一つ布団の中
あれからこの広いVIP部屋から出ようとしたが特殊な結界でも貼られているのか全く戸が開かない。
雛に開けさせようと思ったが、まだ体が回復していない為か解除が上手くできず未遂に終わった。
「あの……八来さん」
戸を開けようと躍起になっていた八来に遠慮がちに声をかける雛。
「あぁ?何だ雛」
「八来さんにお聞きしたい事が」
そう言えば、彼女の能力について話すと言ってしまった。苦い顔で雛の正面に胡坐をかいて座る。
「何だ?」
「私の……」
雛は正座すると八来の前に片手を差し出す。その手の平からは小さい鬼火が一つ浮かび上がってきた。
そして、彼女の尻から九本の狐の尾が生え、額から一本の角が出現する。
「この姿、能力についてどうか教えて下さい。何故、私はこのような能力が使えるのですか?何故、このような姿なのですか……?」
泣きそうなのをぐっと堪え、下唇を噛み締める。だが、涙が貯め潤んだ瞳は八来を真っ直ぐに見ていた。
「……中途半端な説明だとかえって混乱するだろうから、俺が知っている情報を全部教えてやる」
ショックを受けることは目に見えている。出来ることな伝えたくなかったが、こうも覚悟が決まった目をされると誤魔化せない。
仕方がなく、八来は己の知っている情報を全て雛に話した。
雛は岩二の子孫に当たる事、その角と身体能力の高さは岩二の妻の血筋から来ている事、能力は全て岩二譲りだという事も全て。
ただ一つ、先ほど娟焔から貰った情報である『雛が累神と成り得る存在』という事を抜かして。
「私が……岩二 狐九狸丸さんの子孫?」
「そうだ。俺はやつの魂を持ち、お前は能力と体質を受け継いだ訳だ」
まるで『岩二 狐九狸丸』は呪いのようだ、と口にするところだったが雛の手前何とか言葉を飲み込んだ。
岩二という存在は過去に八雷神に操られて大きな事件を起こし、そこから連鎖するように人々は彼を迫害し事件を起こした。人々への絶望と仲間であった軍の容赦のない斬り捨てが彼の累神化へと繋がることになる。
それから長い長い年月を経て、その血と魂が偶然出会い、一つの鎖と縁で繋がれた。
「私が……?」
雛はがっくりと俯き、ショックの為か震え出す。
「落ち込むな……と、言っても無理だよな」
「それならば、私は……八来さんと運命的な縁があったのですね!」
急に顔を上げたかと思うと、嬉しそうに言い放つ。
「八来さんは岩二さんの生まれ変わりで私は子孫!貴方とこんな縁があったとは驚きです!」
「俺はお前のその思考のポジティブさに驚きだ!」
そうだ、雛は変なところでポジティブな脳味噌をしていたことをすっかり忘れていた。落ち込むだろうと思っていた自分が馬鹿だった……。
「今日の闘いで、瘴気に当たらなかったのもその先祖返り現象のお蔭だろうな。闘う手段が増えた訳だし、明日からトレーニング方法少し変えるか」
「はい!」
どこまでも嬉しそうなお返事。ようやくいつもの彼女に戻ったか。
彼女の笑顔にホッとしたのも束の間、今度は八来の携帯が鳴りだした。誰かと思ってディスプレイを見れば相手は天照大神。
嫌な予感がする。
《八来、雛はいるか》
「何の用だ、天照」
《いやなに、玄武部隊から気になる報告があってな。その件で雛に話がしたい》
八来は雛の方を見る。雛も嫌な予感がしたのだろう、再び表情が曇る。
「あー……急ぎか?悪いが今日の騒動で疲れたんだろう。アイツもう寝てるんだ。起こすか?」
《……いや、寝ているのならば仕方ない。明日、また連絡しよう》
そこで通話は切れた。
「……雛?」
携帯を床に置き、声をかける。雛は再び俯き何かに怯えているようだ。
「八来さん、天照様は何と……?」
「お前に話があるんだと。心当たりは……その顔だとありそうだな」
雛はさっきまでの笑顔が消え、苦しそうに胸を両手で抑え荒い呼吸を繰り返す。
「雛、落ち着け。落ち着いて深呼吸しろ」
「わ、私、私は……」
苦しそうに八来に手を伸ばし肩を掴む
「大きくゆっくり息を吸え。吸ったら今度はゆっくり吐け」
震える雛の背を優しくさすり、倒れそうになった体を抱きとめる。
「今日の結界での一件か?」
今この状態の雛に聞くべきではなかったと、言った後で後悔した。
八来の肩に置かれた手がびくりと大きく震える。
「喋りたくないなら黙っててもいいぞ?天照にはそれとなく誤魔化しておく」
言ってしまったものは仕方ない、彼女の背をさすりつつ聞くと彼女は戸惑った様に首を横に振る。
「……で、でも……」
声を上げるとくらりと視界が揺らいだ。過呼吸で息が苦しい、くらくらする、胸が苦しい、思考がまとまらない。
「実家が……私が報告したら、迷惑が……でも、報告しなければ……八来さんに、迷惑が……それは、駄目、ですぅ……」
「雛」
もう片方の手を雛の後頭部に添え、抱きしめる。
「もう少し俺を頼れ。一人で抱え込む必要なんざない」
言いながら、八来は動揺していた。こんな言葉を吐くなど紛ツ神に成ってからは考えたことが無かった。
軍に、恩師に、恋人に裏切られた。その自分が何を信じろと、何を信じさせろと?
