もう一匹の飛べない鳥
今回から第六章です!!
「確かに、受け取った。今回もご苦労だったな」
天照大御神の執務室にて、天照は火の付いていない煙管を噛みながら八来と雛からの報告書に目を通す。
「裏弁財天に続いて裏寿老人か。地下闘技場の事件の際に裏弁財天が『裏・七福神』と名乗っていたな。と、いう事は他にもメンバーが五人はいるのか?」
天照の眉間にしわが刻まれ、噛んだ煙管がギリっと音を立てる。
地下闘技場事件に続いて、甚大な被害が出た今回の吉原事件。幸いどちらも死傷者は出ていないが、首謀者を取り逃がしてしまった為に天照もさぞ頭が痛い事だろう。
「裏寿老人について俺の知っている件もまとめておいた。雛からの報告書だが―――」
横目でチラリと雛を見ると、青い顔で冷や汗をかいている。
八来の視線に気づき、目を合わせると 「大丈夫です」 とでも言うように無理やりに笑みを作って答えた。
「あ、あの……、玄武部隊の屯所の入り口と吉原の入り口に貼っていた結界の構造について気になることを纏めておきました。その件で、一つお話があります」
「なんじゃ?申してみよ」
「実は……」
ベースとなっていた結界が雛の実家である八塩家の秘術だという事を恐る恐る告げた。
雛にとって実家とは絶対であり、逆らってはいけないものだ。そこと先日の事件について関係があると告げることは彼女にとって背信行為の様なものだ。
「そうか」
天照は驚きもせず、あっさりと返事を返した。その反応に身構えていた雛は呆気に取られてぽかんと口を開けて固まる。
「え、あ、あの、ですから、私の実家の、私も使っている術が使用されています!」
「さっきも聞いた。その件ではこちらも調べておく」
天照大御神が一切動じない上に雛の話題に喰いついてもこない。敢えて無関心を装っているのかは分からないが、違和感がある。
「質問があったら後日また呼び出してくれよ。そんじゃ、俺達はここで」
「分かった。ご苦労じゃったな」
「失礼いたします」
八来が片手を上げて去っていくのに対して、雛はいつもの様に深くお辞儀してから部屋を出る。
「雛」
雛が扉に手をかけると、天照が呼び止める。何事かと振り返ると、天照は煙管から口を離し、ゆっくりと紫煙を吐き出した。目を閉じ何か思案しているようにも見える。
「はい。如何いたしましたか?」
「いや……何でもない」
「?」
今度こそ、雛と八来は天照の執務室を退室する。
「雛、さっきのアレはどう思う?」
通路で雛に小声で声をかける八来。
「アレ、ですか?」
アレの意味が分かっていないのか頭にはてなマークを浮かべて首をかしげる。
「お前の術についての天照の反応だよ。想像していたより薄いじゃねぇか」
「この国を統べる方ですからね。多少の事では動揺しないのかもしれません」
一々動揺する方が国の頭に収まる訳がない、そう雛は断言する。確かに彼女の言う事には一理ある。だが、八来はどこか釈然としないのか眉間にしわを寄せて唸る。
「それにしても、なぁ……」
雛の結界術と事件の関係性について、仮説として何者かが術の使用法を盗み使ったのではないかと書類に書いた。それについての反応がほとんどない。
そして去り際に雛を呼び止めた時のあの何か言いたげな顔……どうにも何か隠しているような気がしてならない。
「嫌な予感がするぜ……」
八来は昔から勘がいい。今はもうこの地にいない紅茶狂いの元同僚曰く 「お前は男の浮気をすぐ見破る女並みに勘がよすぎる!!」 らしい。何だそりゃ。
「ん……?」
突然、雛がスカートのポケットに手を入れて中からパチンコ玉を取り出し肩越しに振り返る。と、同時に脇の下から指弾で玉を発射。
「ぎゃんっ!」
弾は見事に通路の柱の陰に隠れていた人物の額に命中した。柱から思いっきり顔を出している上に殺気が漏れに漏れている点で隠れ切れていない。これでは 「狙ってください」 と言っているようなものだ。
「あなた、先ほどからずっと八来さんに殺気を向けていましたね!」
「おー、偉いぞ雛。ちゃんと察知していた上に、あんなへっぽこな殺気に対してキチンと対応してやるとはなー。優しい奴だなー」
あんなふにゃけた殺気、一々反応するのも面倒くさい。しっかり反応してやる雛の青臭さに棒読みで適当に褒めてやる。
「何故、八来さんを狙っていたのですか!答えなさい!」
相手が額を押さえて悶絶している間に素早く駆け寄って腕を取る。そのまま後ろへと捻り伏せようとして、手を止めた。
「雛、何やってんだ?さっさと押さえろ」
雛は八来の言葉に反応せず、呆然と男の顔を見ていた。
「……陽和兄様……?」
「やはり、雛お嬢様!!」
陽和と呼ばれた男は額に赤い点を刻まれたまま、涙目で雛の名前を呼ぶ。
「お嬢様だぁ?雛、コイツは知り合いか」
「はい、兄様は……」
