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吸血鬼と中年と隠し子と?!

「あ~、雛ちゃん~八来さん~お久ぁ~」


法園寺邸に着くと入り口で斎賀が竜八に引きずられていた。竜八は黄龍部隊の中で雛に次いで小柄な子供だが、180cmを越える斎賀を片腕でズルズルと勢いよく引きずっている。


「竜八、何があった?」


八来の問いかけに竜八は足を止めて体ごと振り返り、二人にぺこりとお辞儀する。


「眠いだの気が乗らないだのわがまま言いやがるので、無理やり引きずって連れてきました」


竜八は、冷たい目で八来を見下ろす。視線を受けている斎賀は白衣の背を土で汚しながら、「面目ない~」 とへらり笑っている。その顔に反省は微塵もない。


「竜八さん、力持ちなんですね」


「竜八君はね~僕が作った人造人間なんだよ~。強化筋肉使用しているからね~僕を軽々持ち上げることも~出来るの~」


「この国でも成功例は数えるほどしかいないと聞いていたが、その内の一つがお前さんだったのか」


「はい。一応、この件はご内密に。世間にばれると五月蝿いですからね」


妖精の様に儚げで整った美貌を持つ人造人間は人差し指を口に当てた。その仕草一つ取っても目を奪われる。


「では、この馬鹿を着替えさせなければいけないので、私達は一旦失礼いたします」


「あ~竜八君~僕~一人で歩けるよ~逃げないから~あ~」


首根っこを掴まれたまま問答無用で引きずられていく。


「雛ちゃん~八来さん~悪いけど~鳴三君と~小夢ちゃん~呼んできてくれない~?た~~のぉ~~ん~~だよぉぉ~~~」


ずりずりり、ずざざざざざっ!!と徐々にスピードを上げながら竜八と斎賀は土煙の中消えていった。


「……だとよ」


「はい……」


呆気にとられたまま二人を見送る。そして、ハタと気が付いた。


「私達、芭蕉宮さんと小夢さんの住んでいるところを知らないです!」


「この屋敷には代々の家令に与えられる部屋があるんだよ。芭蕉宮は多分そこだ」


「わぁ、前世の記憶って便利ですね」


八来は記憶に従って屋敷の一階の奥にある家令部屋へと足を運んだ。

ああ、この通路も何もかもが懐かしく感じてしまうのは前世の思い出のせいか。そう思いながらドアノブに手をかけ扉を開ける。

すると―――――――


「あ……」


畳の上で小夢に押し倒されている芭蕉宮と目が合った。

小夢は芭蕉宮に覆い被さり夢中で彼の首筋に齧りつき、全く二人に気が付いていない。

対して芭蕉宮はというと着物の襟の前を大きくはだけさせ、目を見開き羞恥から顔を赤らめ口をパクパクさせている。

やがて小夢の背中に巨大な蝙蝠の羽が出現し、興奮しているのかバタバタと大きく羽ばたく。


「こ、小夢、ちょっ!ストップ!見られてる!!小夢!!」


芭蕉宮が慌てて引き剥がそうとするが流石は吸血鬼、どんなに力を込めてもビクともしない。

何回か彼女の名を呼び続けるとようやく芭蕉宮の首筋から牙を外し、ゆっくりと顔を上げる。

その目の色に違和感が。


「小夢さん、目が……」


エメラルドの瞳が燃えるような赤へと変わっている。口の端を伝う血を人差し指で拭い次いで目にかかった髪を耳にかける。

普段はややガサツでボーイッシュな小夢だが、今は恍惚とした表情も相まってか仕草の一つ一つがやたらと色っぽい。

暫く八来と小夢を見つめていたが、動かない二人にやがて興味を無くしたのか再び芭蕉宮の首筋を噛む。


この時点でようやく八来は片手で雛を目隠し、ゆっくりと後ずさる。


「気にせず続きをどうぞ」


俺は何も見ていない、と言うように横を向き雛とそのまま部屋を出て行った。


「おい、待て!違う!!待てェ!!」


扉を閉めると物凄く焦っている声が聞こえてきた。何が違うというのかね?


