親子喧嘩と母親と
「あーーーーーっ!久しぶりだべ、お父ちゃん!!」
「は!?」
振り返ると、そこには八来の知った顔がいた。
赤い髪を中心だけ伸ばして腰まで垂らし、左目に一筋の傷のある隻眼の青年。古代の衣装である白い特攻服の様な衣装に身を包んだその男は何故か満面の笑みで飛び蹴りをかましてきた。
「おいコラ待てぇ!!」
蹴りを躱すと、男の足が背後の壁に深く突き刺さる。
「アレ?抜けない……」
足を抜こうとジタバタする男の背後に回り、杖で首を極める。
「誰が父ちゃんだ、誰が!」
「間違いじゃないべ?お父ちゃんはお父ちゃんだし!」
青年は杖を持ち開いた左足で壁を蹴り逆上がりの要領で回転し、足を抜きながら脱出する。
「そうだべ?狐九狸丸父ちゃん」
八来の背後に着地した青年は人懐っこい笑みを浮かべる。その笑顔の中心に八来は舌打ちしながら杖を突き付けた。
「俺は、岩二 狐九狸丸じゃねぇ!分かったか!岩二 裡九!!」
「あはぁ!父ちゃん、前世の俺の名前覚えててくれたんだべか。嬉しいなぁ」
今度は両手を広げて突進しようとするが、八来の杖の先がそれを阻む。八来に拒まれても尚、青年は嬉しそうな表情を崩すことはない。
「俺はお前の父親じゃねぇ。魂は同じかもしれんが、今はもう別の人間だ」
「そっか。でも、俺にとって父ちゃんは父ちゃんだから大丈夫!」
まん丸のキラキラした瞳は八来の脳裏に一人の子供の姿を思い出させる。
『お父ちゃん!』
いつもニコニコ笑いながら抱き付き、慕ってくれた愛息の姿を―――――
「話の通じねぇ坊やだなぁぁぁぁぁ!」
だが、それは岩二の記憶。今の自分は独身で子供もいない。一瞬、懐かしい想いに捕らわれそうになった自分に苛立ち声を上げ杖を振り上げる。
「『坊や』じゃないべ。今の俺は『現 朱志』って名前なんだべさ」
前世は裡九、今世では朱志と名乗った青年がもう一度両手を広げると、手の平から炎が立ち昇る。手に炎を宿したまま、振り下ろされた八来の杖を拳で弾き飛ばした。
「朱志、若しくは『しぃちゃん』って呼んで欲しいべな」
「誰が呼ぶかぁぁぁぁぁ!!!」
八来は背から八匹の大蛇を生やし、一斉に朱志に向けて水のレーザーを放つ。
それに対し、朱志は両手を合わせ炎を一気に大きくし巨大な炎を宿したままレーザーに向かって拳を放つ。
熱と大量の水が合わさり、訪れるのは――――――水蒸気爆発!
