音と炎と疑問
聞いたことも無い言葉が自然と口をついて出た次の瞬間、雛の目の前に音の衝撃波が生じて清姫の攻撃を打ち消してしまった。更に攻撃を無効にしただけではなく、清姫を吹き飛ばして建物の壁へとめり込ませる。
「…………え?えぇぇぇぇええぇぇ!!??」
何が起きたのか訳が分からない。何故か自分は影絵で見るような狐の手の形をとって、聞いたことも無い言葉を口にした途端衝撃波が出た!!??
意外!それは私の無意識の行動だ!!
《動揺してる暇は無いぞ?ほれ、ちゃっちゃっと退治してしまえ》
再び聞こえる女の声。清姫は壁から体を抜くと雛へと走り出す。
「いや、あの、どういう事でしょうか?そしてあなたは誰ですか!?」
「雛ぁ!独り言呟いてねぇで、目の前に集中しろ!響結界使えるんならさっさとやれぇぇぇ!!!」
八来は川姫の水飛沫の弾丸を躱しながら、雛を叱り飛ばす。細かい水の飛沫の弾丸を撃ち合いその隙を縫って攻撃を仕掛けるが、川姫はひらりと躱していく。その激しさはとても雛へと加勢できそうにない。
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
先程の感覚を思い出しつつ、呼吸を整え残り少ない気を体内で練り込む。すると、雛の体から僅かながら瘴気が発せられた。
「え!?」
動揺して折角練り上げた気が散ってしまった。その隙を逃さず清姫が口から業火を発した。
《ほれほれ、早うせんか。今は細かい事に構ってはいられぬだろう?》
雛は意を決して気を練り直す。今度は拳を構え、正拳突きを繰り出した。
ゴゥンッッ!!
すると、拳撃が風を切り、発せられた音が衝撃波となって再び清姫を襲い吹き飛ばす。
「――――――っっ!!???!?」
何が一体どうなっているのか!?何故自分は衝撃波を操れる?無意識に発した言葉とあの狐の形の手は?そして、自分の脳内に響く声は?
《お、結界の綻びが少し大きくなったようじゃの。よし、向こうとこちらの通信がしやすくなったな》
雛の目の前に白い靄がかかり、徐々に何かの形をとる。やがてそれは一匹の白い狐の姿へと変わった。
「狐さん?」
《いかにも、吉原で祀られている白狐じゃ。ある者から泣きつかれて手を貸したまでのこと。本来は街のもの以外には手を貸すことはほとんどないのじゃが……まぁ今回は街の危機じゃ、致し方あるまい》
それに、と雛を見上げて微笑む。
《お主、半分とはいえ同胞の血を引いておる。これは捨て置けぬ》
「同胞……?」
白狐の言葉の意味が分からず首をかしげる。すると、雛の顔の横を火の玉が通り抜ける。
「あ、清姫さん復活されましたね」
《お主、呑気じゃな》
雛の衝撃波で吹き飛び、地に伏せていた清姫が起き上がり口から次々と火の玉を吐き出してきた。
「破っ!」
体内の気を圧縮し、身体の奥底から発せられた瘴気と共に練り込むと拳に乗せて撃ち出す。
ヒュゴッッッ!!!
雛の拳からは衝撃波が、そして一拍遅れて炎が噴き出した。
衝撃波で清姫の火の玉は吹き消され、今度は雛の放った炎が紛ツ神を包み込む。
「…………」
人は、あまりの衝撃的な出来事が起こると言葉を失うという。雛は口をあんぐり開け、突きを放った姿勢のまま固まった。
ナニコレ ドウイウコトデショウカー?
