仮面を多く持つもの
夜の法園寺邸に一人の男が訪れた。
黒い忍び装束に身を包んだその男は、庭園を横切りある場所へと向かっていた。
雲の切れ目から出た月が男の顔を照らし出す。一切の感情の浮かんでいない顔だが、整った目鼻立ちといい冷たい印象のする美形だった。
後ろで纏めて括られた金髪が月明かりの下、風に揺れている。
全く足音を感じさせない歩みで彼が向かうのは法園寺 蓮生の自室……ではなく庭園の外れの茶室だった。
入り口の前で番をする男の姿にふと足を止める。
「久しぶりだな、『土』」
「ああ、久しぶりだな『鳴』」
スーツ姿の芭蕉宮 鳴三に土と呼ばれた忍び装束の男は軽く会釈する。
「法園寺の太母様は?」
「中でお待ちだ」
「そうか」
互いに無表情で言葉を交わす。
本来、黄龍部隊最強の男である法園寺蓮生に護衛は不要だが鳴雷神こと芭蕉宮は心配性の上に過保護ときている。
彼の忠犬振りを内心微笑ましく思いながら土は茶室へと足を踏み入れる。
「失礼いたします」
茶室の狭い入り口をくぐり、待っていたのは法園寺家の長である法園寺蓮生は糸の様な細い目で微笑んで迎えてくれた。
全体的に猫を思わせる雰囲気と印象を持つ男だが、この姿も顔も仮の姿。会うたびに性別や顔を変えることが、その何通りかあるパターンの中で今回の様な糸目の顔をしていることは多い。
「では、報告をお願いいたします」
蓮生は赤茶色の茶碗に抹茶を点てると土の前に置いた。
「まず、吉原襲撃事件ですが」
吉原で起こった事件について細かく語る。勿論、八来と雛の行動についても知る限り全てを淡々と伝えた。
「地下闘技場の事件に続いてまたしても首謀者を取り逃してしまいましたか……。そろそろ天照からお呼び出しがかかりそうですね」
言っている事は深刻だが、何故か顔にはそれが微塵も現れていない蓮生。
「首謀者について八来が何やら知っているようでしたね」
土は茶を一口飲んで唇を湿らせる。
「後日その件について彼に話を聞きましょう」
「他の黄龍メンバーからも報告があるようですし、また茶会を開きますか。今回は私も出席できるかと」
茶会という名の黄龍部隊恒例の報告会。前回の茶会では幹部格の『炎』こと炎雷神と『土』こと土雷神が欠席している。
「そろそろ、七穂と『炎』も帰ってくる頃ですしね。丁度良かった」
あの二人の蝦夷での任務も完了し、後始末も全て終わった。数日中には戻ってくると先ほど蓮生の携帯電話に連絡が入ったのだ。
「雛が能力に目覚めた事ですし、彼女の能力訓練は八来殿だけではもう無理でしょう。孫の七穂と『炎』にも協力してもらうとしましょう」
雛は目覚めたと言っても、闘技場で見せた様な力はまだ発揮出来てはおらず場数もまだそれ程踏んではいない。
裏弁財天に続いて裏寿老人の出現。妙な結界に多数の人間の紛ツ神化など危険すぎる事件が多発している。恐らく雛はその渦中に放り出されるだろう。その時に今のままでは、まず生き残れない。
「私も一肌脱ぎますか。ふふ、今後の楽しみがまた一つ増えました」
演技ではなく、心の底から嬉しそうに笑う蓮生。
この男の深い深い愛情を、部下に対する想いを、母の如く暖かく厳しい優しさを雛は近々知ることになるだろう。
その時にあの少女の様に純粋なあの女は何を思うのだろうか?
「さて、報告感謝いたします。諜報部隊副隊長と黄龍部隊の両方の任務、ご苦労様です。さ、これで今日のお仕事はお終い!いつもの様に素に戻っていただいて結構ですよ?」
蓮生がポンと両手を合わせると、途端に土の表情に変化が現れる。蕾から徐々に花開く様に、女性の様な艶やかな笑みがこぼれた。
「やぁだ!そう?それじゃあ、口調戻すわね?お仕事だから、お化粧我慢したのよ~!もう!すっぴんだとやっぱり恥ずかしいわぁ!」
両頬に手を当て、一気にまくしたてる『土』。いや……ローズ。
「蓮生様ぁ!この前、デパートで素敵な口紅見つけたの!今度一緒に買いに行きましょうよー?」
「いいですねぇ。今度やってみたい変装がありましてね」
「あら、どういう感じ?また鳴三ちゃんがビックリする系?」
「ええ」
茶室で男同士でガールズトークが始まった。
……茶室の外では、見張りの芭蕉宮が大きなクシャミをしている事だろう。
これにて、五章おわりです!!




