狐、吠える
吉原の街に大量発生した『鬼』の紛ツ神と裏寿老人の分身。
紛ツ神は解体屋と玄武部隊が、裏寿老人の分身は娟焔と彼の犬神、美琴と林副隊長が応戦している。
紛ツ神は牙により噛みつきと刃での斬撃を織り交ぜながら隊員を襲い、彼等を援護するように裏寿老人の分身たちが結界を張って隊員の攻撃を無効化しにかかる。
裏寿老人達に攻撃を仕掛けるも、反発の性質を持つ結界に阻まれて手も足も出ない。
「……かなりマズイでヤンスね」
裏寿老人の本体を探す娟焔。狗の姿に戻り、ある匂いを探しているがこれだけ人と濃い血の匂い、オイルと鉄錆の匂いが混じっている為に難航している。
そして裏寿老人達と紛ツ神の隙の無い連携。
玄武部隊の結界師たちが必死で結界を解読しているが、解読中に襲われてしまい解除もままならないときている。
「ローズ、早く…!このままでは……」
街中を走り抜け、裏寿老人を探す。そこでふと、ある匂いに気が付く。
もしやと思い裏通りへと入り、壁のある一点を凝視する。
そして、無言で壁に噛みついた。
歯に柔らかいものが当たる感覚。そのまま食いつき、横へと振り回す。
「ひょおっ!?」
何も無い筈の空間から引きずり出されたのは裏寿老人。
「いやぁ、ばれるとは思わなん……だっ!?」
娟焔は腕に喰いついたまま振り回し、地面へと叩きつける。叩きつける寸前、裏寿老人の腕を捻り折ることも忘れない。
「確保」
人型に戻り、苦痛に呻く寿老人の腕を紐を使って素早く後ろ手で縛る。
「……あれだけ分身を作り、その全てにワシと全く同じ匂いを付けておったのにどうしてバレた?」
「お馬鹿さんでヤンスね。お前は雛ちゃんと接触したでやんしょ?」
「ほほっ、しもうた。ワシとしたことがウッカリしておったわ。血の匂いやら紛ツ神の機械臭い匂いでも誤魔化しきれんかったわ。八塩の娘本人もおらんし、そうなるとあの娘の匂いがするのは儂ただ一人。犬神を舐めとった」
拘束されたにも拘らず、カラカラと明るく笑い飛ばす。
「で、あの結界で飛ばされた者達は何処にいるのでヤンスか」
裏寿老人の喉元に娟焔の鋭い爪が突きつけられる。
「ワシが作り出した奇門遁甲を改良した結界の中よ。ちょっとやそっとでは破れんようになっている上に、紛ツ神も一緒に送り込んだ。そうそう滅多な事では出られんよ」
夕闇の空を仰ぎ、笑い続ける。
その空に、二点の光が見えた。その光は徐々に大きさを増し、その中から飛び出す人影があった。
「おっし!出られたぁ!!」
「貴様、何故俺をお姫様抱っこするのだ!?」
「出られましたよ!八来さん!!」
「よし、裏寿老人(クソ若年寄)を殴りに行くか」
銀龍、蓮聖、雛、八来、の四名が地面に無事着地する。着地したのは裏寿老人と娟焔の目の前。
「いわ……八来殿!皆も無事だったでヤンスか!!」
「この通り、全員無事だぜ楼主さんよ。そんでもって……おいコラこのクソ若年寄!帰ってきてやったぜぇぇぇぇぇぇぇ!!覚悟しろぉぉぉぉぉぉぉ」
指の関節をバキバキと鳴らし、鬼の形相で裏寿老人を睨み付ける八来。
「おお、恐いコワイ!いやぁまさか、あの紛ツ神を倒し結界を破るとは。今回は儂の計算がガバガバに甘かったのぅ。ふむ、だがしかし、これも勉強じゃな」
「お前には話してもらわなきゃならねぇ事が山ほどある。大人しく、しょっぴかれるんだなぁぁぁあぁぁぁ!その前に、ボコる!」
八来が胸倉をつかみ、拳を振り上げた次の瞬間。
どおぉぉぉぉぉぉんっ!!