「八来さん、あの……そろそろ、手を放していただけませんか?」


「おお、悪い」


手を離すと、ドギマギした顔で八来を見上げる。

ここにアークがいたらカメラで連射した後、涙ながらに感謝の言葉を述べているだろう。


「俺達は、何も見なかった。いいな?」


「はい」


雛は何度も何度も頷いた。初めてできた友人の衝撃的な画を見てしまったのだ、動揺するなというのが無理な話というもの。


「だから!!違うと言っているだろう!!!」


芭蕉宮は叫びながら勢いよくドアを開けて出てきた。慌てていたのか着物の前は大きく開けたまま、首筋に着いた歯型からは僅かに血が流れていた。

芭蕉宮の遥か後ろでは、ぼぅっとしたまま座り込んでいる小夢の姿があった。熱に浮かされたような顔でうっとりと宙を見ている。


「いや、俺達何も見ていないから。明るい内からあっついプレイをしていた事なんて何も見ていないからな」


「私、見てません、何も」


動揺しすぎて視線があっちこっちに行っている上に、言葉が倒置法になっている雛。いや、それは見たと言っているようなものだろう。


「だ・か・ら!違うと再三言っているよな!!」


逆ギレした芭蕉宮が抜いた刃を額に当たる寸前で白刃取りする八来。


その間に雛は芭蕉宮の部屋に入り、放心状態の小夢に近づく。


「小夢さん、大丈夫ですか?」


「……ふぇ?」


ゆっくりと雛の方を振り向くが、その視線は定まっていない。瞳は依然赤いままで背中に翼を生やしたままだ。


「あれぇ……ひ、な……?え!?何で雛は居るんっ!?八来のオッサンも!?ちょっ!えぇぇぇ!?」


正気に戻った途端、瞳の色は緑に戻り背中の翼は徐々に小さくなり消えてしまった。


「あの、その……わ、私、お二人の事、何も見ていませんから。大丈夫です!」


先程の光景を思い出したのか、頬を赤らめて目を逸らす。


「いやいやいや!雛、それは『見た』と自白しているも同然やん!!」


「マジで俺達何も見ていないからな。真昼間から現役JKが中年男性押し倒して襲っているところなんて全く見ていないから」


芭蕉宮に押し負け、額に刃が迫りながらも八来が余計なことを言う。そのせいで刃が額に軽く当たるところまできた。


「八来のオッサンも!バッチリ見ているやんけ!ちゅうか、襲ってへんわ!!吸血してただけや!!」


「吸血……ですか?」


「せや!襲ったなんて人聞きの悪い事言うな!言うならば食事や食事!」


「いやぁ、押し倒して吸血なんざ聞いたことがないぞ?食事というか、まぁ食っちゃってたよなぁ……って!止めろ止めろ芭蕉宮!額切れた!食い込む!刃食い込んでる!!」


ついに芭蕉宮の殺気を乗せた刃が八来の額に食い込み額が軽く切れた。これ以上喋ると額から頭を真っ二つにされかねない。


「普通押したくらいじゃ切れないよな!?お前の刀どうなってんだよ!?」


「このまま一気に引いてやろうか?」


冗談めかして笑うがその目は笑っていない。


「会議前に傷を付けるの止めろよな!!つうか、俺達こんな事している場合じゃないだろ!?」


八来の額にじわじわ食い込んでいた刃がピタリと止まった。額から刀を離すと自らの掌へと日本刀を押し込んで仕舞うと部屋の時計へと視線を移す。


「小夢、お嬢を呼ぶ時間だ。俺は着替えて集合場所に向かうから先に行っていてくれ」


「……」


呼ばれても小夢は応えない。その視線は彼の開けた胸元へとバッチリ注がれている。


「小夢」


咳払いとともに再び名を呼ぶと、彼女はハッとして目を伏せる。頬を赤く染めたまま、雛の手を引いて立ち上がると足早に部屋を出て行く。


「雛、お嬢を紹介したいから一緒に来てくれへん?」


そのまま有無を言わさず足早に部屋を出て、八来と芭蕉宮の間を通り抜けて通路へと消えていった。

雛は八来へと一度振り返るが、彼が 「行って来い」 と手を振るのを見ると頷いて小夢と共に通路の先へと行ってしまった。


「八来、貴様もとっとと行け。……何だ、その目は」