雛の手の力が緩んだ隙をついて腕を振りほどくと、彼女を背に庇い八来をきつく睨み付ける。
この男、低身長の雛とほぼ変わらない背丈で顔も似ている。そのせいでまるで子供に睨まれているような錯覚がする上に全くと言っていい程恐くない。八来はチワワに睨まれて怯むような大蛇ではない。
「貴様か!お嬢様を誑かしたのは!!」
「漫画や小説でよく聞くようなセリフだなぁ、おい。俺が?雛を誑かしただぁ?はははは、面白い冗談だぜ」
大げさに体をのけぞらせて大笑いする八来。だが、その目は全く笑っていない。
「お前さん、陽和と言ったか?証拠はあるのか?」
「え……?いや、それは……」
反論された途端、口ごもる。
「自信満々に決めつけてくれちゃってまぁ!誰かから聞いた話を鵜呑みにしたか?」
「お、お嬢様の母上や妹様がおっしゃっていた!お嬢様は都会に憧れて家を出たのだと!!」
その言葉に雛の顔から血の気が引き、八来は眉をひそめる。
「本当に、そう言っていたのか?」
陽和の目の前から八来の姿が消えた。否、一足飛びで間合いを詰めた八来は陽和のすぐ横に立っていた。
そして、先ほどと打って変わって無表情で彼を見下ろすと青い顔で固まっている雛に代わって質問する。
「ああ!だから私はこの地に来たのだ!!雛お嬢様の目を覚まさせるために!!」
「……そうか」
呆れとため息の混じった声が八来の口から出る。
この手のタイプが一番嫌いだ。自分の行いは正しいと思い込み、良かれと思って起こした行動が知らず知らず相手の心の傷口をえぐって追い詰めていく。
無知の罪。知らないという事は本当に恐ろしい。
「雛」
八来の声に雛が反応し顔を上げる。八来を見つめるその顔は助けを求めているようだった。
「お前如きがお嬢様を呼び捨てにするな!!お嬢様を洗脳して何を企んでいる!?」
「だから、証拠も無いのに疑いをかけるんじゃねぇよ。勝手に疑ってののしって、相手が何もしていない場合どうするつもりなんだ?え?」
怒るでもなく、淡々と述べる。その姿に陽和は一瞬たじろぐが、直ぐに頭を振って再び八来を睨み付けた。
「そんなに言うんなら、雛本人に聞いてみろよ」
振り返ると雛は青い顔でしゃがみ込んでいる。何かに怯えるように震え、吐き気を押さえるように口元を押さえていた。
「わ、私は……」
それでも、答えようとする。だが、声が、出てこない。言葉が、詰まる。
「うー……」
唸るような声に振り返ると、そこには胸元に青龍部隊長のバッヂをつけた男が立っていた。
色黒の肌の男は何故かホワイトボードを掲げ、うーうーと呟きながらそこにペンで言葉を書き込む。
『八塩隊員、何をしているのですか?書類仕事はもう終わりましたか?』
「すみません、東方隊長!あ……でも、お嬢様が……」
おずおずと視線を雛へと戻す――――――――だが、彼女の姿も八来の姿も消えていた。
『サボりは感心しませんね。いや、最近事務仕事が多かったので疲れてしまいましたか?あともうひと踏ん張りですので、頑張ってください』
「え、あ……はい」
釈然としない気持ちを抱えたまま、陽和は隊長の後をついていく。
その遥か後ろ―――――――通路の曲がり角で身を隠す八来と雛がいた。
「雛、大丈夫か?」
陽和が青龍部隊隊長に気を取られている間、咄嗟にうずくまっている雛を抱きかかえて逃げた。
雛はまだ青い顔で震えている。
「はい……」
それでも何とか頑張って返事を返す。
震えながら、それでも何とか無理やりに笑顔を作る。その引き攣った笑顔に八来は彼女の実家での生活の一端を見たような気がした。
恐くても悲しくても、表に出さないようにこうして誤魔化してきたのか、と。
「どっかで休むか?」
「いえ、大丈夫です……」
大丈夫という奴は大抵大丈夫ではない。何故にっぽんじんは大丈夫ではないのにそう言ってしまうのだろうかホワイジャパニーズ。
「無理すんな」
そう言うと雛をもう一度肩に抱えて歩き出す。
「え?八来さん!?」
幸いスカートの下はスパッツを履いている。これで下着の褌は見えないから大丈夫……いや、そう言う問題ではない。
「騒ぐな。またさっきの奴らに見つかったら面倒だ」
ピタリ、と雛は騒ぐのを止めた。
陽和の先ほどの様子を見るに、彼の言っていたことが間違いだと指摘してもなかなか納得はしてくれないだろう。あまり話を長引かせて実家でのことを第三者に聞かれたくもない。
「いい子だ。さ、法園寺に行くぞ」
「はい」
今日は月に一度の法園寺家での《お茶会》―――――という名の報告会の日だ。
このところ不穏続きな為、今日の報告会は長引きそうだ。
先日の吉原の事も確実に話題に出るだろう。雛にとっては気が重くなる話だ。
せめて事件と実家での関係性が白であるという確実な証拠があれば、気が楽になるのに。
雛は八来の肩の上で揺られながら、そう願っていた。




