前世の親友は今世の他人
―――――――三浦屋にて。
「雛ちゃん、頑張ったわねぇ!えらいわぁぁぁぁ!」
「ろ、ローズさん、泣かないでください!?このくらい、大したことはありませんから」
「嫁入り前のお顔を怪我しても、『大したことない』というその気丈さと健気さ、涙が出るに決まってるでしょうぅぅぅぅぅぅ!!!」
八来が娟焔に怪我の手当てをしてもらっている間、雛も隣の部屋でローズに手当てしてもらっていた。
同じ部屋で手当てしても問題ないだろう、と第三者がいたならば指摘していたかもしれない。だが、何故か娟焔は部屋を分けローズに雛を任せた。
「大した怪我じゃねぇって言ってるのになぁ」
八来は雛と比べて軽い切り傷や火傷のみ。紛ツ神の特性で放っておいてもすぐに完治してしまう。
「そうはいかないでヤンスよ。貴方達は恩人なのでヤンスから」
薬箱に消毒液を仕舞いつつ、にっこりと微笑む。
「で、俺と二人きりになった本当の理由を聞かせてくれないか?『三下ヤンス』?」
八来の一言に、娟焔の笑顔が崩れる。目を見開き、手に持っていた消毒液が床に転げ落ちてしまった。
「……やはり、天照の話は本当だったのか……『岩二』」
目の前でニヤニヤと笑う男に娟焔はある男の面影を見ていた。
「天照からどこまで聞いてやがるんだ?つうか、お前またぞろ四神部隊に戻ったのか……」
天照から重要機密である岩二の事を聞いているという事は隊長クラスのみ。だが、
「周りの者が何も言っていないという事は大っぴらに出来ない部署だよなぁ?という事は、諜報部隊の隊長様か副隊長様か。ははっ、随分な出世だ!」
娟焔は八来の言葉を黙って聞いていた。その顔にはどこか悲し気な色がある。
「今も昔も、鋭い男だな、お前は」
【諜報部隊】とは、一般の部隊には知られていない隠密部隊の事でありその存在は隊長クラスしか知らされていない。
存在しているのかしないのか分からない幻の部隊として一般隊員たちの噂になっている。
「一つ言っておくが俺は岩二であって岩二じゃねぇ。まぁなんだ、奴の記憶は持っているだけの別人だ。その事も天照から聞いているのか?」
「……聞いている、だが、そうだと割り切れないものだぞ」
懐かしそうに、だがどこか寂しそうに目を細める。
「岩二はお前が朱雀隊隊員の一番下っ端時代のときからの友人だからな。まぁ、すっぱり割り切れというのは無理か三下ヤンス?」
「そのあだ名で呼ぶのは止めてくれ」
【山住 娟焔】――――元、朱雀隊の救護班に所属し岩二 狐九狸丸の親友だった犬神使いの犬神である。
「で、何でお前が諜報部隊に?岩二の一件でやたらと諜報部隊を目の敵にしていたじゃねぇか」
岩二は第一次大厄災の時に、八雷神に操られスパイ活動を行っていた。その時彼が所属していたのは諜報部隊。
彼のスパイ活動が明るみに出ると八雷神は岩二の体を本格的に乗っ取り、陰陽庁に対して攻撃を行った。
この時、諜報部隊はというと―――――――――何もしなかった。正確には情報を各部隊に拡散するだけしておいて岩二の救出には向かわず静観を決め込んでいたのだった。
ただ一人、この事態に行動を起こしていたものがいる。それが当時の諜報部隊副隊長『法園寺 蓮生』。彼は岩二救出に動かない隊長に真っ向から意見するが聞き届けてもらえず、それならばと一人バイクに跨り法園寺家の配下に指示し共に救出に向かったのだ。
「我々はあくまで情報を取り扱う部隊。前線には不向きである」
後に当時の諜報部隊隊長はこう述べている。