「ぼうっしてんじゃねーーーーーー!!!とっとと止め刺さねぇかっっっっっ!!!」
「す、すいませんっ!!」
またも八来のお叱りにより意識を引き戻され、慌てて清姫に飛び蹴りを仕掛ける。
試しに言葉に気を乗せ、生じた衝撃波を使って飛んでみた。すると、いつもの倍も加速出来あっという間に清姫の胴体に大穴を開けることが出来た。紛ツ神の体を突き抜け反対側にまで飛んだ雛は、地面に足を付くとすぐさま方向転換し燃える清姫の体にダメ押しで拳の連撃を入れる。
「破ぁあぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
自らが発した炎は触れても熱くもなんともない。苦し気に体を震わす清姫の体に雛の拳が次々にヒットし、罅割れ、炎と共に消えていく。
「よし!終わりましたよ、八来さん!!!」
主人の命令通りの行動が出来た犬がご褒美を貰いに行くような満面の笑顔で八来へと駆けていく雛。
「よくやった、雛ぁぁあぁぁぁ!!」
清姫が片付くのを目にした瞬間、八来は口の端でニヤリと笑い指をパチンと鳴らす。
すると、地面の水溜まりが蠢き巨大なドリルとなって川姫を貫いた。止めとばかりに背の蛇から水のレーザーが一斉に放たれ川姫を粉々に砕いていく。
「こちらも終了だ」
紛ツ神を片付けた後、飛び込んできた雛の頭をいつも通りやや乱暴に撫でてやる。
「俺の手助け無しに片づけてきたな。よしよし、よくやった!」
実はすぐに川姫を片付けることは可能だったが、雛に加勢できる状況を作って甘やかすのもどうかとわざと手を抜いて闘っていたのだ。
「ありがとうございます!あ……でも、この方に手助けしていただきまして……」
雛の横には白い狐が鎮座している。
「お前さんが雛にあれこれ言っていた神様か?」
《これ、口の利き方に気を付けよ。妾は吉原の守護神ぞ》
「こりゃどうも、失礼致しました。で、その吉原の守護神様は街の状況が大変だというのに何をなさっていたのでしょうかね?」
神を目の前にして八来は腕を組むとどこか小馬鹿にしたような物言いをする。
《……なんぞ腹の立つ男じゃのう》
「八来さん!神様に対して失礼ですよ!!」
「分かった分かった、そう怒るなよ」
「天照様に対してもいつも慇懃無礼が過ぎます!八来さんは私よりももっとずっと人生の先輩なんですから、もっとちゃんとして下さい!!」
「はいはい、悪かった」
「反省していませんよね!」
《やれやれ、騒がしい番じゃな》
『番』という単語に反応したのか、二人は同時に言葉を止める。
「「いや( いえ)、番じゃ無ぇよ( 無いです)」」
そして真顔で同時に否定をする。
《……そうか》
それだけ息ぴったりで仲が良いのに番ではないのは意外だ、と白狐はやや呆れ顔。
「話を戻そう。白狐様とやら、あんた雛に一体何をした?」
《なぁに、軽く憑依して能力を引き出す手伝いをしてやっただけの事》
「は!?」
八来の額にたちどころに青筋がくっきり浮かび上がる。
《安心せい、今は憑依を解除している。中々面白い能力を持っているのでな、ちょいと突いて切っ掛けを作ってやっただけの事》
八来は腕を組み、渋い顔のまま額に手を当てて頭を振る。
「マジかよ……段階踏もうと思ってたのによぅ」
八来の青筋の訳も、白狐の言っている雛の能力の事も、地下闘技場での出来事を忘れている雛にとって全く分からなかった。
八来としては雛の血筋と能力の事は、意外と繊細な彼女が混乱しないように段階を追って徐々に教えていくつもりだった。それがここに来て能力の件が一気にばれてしまったのだから、ため息をつかずにはいられない。
「八来さん……?」
八来の苛立った様子に、雛はおろおろしながら顔色を窺っている。
「雛、俺達に聞きたい事は……あるよな?」
雛から目を逸らし、やや気まずそうに口ごもる。
「はい……」
聞きたい事。
自分の能力の事と、何故瘴気が自分の身体から発せられたのかという事。
彼は、何か知っているのか?
「すまないが、質問コーナーは全部が終わってからにしようか。今はここを出るのが先決だ」
「はい」
八来は、何か知っている。
ならば何故、黙っているのか。
「……」
考えていても仕方がない。彼の言う通り今はここから出るのが先決だ。
《ここを出るならば、街の入り口に結界の綻びがあったぞ》
白狐は二人が捕らわれた空間の僅かな綻びを突いて向こうからこの偽物の吉原へと通信を行っている状態らしい。
「結界なら、雛の出番だな」
「はい」
八来さんは、優しいから自分の事を思って能力の事を秘密にしてくれていたんですよね?
そう、全てが終わったら聞いてみよう。
「では……」
結界に手を振れ、解析し、手を加えて丁寧に結界を解除していった。構造は玄武部隊の屯所の入り口に掛けられていたものとほぼ変わりがない。唯一の違いは雛の家の結界術が使われていない事だ。
綻びを見つけ徐々に大きくしていくと、黒い結界が罅割れ隙間から光が溢れ出してきた。
「結界の解除成功しました!」
「よし、それじゃあ裏寿老人をボコりに行くか」
光は徐々に大きくなり二人と一匹を包み込んでいった。




