」
「『巴穿』家は、分家の中で一番力のある御家でした。経済力があり、呪術系の研究面でも秀でていたとか」
「ほう……」
聞けば聞くほど、きな臭い八塩家とその周辺。
精々、雛への育児放棄だけかと思ったがこれは色々と面倒くさい事になりそうだ。