この時の諜報部隊の行動とこの言葉に岩二の親友である山住は当然激怒した。以来、彼は諜報部隊を毛嫌いしている。ただ、岩二を助けている法園寺は別で今でもたまに連絡を取り合ったりお茶をしたりする仲である。
「少し前に天照に呼び出されて打診されたんでヤンスよ。『諜報部隊の隊長になってくれんか?』とね」
山住の前の諜報部隊隊長と副隊長は少し前に事故で亡くなり、空席となっていた。そこで天照は吉原で情報屋も営んでいる山住に目を付ける。
だが、山住は過去の事があってか頑なに入隊を拒んだ。その時、天照は彼をこう言って説得した。
「再び、親友の時のような悲劇は見たくないじゃろう?それを阻止するためにも入隊してくれんかのう。再びこの地に戻って来た岩二の為にも」
天照のこの言葉に山住はようやく隊長となることを引き受けたのだ。
「そう言う事か。天照の奴、やるな」
どういう訳か、代々諜報部隊の隊長は不穏な行動を起こして消えていく(消されていく)ものや事故で殉職するものが多い。第一次大厄災の時のような問題行動が再び起きては困るという事で、当時の事を未だに根強く怒り続けていた山住に白羽の矢が立ったのだろう。
第一次大厄災後、当時の副隊長だった法園寺 蓮生は部下を数名連れて諜報部隊を去ってしまった。代わりに天照の私兵の諜報部隊としての役割を貰い黄龍部隊を任されている。
(情報は多いに越したことはない……。だが、不穏な件が多かった諜報部隊を見張るのに法園寺家を私兵として置くことにしたのか)
更に諜報部隊を目の敵にしていた山住を隊長にする事で、諜報部隊の不穏な動きを封じた。
「岩二……いや、八来。アンタはご存じないでヤンスか?白虎隊に追われていた時に、アンタの情報を白虎隊長に漏らしていたのは諜報部隊の隊長と副隊長だった事を」
「え?マジで……?それは初耳だ」
「後の極秘捜査で諜報部隊と白虎隊が組んでアンタを陥れていたことが発覚したんでヤンスよ」
「もしかして、諜報部隊の頭二人が事故で亡くなったのは……」
「事故ではなく、始末されたんでヤンスよ。第一次大厄災の時の諜報部隊隊長と同じ様に」
「おいおい、前線にはほとんど出ないと言っても隊長格だぜ?そんなに簡単に殺せるのか?」
「始末したのは黄龍部隊でヤンス」
「……成程、納得した」
流石は天照の私兵、という事か。
「白虎隊に諜報部隊、色々腐っている部分が多すぎじゃねぇか?第一次大厄災の頃とあんま進歩していないじゃねぇか」
「昔に比べて腐敗部分を除去する作業の早さと上手さは進歩したでヤンスよ」
「つまり、隠蔽が上手くなっただけじゃねぇか!その為の黄龍部隊と法園寺家かよ」
第一次大厄災の時は隠蔽工作が遅れた結果、一般市民にまで岩二のスパイ活動の事が漏れてしまった。結果、彼とその一族は迫害され累神が誕生しかけたのだ。
「黄龍部隊は暗殺も担っているでヤンスからね。その役割は主に法園寺蓮生と蓮聖、銀龍、阿久津が行っているでヤンス」
「そうか……って、待て!阿久津ってアークの事か?!あの肉塊、暗殺なんて出来るのか!?」
アークとは――――――― 黄龍部隊が誇るオタク。肉襦袢巻男という名前で有名な妖チューバ―であり同人作家、そしてコスプレ衣装の製作者。『クイン・テッド』というVRアイドルを作成し溺愛しまくっている自給自足オタク。そして巨大なお肉(年中脂身増量セール)。
「へ?知らなかったんでヤンスか?彼、元々海外でとある有名な暗殺部隊に所属していたでヤンスよ」
「…………嘘ぉ」
全く想像つかない。暗殺部隊元所属者が、何故どうして今は同人活動お肉に成り下がっているのか……?
