増す不安と心配と
「雛ちゃん、無事!?あらぁ!!?怪我してるじゃない!!お医者様呼んで!!斎賀ちゃんの病院に早く!!」
ローズは稲荷神を退治した後、いつもの様に砂埃を舞い上げながら猛ダッシュで八来達の元へと合流した。そして、ボロボロの雛を見るなりその逞しい腕で力いっぱい抱き締める。
「ろ、ローズさん、ご無事で何よりです……」
ぎしぎしと力強く心配ホールドされつつも声を絞り出す。一応窒息しないように咄嗟にローズの腕と自分の喉の間に手を差し込み気道は確保している。
《これ、いい加減放してやらんか。お主の後ろで小娘の番……、いや、保護者が獲物を構えておるぞ?》
いつの間にやら白狐様がローズの隣に来ていた。白狐が鼻先で指し示していた先には杖を構えローズを不機嫌に睨み付けている八来の姿が。
「八来のオジサマも無事でよかったわぁ!!」
雛を片腕で抱き締め、もう片方の腕で八来も抱き締めようとするが素早く後方へと躱し杖を突き付けて牽制する。
「……言いたい事が山ほどあるが、その前に雛を離せ」
「あらやだ、ごめんなさいね。オジサマの目の前でついついヤキモチ焼かせるような事をしちゃって」
「誰が妬くか!!」
《そう言いつつ、物凄い目でローズを睨んでおっただろう。本当にお主ら番ではないのかえ?》
「「番じゃねぇ(ありません)」」
再び真顔で同時に否定する二人。
「こんなに仲良しなのにねぇ」
《人の子は難しいな》
自覚は無いのか、それとも照れ隠しなのか?
「兎に角、ローズよぉ……雛への伝言助かった」
「あら、オジサマが裏寿老人の狙いに気が付いてくれたお蔭でこの街も私達も助かったんですもの。お礼を言うのはこちらの方よ?」
騒動の最中、八来の周辺の暴徒を戦輪を飛ばして斬りつつローズは彼の指示を聞いていた。
『あのジジイ、この街を使って蟲毒をやろうとしている筈だ!雛に言って屯所と街の結界を壊すよう伝えてくれ!!蟲毒は閉鎖空間じゃなきゃ使えねぇからなぁぁぁぁ!!』
「雛ちゃんへの伝言した後で、娟焔さんから白狐様の封印解いて雛ちゃん達の手助けをしてもらうように頼んでくれって言われてね。大変だったわぁ」
《妙な結界で眠らされておったが、それを力業で叩き割り救い出してくれての。街の前にまず小娘を助けてくれというから特上油揚げ十枚で引き受けてやったわ》
「私を?」
白狐の言葉に雛は自分自身を指差し首をかしげる。
「結界を解いて玄武部隊を助けてくれたでしょ?そのお礼よ」
ローズの言葉に納得する雛の隣で、八来は顎に手をやり俯いて何かを考え込んでいるようだった。
「さ、後処理するでヤンスよローズ」
玄武部隊隊長と何やら話していた娟焔が戻り、周囲に指示を出す。
「わ、私達も何かお手伝いいたします!」
名乗り出た雛に娟焔はゆっくり首を横に振る。しゃがみ込み雛の手を取って子供を諭すような優しい声で言う。
「雛ちゃんと八来の旦那はわっちの店で手当てを」
八来は大したことはないが、雛の方は満身創痍。片眼も晴れて塞がったままだ。
「わっち元々薬師部隊にいた経験がありやんしてね。ささ、行くでヤンスよ」
有無を言わせずそのまま手を掴まれて店へと引きずられる雛。雛の手を取る寸前、娟焔の視線が遠くでがれきの撤去作業をしていた林副隊長とぶつかった。
「はいはい、それじゃお言葉に甘えましょうか」
「あ、そう言えば私のお店、消毒液切れていたのよ!山住さんのお店で余ってないー?」
雛と八来の後を追いかけるローズ。
「少々、宜しいか?」
そんな彼らの前に立ち塞がったのは一つの大きな影。否、玄武部隊副隊長の『林 蘭丸』。
「何か御用でヤンスか?林副隊長。後始末の件は先程相談した通り……」
「用があるのは貴方ではない、そこの少女だ」
雛は鬼面の奥から覗く視線にびくりと両肩を跳ね上げる。その声音、威圧感に顔を青ざめて固まってしまった。
「こいつに何か用か?」
直ぐに雛を背に庇い、蘭丸の前に立ち塞がる八来。杖を構え蘭丸の鬼面に向けて真っ直ぐに突き出した。
やや離れたところで 「うわぉ、マジ保護者」 と銀龍が呟いていたが無視しておく。
「結界を解除し、屯所を解放してくれた件は重ねて感謝する。だが、」
「だが?」
八来は不敵に笑って言葉を返し、雛は嫌な予感に体を竦めた。
「何故、誰も解除できなかった結界を貴殿がああも簡単に解除できたのか?その件で話を聞きたい」
八来の背の雛の体がもう一度大きく震える。彼女の脳裏には恐らく実家の事が浮かんでいるのだろう。