そう思っていたのに、自然に何の思惑も無しに言葉が出た。
「八来、さん……」
雛は苦しい息の下、ぐったりと体を彼に預けながら名前を呼んだ。
嬉しい。
そう伝えたいが、言葉が出ない。名前を呼ぶのがやっとだった。
過呼吸で寒くなっていた体に彼の温もりが伝わってきた。その暖かさで体が楽になり、彼のやや早くなった鼓動を聞いていると気持ちが落ち着いていく。
「お、少し落ち着いてきたか?」
「あ……眩暈……」
呼吸が落ち着いてきたが、動こうとするとまだ眩暈がする。体の震えはまだ止まらず、寒気がする。
八来は震える雛の身体を抱きかかえるとそっと布団に降ろす。
「今日はもう寝ろ。色々あったし疲れたろ」
八来は隣の部屋で座布団を敷いて寝ようとその場から立ち上がる、が、雛の手がそれを阻止した。
過呼吸で震える手は八来の手を掴み、震える声で 「寒い……」 と呟いた。
「…………結局今日も、か」
八来も布団に潜り込み、震える雛を抱き締めながら寝た。
「まだ寒いか?」
暫くして雛の震えは殆ど収まったが、寒気は未だ感じるようで雛は八来の腕の中から離れようとしない。
いつもの 「はしたないです!」 はどうした?と言いたくなる。
今日の雛はひどく甘えてくるが、心身ともに参っているせいだろうか?
「あの……」
「ん?」
「八来さん、あの、貴方にお話ししたい事が……」
「何だ?」
「今日の騒動の事……なのですが」
雛は小さな声で、言葉を選ぶようにゆっくりと少しづつ玄武部隊の屯所に張られていた結界の事を話した。
「雛の家に代々伝わる結界術が使われていた?結界を張ったのはあの裏寿老人(若作りジジイ)だよな。と、いう事はあいつが雛の実家の関係者か、もしくは秘伝を盗んで使ったか」
今の所、考えられるのはその二つ。
「お前の結界術は血縁しか使えないのか?」
「分かりません。祖父からはその件で何も聞いていないもので」
(雛の実家の事、少し調べた方が良さそうだな)
今回の騒動に何らかの形で雛の実家である八塩家が関わっているようだ。
「天照がさっき連絡寄越してきただろ?多分、玄武部隊から今日の事を聞いたんだろ。で、どうする?素直に報告しておくか?」
「……実家に迷惑は掛かるのでしょうか?」
「現時点では分からん。だが、あの裏寿老人(若作りクソジジイ)がお前の家の術を勝手に盗んで悪用していた可能性がある。もしそうだった場合、知らせておかないと被害が増えるだろう?」
「明日、天照様にご報告いたします」
現時点で雛の報告により事態がどう動くかは予想できない。読めない以上、素直に報告させておいた方が良いか。
「それじゃあ、明日家に帰ったら報告書作成して一緒に天照の所に行くぞ」
「はい」
まるで、子供に言い聞かせているようだ。
混乱し、起こり得る可能性すらも考えることが出来ない少女に順序立てて説明し納得させる。
紛ツ神に成って、性格も思考も変わった。だが、雛を前にすると昔の自分に戻っているような気がする。
信頼、絆、仲間。このどれもが馬鹿馬鹿しく思える。
なのに、雛には自分を頼る様に言い聞かせ常に行動を共にしている。
「調子が狂うぜ」
雛の安らかな寝顔を見ながら、八来もいつしか眠りに落ちていた。