「雛が知ったら顎外すだろうな」
その雛はというと、隣の部屋で大人しく治療を受けている。
山住は先程からこちらの音声を遮断する結界をかけていてくれるので、こちらの会話は雛には聞こえていない。
「そういえば、一つ良いか?」
「何でヤンスか?」
「何故、白狐に街の連中を助ける事よりも雛を優先させた」
問いに山住が一瞬目を逸らす。
「目ぇ逸らすな。結界の事であの林副隊長に因縁付けられた時もお前達一斉に雛を庇ったよな?雛にも何かあるのか?」
「……」
「答えてくれよ、娟焔」
いつもの様に睨み付けることはせず、落ち着いた声にやや悲しみを乗せて懇願する。彼の表情と声、名前の呼び方に娟焔はハッと目を見開く。彼の目には八来と岩二が完全に重なって見えていた。
勿論、八来の演技なのだが娟焔は彼の目論見通り話し始める。
「雛ちゃん……彼女は血筋でも能力と性質でも岩二の正統な後継者だ」
「血筋と能力については俺も知っている。だからって街やあの街に暮らす者を犠牲にしてまでも守らにゃあかんのか?岩二の血縁一般には知られていないがはあちこちにいるだろう。何故、雛だけ特別扱いする?」
岩二は当時の朱雀部隊隊長と結婚し三人の子供を儲けた。ついでに言うと彼の妹も結婚して子供を儲けていた筈だ。その血は今も続いている。
「彼女は岩二の子孫の中で唯一『累神』に成る可能性を秘めているのでヤンスよ」
「『累神』だと!」
数種類の種族の血が混ざりあった結果、強大な神に成る可能性を秘めた存在。それが『累神』。
岩二は第一大厄災の後、周囲の迫害と裏切りの数々によって絶望し強力な悪神に成りかけた。完全に累神化する事は避けられたが、もし彼が累神へと完全に堕ちていたならば東京は一体どうなっていただろうか。累神の誕生こそが第二次大厄災となっていたかもしれない。
「天照がそう睨んでいるのか。その根拠は一体?」
「さぁ……?そこまでは聞かされてはいないでヤンス」
これは、今度天照に聞いてみる必要がありそうだ。
「兎に角、事情を知らない者達に雛ちゃんについてあれこれ詮索されるのは都合が悪いから何かあったら妨害するよう言われているんでヤンス」
「ちょっと待て、俺や雛についての重要機密は隊長格には知れ渡っているよな?何であいつが知らないんだ?」
「あの人、つい先日副隊長に昇進したばかりだったし李隊長も研究で忙しくてまだ説明していなかったんじゃないでヤンスか?」
「あんのマッドサイエンティスト……職務怠慢じゃねぇか」
今度会ったらあの眼鏡叩き割ってやろうか。
「軍の結界師が時間かけても解除できなかった結界を、雛が即解除できたことについて疑われるのは仕方がねーけどな」
あの時結界について林副隊長に問われたところ、雛の顔色があからさまに悪くなった。この事については後ほど彼女に確認しよう。……細かい事までは分からないが、あの様子は恐らく実家絡みだろう。彼女が落ち込むことの原因は九割が実家絡みだ。
「雛も手当終わった頃か?んじゃ、邪魔したな」
立ちあがり娟焔に背を向け、ひらひらと片手を振って部屋を出る。
「おっと」
だが、肩を掴まれ物凄い力で部屋に引き戻されてしまった。
「行ったでヤンしょ?恩人におもてなしをと」
娟焔はにっこり笑うと床に転がされた八来の前に立ち塞がった。
「VIPルームにお二人で是非泊まってくださいな、でヤンス♪」
「断る。謹んでご辞退させていただく!つうか、遥か昔は遊郭なんて経営してなかったのに何で楼主やってんだこのワン公!」
「わっち、遠い遠い昔に遊郭で生活していたんでヤンスよ?当時は付け馬(※ざっくりいうと未払い客への嫌がらせと集金担当の事)やってやんしてね?当時の事を思い出してなんとなーく」
「何となくでこんな高級店まで成長させたのか……おっかねぇな」
「さぁさ、お疲れでヤンしょ?雛ちゃんと一緒にゆっくり休んで♪」
娟焔がパチンと指を鳴らすと、隣の部屋へ通じる襖が勢いよく開く。そこには手当が終わり、あちこち包帯だらけの雛がこちらを向いて正座している。
彼女も突然の事でキョトンとして固まっていた。
「それじゃあ、私と山住さんはお邪魔なのでここで退散させていただくわ♪」
ローズはウィンクを一つして去っていった。
「こら待て、どういう意味だ!」
見ると、雛がいた部屋には大きな布団が一つ敷いてある。他に布団は無し。押入れを除いても何も入っていなかった。
「同衾しろと……」
呟いて思い出した。いつもとやってることは変わらないと……。