巨大な地響きと共に地面が大きく裂け、血の底から巨大な銀色の像が出現した。それは巫女装束を纏った巨大な女性で顔は狐面で隠されている。
「な!?なんでしょうか、あれは!?」
「ははっ!時間を稼いだ甲斐があったわい!蟲毒として街の者を争わせ、流れた血を媒介に造り出した紛ツ神『稲荷神』じゃ!!ははははははは!!この勝負、ワシの勝ちじゃあ!!!」
勝利を宣言する裏寿老人の左頬に八来の拳がヒットする。
「この野郎……」
八来は胸倉をつかんでいた手を離し、忌々し気に鳩尾に蹴りを入れる。
「随分と面白そうな物を出しやがって。しゃあねぇ、まだ食い足りないとは思ってたところだ」
「早く行きましょう!」
八来と雛は、玄武部隊の屯所よりも大きな紛ツ神を前に目を輝かせている。新しいおもちゃを前にはしゃぐ子供の様な瞳のまま、紛ツ神の元へと向かおうとする。
「ちょっと待ってくれ」
蓮聖が走りだろうとする二人を止める。彼が指差した先には、屋根の上で戦輪を手に真っ直ぐ巨大紛ツ神を見据えているローズの姿があった。
ローズだけではない、スーツを着た青年や美琴、林副隊長もいる。
「間に合ったでヤンスか!」
娟焔は目の前の建物の壁を走って上ると屋根の上に立つ。
娟焔とローズ達は素早く印を組むと、稲荷神の紛ツ神の目前に先ほど雛を助けた白狐の姿が現れた。
《金剛縛》
白狐が呟くと梵字の刻まれた白い帯が幾重にも稲荷神に巻き付き、動きを封じる。
《そのまま砕け散れ。妾達の街をよくも汚し、破壊してくれたな!!この街の者と妾の力を思い知れ!!!》
白狐の怒りの咆哮と共に巨大紛ツ神は白い帯に包まれゴキゴキと嫌な音を発しながら徐々に小さくなっていった。ややあって、帯が解かれると、そこに紛ツ神の姿は無かった。あるのは砕かれ粉となった金属の成れの果てのみ。
巨大な紛ツ神が消えた後、白い帯は細かく裂け次々と餓鬼の紛ツ神や裏寿老人の分身に巻き付き無力化しにかかる。
「ちっ、美味しい所を持ってかれたな。つまらねぇ……」
「仕方ないですよ。これ以上の被害を食い止めることが出来たんだから、拗ねらないでください」
子供の用に唇を尖らせ不貞腐れる八来を雛が慰める。
「裏寿老人。とっておきも壊されて、残念だったな」
銀龍の言葉に裏寿老人はため息をつき、やれやれと首を横に振った。
「はぁ……ワシもまだまだ……駄目じゃのう」
俯き、舌を出す。その舌先に載っていたものを見て銀龍が血相を変えて叫び出す。
「皆、ここから離れろ!!あれは超小型爆弾だ!!!」
全員が退避しようとする中、雛だけ逆に裏寿老人に向かって突っ込んでいく。
裏寿老人は小型爆弾を歯で噛みスイッチを起動させようとしたが、助けようとした雛が口の中に手を突っ込み小型爆弾を取り出す。
だが、一瞬遅かった。
既にスイッチが起動されていた爆弾は爆発し閃光の後にもうもうとした土煙が辺りを覆っう。
「あの馬鹿がっ!!」
八来は慌てて縁繋ノ鎖に手をかけ雛を手元へと引っ張る。すぐに雛は八来の元へと引っ張り出された。五体満足で清姫に付けられた傷以外怪我らしいけがも増えていない。
爆発の寸前、全身に結界を張ってダメージを無効にしたのだ。結界を張るだけの力はほとんど残っていなかったが、先ほどの戦闘と同じ様に瘴気も練り込んだおかげでぎりぎり自分一人分の結界を張れた。
「裏寿老人の奴は……」
やがて土煙がおさまり、爆発のあった場所を見るとそこに裏寿老人の姿は無く、代わりに一枚の書き置きが残っていた。
そこにはやたらと達筆な文字でこう書かれていた。
『今回は勉強になった。若人たちよ、ありがとうな』
「馬鹿にしてんのか!あのクソジジイがっ!!!!」
八来は叫ぶと紙をぐしゃぐしゃに丸め、地面に叩きつける。
「おーおー、八来のダンナ荒れているなー」
「多分、闘い足りなかったからだと思います」
「それならば今度法園寺に来てみたらいい。芭蕉宮の手が空いていたら手合わせしてもらえるように掛け合っておこう」
蓮聖の言葉に八来が素早く反応する。
「本当か!」
「芭蕉宮もお前達に会いたがっていたから丁度いいだろう」
蓮聖と芭蕉宮のやり取りを聞いて、雛の症状が曇る。
八来は自分の物ではないのに、何となく『取られた』ような気分になって複雑な気持ちになる。
随分と我儘になってしまった自分の気持ちに気付いて、増々落ち込んでしまった。




