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赤い龍にはご用心!

小夢は雛の手を引いたまま、通路を無言で足早に進んでいく。後ろにいる雛にはその表情は分からないが、髪の間から見える耳はまだ赤い。


「小夢さん、もしかして怒っています?」


「はぁ?!」


振り返るその顔は全部真っ赤。


「ちゃうわ!アンタと八来のオッサンに見られてもうたから……ちょっと恥ずかしいだけや!ウチ、吸血中は神経が高ぶって別人みたいになってしまうらしくてな。その、変な顔してへんかったかな~って」


変な顔?雛が思うに何というか……。


「いえ、そのぉ……色っぽいというか大人っぽい顔を……」


小夢の隠されていた色気を思い出しているうちに雛の顔も赤くなる。


「え!?ウチそんなエロい顔してたん?!うわぁ……今まで吸血は鳴三とお館様とお嬢にしか見られた事あらへんかったのに……」


意外と見られていた小夢の色っぽいお顔。


「ご、ごめんなさい!」


「謝らんでええよ。何ちゅうか、吸血中に神経が昂るのは種族の(さが)やからな。そういう快楽に逆らえへんのよ。まして、将来の旦那様の血液や!そんな上物啜ってたらそら恍惚状態にもなるっちゅーの」


恍惚状態、と聞いて雛が思い出すのは自分が強い相手と闘っている時。頭がくらくらして、足が宙に浮いているような感覚と熱く火照る身体。

快楽に逆らえなくなるとはあの時の様な感覚を言うのか。


「ああ、ほら、このお話しはもうお終いや!ほら、行こう!」


「は、はい!」


小夢に手を引かれ、たどり着いたのはひときわ大きな扉の前。


「七穂様、鍔木小夢と八塩雛、ただいま到着いたしました」


扉をノックすると、ひとりでに扉が開く。そして開いた扉の向こうには一人の着物姿の少女が立っていた。


「貴女、が、八塩雛、さん?」


たどたどしく話すのは小夢と年の近い少女。背丈は雛より少し高い程度と十分小柄。

髪型は前髪を眉の上で切り揃え後ろの髪はそのまま腰まで伸ばしたおかっぱのロングヘア―バージョン。黒い大きな瞳で雛をじっと見つめた後、漆黒の様な黒髪を揺らし丁寧にお辞儀をした。


(日本人形の様な方……)


整った顔立ちだがにこりともしない表情も相まって、ますます人形めいた印象を受ける。


「初めまし、て。私、は、法園寺の分家当主、『法園寺(ほうえんじ) 七穂(ななほ)』と、申し、ます。以後、お見知りおき、を」


顔を上げても無機質な表情はそのまま変わることはない。


「初めまして、私は八塩 雛と申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


一拍遅れてこちらも頭を下げた。


「……あの」


七穂の表情が全く変わらないので、自分は何かしてしまったのかと小夢に助けを求めるように視線を送る。


「あー、大丈夫、お嬢は感情があまり顔に出ないタイプやから。こんなんでも、前日はめっちゃはしゃいでたんやで?雛に会える―!言うてな」


「小夢、言わない、で。恥ずかしい、から」


顔を斜め下に向け袖で口元を隠す七穂。表情は微動だにしていないが、この仕草は照れているのだろうか?


「黄龍部隊、の、皆様、から、お話しを、聞いて、とても会いたい、と、思っていた、の。私、は、貴女に、興味が、湧いた、の」


不意に七穂の着物の袖が翻る。次の瞬間、雛に刃物のような鋭い殺気が向けられる。何かが来る!と咄嗟に目の前に拳を突き出すと、白い何かが雛の手に絡みつき目の前で止まる。


「お嬢、戯れはそこまでにせぇや」


何処か呆れ顔で制止する小夢。雛が襲われたことも、七穂が小夢に殺気を向けたことも、お遊びだという事は最初から分かり切っていたからこそ動揺は全くしていない。


「大丈夫、雛さん、も、これが冗談、と、分かっています」


雛の腕に絡みついているのは七穂の腕。彼女の指先は雛の目まで後数ミリというところで止まっている。

雛も拳を突き出した姿勢のまま、瞬きもせずに七穂の指先を見つめている。


「はい、私に向けた殺気が一瞬で消えましたからね」


一瞬とは言え殺気を叩きつけられ、蛇拳で目を狙われたにも関わらず雛はニコニコしている。肝が太いというべきか、それとも呑気というべきか……。


「やはり、貴女は、面白い、方、ですね」


蛇拳を解き、雛の拳を両手でそっと包み込む。


「貴女と、色々、お話し、したい、わ」


七穂の口から毒々しい真っ赤な舌がちろりと覗く。二股に別れたそれは爬虫類のそれと全く同じものだった。

黒曜石の様な瞳が金色に変わったかと思うと、縦に細長い瞳孔が走る。ゆらりとその華奢な体が揺らいだかと思うと瞬きの間に姿が消えてしまった。


「え!?」


その時、雛の首筋にぬるりとした冷たいものが巻き付かれる。耳元ではシューシューと不思議な音が聞こえてきた。


「お嬢、興奮し過ぎや!妖怪の姿が出とるで?」


雛の首には細い紐―――――いや、一匹の赤く小さな龍が巻き付いている。鱗の間は金色に光り、耳はピンと立っていた。


「へ!?七穂さん!?」


龍、もとい七穂はゆっくりと雛に巻き付いたまま、頬ずりをしてきた。


「お嬢はな、『七歩蛇(しちほだ)』って妖怪なんよ」


七歩蛇は龍の様な妖怪で、噛まれると相手は七歩も歩かぬ内に猛毒で死ぬという伝承がある。


「その姿を見せるという事は、雛もめっちゃ気に入られたんやね」


七穂は雛に巻き付いたまま離れようとしない。機嫌よくシューシュー鳴きながら頬ずりを続けている。


『よろしくお願いいたします』


何故か妖怪の姿だとたどたどしい口調は消える七穂。


「はい、こちらこそ宜しくお願いいたします!」


新しい友が出来、雛は七穂の頭を指先で優しく撫でながら答えた。

二人の微笑ましい光景を見ながら小夢はあることを思い出す。


(蛇は変温動物やからなぁ)


雛は一応は狸と狐、鬼の妖怪。変温動物の七穂お嬢様はその体質のせいかモフモフとしたものを好むところがある。

雛の戦闘狂な性質と、妖怪としての本質を気に入っているようだ。


「あー、そうや。お嬢、朱志(あかし)は何処行ったん?」


『私の支度を手伝ってくれた後、御父上に挨拶に行きました』


「なんや、鳴三のところか?」


『いえ、もう一人の御父上のところに行くと』


「へ?もう一人の……?ま、まさか、八来のオッサン!?」


「え?芭蕉宮さんと八来さんのお子さん!?」


「雛、その誤解を招くような発言止めぇ!朱志はな」


その時、遠くから爆発音が響いた。


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