屯所を封印していた結界には雛の実家に代々伝わる結界術が使われていた。何故かは分からないが、今回の騒動に雛の実家である八塩家が何らかの形で関わっている可能性がある。
不安から、震える手で八来の上着の裾をギュッと掴む。
「疑わしいのをしょっぴくのは軍の仕事だからなぁ。まぁ仕方ないっちゃ仕方ない。だが、今日は勘弁してくれねぇか?まず、この街の後始末が先じゃねぇのかい?」
「そうでヤンスよ。まずは負傷者の手当てとがれきの撤去が先だと言った筈でヤンスよね」
八来に続き、娟焔も助け舟を出す。
「この子に構うよりも、他にやることがあると思うぜー?なぁ、蘭丸の旦那」
「何が優先か解らない貴殿ではあるまい」
「ちょっとぉ!街の守護者である玄武部隊の副隊長様がこんな所で油売っていていいのぉ?」
銀龍と蓮聖、ローズも雛を庇う。
予想外の人々からの反論に蘭丸は 「ぬぅ……」 と唸り杖の先を見つめていた。
「今日は色々あったんで、コイツちょっと情緒がよろしくないんだよ。事情聴取なら後日にしてくれや」
「しかし……」
尚も引き下がる蘭丸。その時、遠くからなにやら甲高い声が響いてきた。
「おぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁんんんんっっっっっっっ!!!」
土煙を巻き上げながら何やら小柄な影が、叫びながらこちらへ向かって突進してくる。近づくにつれ、その人物の姿が見えてきた。
白いヘルメットに大きな牛乳瓶底眼鏡、サイズが大きすぎてぶかぶかの白衣、背中には真っ赤なランドセル―――――――――――――玄武部隊隊長にして武器開発局の副局長である『李・メフィ』だ。
「とうっっっっ!!!」
白衣を翻し、空中へと高く飛翔する。月を背に三回転すると林副隊長に肩車される様に着地する。
「やーーーっと見つけたのだ!お蘭!!作業ほったらかして何やってるのだぁ!!」
「た、隊長!!わ、私は……」
「現場に早く戻るのだ!じゃないと、お面を剥がすのだ!!」
幼子の様にパンパンに頬を膨らませながら言うと林副隊長の鬼面に手をかける。
「わわわわ、分かりましたぁ!!」
鬼面に触れられると体をがくがくと震わせて取り乱し、上擦った声で 「申し訳ありません!!」 と謝罪する。
「それじゃあ、吾輩達は仕事に戻るのだー。八来に八塩、うちの副隊長が怖がらせてしまってごめんなのだー。お蘭は真面目に仕事してただけなので許してほしいのだ!今度お詫びに吾輩の大好きなドーナッツプレゼントするので許してほしいのだ!」
林副隊長の肩から飛び降りると、メフィーは林副隊長と共に深々と頭を下げる。
「……いえ、そんな」
雛はまだ青い顔で八来の服の裾を掴んだまま、メフィー達に向かってゆっくりと首を横に振る。
「それじゃあ、またね!なのだ!!」
再び林副隊長に肩車してもらうと、二人は八来達に背を向けて現場へと戻っていった。
「おいコラ雛、大丈夫か」
「はい」
応える声も元気がない。
(いつもならドンパチやった後はテンション高いのになぁ。実家絡みとか、雛にとって一番の地雷じゃねぇか)
雛が林副隊長に疑われた理由から、彼女の不安について何となく察しがついた。
「…………んじゃ、とっとと山住の店に行くぞ」
八来はそれ以上何も言わず黙って歩き、雛は八来の上着の裾を離すことはなく彼に付いていく。
互いに伝えなければならない言葉を飲み込んだまま。
「兎に角、一件落着ってとこかね」
銀龍が辺りを見回すと、家々や街の入り口に掛けられていた結界は消え人々や妖怪たちが外へと出てきていた。街の入り口からは他の部隊員が現場の後片付けと消火活動に加わっている。この様子だと直に鎮火するだろう。
「一応はな」
蓮聖は眉間にやや皺を寄せながら半壊した街を見ている。
死者は出ていないものの、半壊してしまった街。元凶の裏寿老人は逃亡し、不安の爪跡は深く刻まれることとなる。
「太母様に報告せねばな、だから」
そっとその場を離れようとした銀龍の首根っこを素早く掴む。
「今日はナンパも遊郭もお預けだぞ」
「いやあぁぁぁぁ!やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「報告と皆への連絡が終わったら三日間遊郭で遊ぶのは許可してやる。それまで我慢しろ!!」
「そんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
街灯も壊され、闇が覆う街に銀龍の悲鳴が響き渡った。