轟音と共に衝撃波が辺りを襲う。衝撃で壁や天井は吹き飛び、建物が揺れる。
そして……。
「貴様らぁ!何してやがんだっ!!!」
衝撃の中心地に居ながらも、水と炎で結界を作っていた為無傷だった八来と朱志の脳天に拳骨がお見舞いされる。目の前をチカチカさせながらも涙目で振り返れば、芭蕉宮が鬼の形相で立っていた。
「あ、もう一人のお父ちゃん!」
先程とは違い、芭蕉宮は守を綺麗に撫で付け黒いスーツに身を包んでいる。
「その言い方は止めろと何百回も言っていただろう!」
「鳴三父ちゃんも狐九狸丸父ちゃんの一部だったから、俺の父ちゃんに変わりはないべ?」
「はぁ……、その件については今はどうでもいいか……。それよりも、お前達は何をしていたんだ!」
「あぁ、いや、まぁ、アレだ。肉体言語という名のコミュニケーション?言っておくが、この餓鬼が一方的に仕掛けてきたんだぜ、だから俺は悪くない」
「いい年して子供みたいな言い訳してるんじゃねぇよ!!」
芭蕉宮が額を押さえ頭痛を堪えていると、後方から足音が二つ聞こえてきた。足音は七尾を肩に乗せた雛と小夢のもので、二人とも何事かと青い顔で息を切らせながら走ってくる。
「八来さん!ご無事でしたか!?」
「鳴三、何があったん!?」
『朱志様、何をなさったの、です、か」
雛は八来に駆け寄り、小夢は心配そうに芭蕉宮の腕にしがみつき、七穂は雛の肩から降り人の姿に戻ると朱志の特攻服の裾をキュッと掴みながら訪ねた。
「見ての通りだ、小夢。そこの馬鹿二人がドンパチやらかしやがった」
左右には崩れた壁、上を見れば青空が見える。惨状に雛は思わず半泣きで声を上げてしまった。
「八来さん!?本当に、何をしてるんですかーーー!?弁償をしなけらばならないですよ!?ああ!その前に法園寺様に謝罪を!!」
「よし、俺も仮面付けて地下闘技場行くか」
「稼ぐ前に謝罪が先です!!」
青い顔で八来を叱りつける雛。それに対して八来はどこ吹く風で 「闘技場、稼ぎ美味しいからな」 と青空を見上げながら呟いている。
「朱志様、少々、オイタが、過ぎま、す。御父上、に、会えて、嬉しい、のは、分かります、が、誰しもが、決闘と、挨拶が、イコールで、は、ありません、よ?」
「ごめん、だべ。お嬢」
決闘=挨拶というのが朱志の中の常識だったようで、先ほどの会って即飛び蹴りは彼にとって「初めまして」の意味を持つ様だ。こんな過激な初めましては見た事無い。
「あらら、これはまた随分と派手に壊したものですね」
聞こえてきた穏やかな声に七穂と雛を除く全員の背筋が一気にピンと伸びる。恐る恐る振り返ると、そこには法園寺家の当主がニコニコといい笑顔を浮かべて立っていた。
「朱志、八来、お座り」
蓮生の言葉に朱志は泣きそうな顔でスライディング土下座する。一方八来はというと、前世での主従関係が魂にまで刻まれているのか引き攣った真っ青な顔で土下座する。
「普段なら、オイタした子には地下でちょっとしたお仕置きをしているのですが……」
ちょっとしたお仕置き。
この言葉に八来と朱志は再度背筋をまっすぐに正し、顔面からだらだらと脂汗を流す。
芭蕉宮と小夢も視線を斜め下に彷徨わせ、青い顔で震えている。
お仕置きの詳しい内容とレベルを知らない雛は全員を見回し、オロオロしては頭にはてなマークを浮かべる。
七穂は無表情で口元に袖を当て、「あら、可哀、そうに」と漏らす。
「今日はお茶会があるので、特別に極々軽い処分にいたしましょうか」
糸の様な目を更に細めると、手に持った扇子で八来と朱志の頭を軽く叩く。
「お茶会の後で二人とも私の部屋に来るように。いいですね?」
朱志は俯いて震え、八来も口を引き結んだまま何も答えない。
「お返事と謝罪は?」
「「はい!大変申し訳ございませんでした!!」」
時代錯誤の喧嘩上等青年と、戦闘狂の不良中年が仲良く半泣きで返事と謝罪を述べると床に額を擦り付けて土下座する。。
戦闘能力はあの四神部隊隊長に匹敵もしくはそれを上回ると言われる黄龍部隊。そのトップは言葉一つで問題児二人を、親に叱られた子供の様にしてしまう。
「よろしい。では、会場に向かいましょう」
二人に手を差し伸べて立たせると、 「もうあんな事はしてはいけませんよ?」 とまるで母親の様な注意をする。
「……八来さんは蓮生様の前では、その、いつもとまるで様子が違いますよね」
「せやな。まぁ、前世からのあれやこれやが魂までみっちりしっかり染み付いているんやろうね」
小夢の隣では、同じく前世のあれこれが染み付いているもう一人の男が遠い目をしていた。