八来はというと芭蕉宮を見てニヤニヤと笑っている。


「最近の若い娘は積極的だなぁ、と思ってよ」


話を蒸し返す八来に再び芭蕉宮が抜刀するが、今度は僅かに足を後ろに引いて躱す。


「大変だな、お前の所も」


「『も』?貴様、まさか八塩の娘に何をさせているんだ!?」


まずい、つい余計なことを言ってしまった。と、後悔するがもう遅い。芭蕉宮が食いついてきてしまった。


「何もさせてねぇよ。あいつが勝手に人の寝床に夜な夜な侵入しては同衾してくるだけだ」


返す刀で首を狙われるが、杖で刃を受け止める。そしてそのまま鍔迫り合いが始まった。


「は?!どういう事だそれは!?」


「言葉通りだ。それ以上は何もしてこないし俺も何もしていない」


「本当だろうな!」


「本当だ。お前と小夢じゃああるまいし、恋人でもない女に手ぇ出すかよ」


「こっちもまだ手は出していない!!」


「あの娘と付き合ってるんだろ?」


「小夢はまだ未成年だ!!」


「……お前さん、固いというか真面目だな」


いくら恋人で婚約者と言えども相手はまだ未成年。自分と顔のよく似たこの男は彼女が成人するまで待つという。

この男は枯れているのか、はたまた理性と精神力が強すぎるのか。


「さっきみたいに吸血の度に押し倒されてるんだろう?しかもあんな恍惚とした色っぺー表情見せられてよく我慢できるな」


子供がふとした瞬間に見せる大人びた表情。まして恋人がそんな顔を見せようものなら色々とグラつくだろうに。主に理性が。


「……気合いだ」


芭蕉宮は鍔迫り合いの状態から八来に蹴りを入れる。八来は蹴りを躱し間合いを取ると芭蕉宮がぼそりと呟いた。その視線は右斜め下で目がやや死んでいる。


「限界、近いのか?」


「五月蝿い黙れ後一年だ、一年!」


やけくそ気味に吐き捨てる芭蕉宮。どうやら、枯れてはいないようですね、はい。理性さん、後一年お勤め頑張ってください。


「お前の所はどうなんだ?」


「へ?どういう事だ?」


逆に問われて八来は首をかしげる。


「お前と八塩の娘の事だ」


「見ていて分かるだろ?そう言うのは野暮ってもんだ」


「何だそれは」


はぐらかすような答えに芭蕉宮が頭を抱える。いや、小夢の吸血で貧血気味だったのだろう。懐から薬のケースを取り出し、やたらと赤茶色をした丸薬を二粒取り出し口に放り込む。


地下闘技場での雛と八来のやり取り、そして小夢から聞いた二人の人生における最終目的が『死合う』事という究極の殺し愛。一般人の思考だと、ただの手の込んだ自殺。もしくは心中にしか聞こえない。


「つくづく、お前の考えも八塩の娘の考えている事も分からんな」


「そうか?シンプルだと思うけどな」


「つまりは、『殺したいほど愛している』ということか?」


八来はそれには答えず、口の端で笑うのみ。正解、なのかは彼の表情からは分かりづらい。


「まぁいい……。時間も押している事だし、俺は着替える。お前はとっとと集合場所にいけ。……はぁ、何でまたこう忙しい時にお前がこの部屋に来るのか」


「斎賀がお前達を呼びに行けって頼んでいたんだよ」


斎賀、と聞いて芭蕉宮が露骨に嫌そうな顔をする。


「あの馬鹿が!嫌がらせか、嫌がらせだな!あぁもう、前世からチョッカイかけたがりは変わらないからなアイツはぁ!」


「前世……?」


芭蕉宮の前世=岩二。つまり、斎賀は岩二の前世の関係者という事か。


「兎に角、俺は着替える。お前もとっとと行け!」


それだけ言って芭蕉宮は部屋の中に入ってしまった。


「斎賀の奴、まさか……」


記憶の中で該当する人物は一人。そうか、そうだったのかと独り言を呟いていると、背後にいつの間にやら気配が……。


「あーーーーーっ!久しぶりだべ、お父ちゃん!!」


「は!?」


振り返ると、そこには八来の知った顔がいた。



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