消える者達と吠える犬神
「~~~~~~~~~~~っ!!」
一瞬、意識が白濁し次いで重い痛みが額から後頭部へと突き抜ける。目の前に星が飛び、思わず膝を付いてしまった。
「八来さんっ!落ち着いてください!!いつもの八来さんらしくないですよ!!!」
強烈な頭突きをかましてくれた雛は叱咤しながら八来の腕を掴んで無理やり立たせると、目の前の裏寿老人をキッと睨み付ける。
「八来さんはそこでしばらく頭を冷やしててください!」
黄金の篭手を纏い、裏寿老人へと拳撃を仕掛ける。
「ほほっ、お嬢さんも猪突猛進型かね?」
黒い結界が寿老人の目の前に展開され、雛の拳がその結界目掛けて振り下ろされ―――――る寸前で動きを止めた。
握りこまれた拳を開き、結界に軽く触れる。
「んっ!」
途端、雷に打たれたような衝撃が身体を駆け巡るが歯を食いしばって意識が飛ばないように耐えながら結界の構造を解析していく。
「こ、こ、ですねっ!!」
感じたのは一点の綻び。そこに己の気を集中して叩き込み、穴を広げていく。
「ひょっ!?」
黒い結界の中心にポツリと黄金の点が現れ、そこを中心に徐々に金色の日々が広がっていく。
「てやぁぁぁぁぁあぁぁっっっ!!!」
雛の篭手の輝きが増し、黒い結界は音も無く砕け散っていった。結界が崩壊した瞬間、ノーガードの裏寿老人の顔面に雛の拳が、八来の杖の突きがヒットする!
「八来さん、頭は冷えました?」
雛の背後から杖を振るった八来へと振り返る。雛の石頭が直撃した額はまだ赤く、やや涙目で八来は鼻を鳴らした。
「ああ、お陰様でバッチリと冷えたぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
頭蓋骨に罅入ったけどな、とぼそり呟く。
雛のお蔭で頭に上っていた血はある程度下がってはくれた。礼に明日の朝ご飯は雛のリクエストに応えてやろう。頭蓋骨に罅入ったけどな。
後方に吹っ飛ばされた裏寿老人は木の杖を地面に突き刺し踏みとどまる。口の端が切れて滲んだ血を指で拭うと雛を指差す。
「お嬢さん、八塩家の長女じゃったか……?不出来とは聞いていたが、どうやら間違いじゃったようだな。ワシの結界構造を短時間で解析して綻びに気が付くとはな。ほっほっほ、ワシもまだまだということか」
『八塩家』と『不出来』、この二つの単語に今度は雛の動きが止まった。
「お前まで動揺してどうするよ!今は聞くな、聞きたい事は捕縛した後だ!シャキッとしろ!!」
固まる雛の背を多少乱暴に叩いて一喝する。
「何度も笑わせる話は止めてくれ。お主らでは無理じゃというに」
不気味な笑みを張り付けたまま、裏寿老人は懐の懐中時計に目を通す。
「そろそろか」
意味ありげな一言。そして視線の先には倒れた暴徒を避けながら走ってくる銀龍と蓮聖の姿があった。
「お二人さん、そいつが元凶かーーー?」
裏寿老人から漂う瘴気を感じて、銀龍が懐から三本のナイフを投擲する。裏寿老人は黒い結界でそれを難なく弾き飛ばしてしまった。
「金剛縛」
蓮聖が印を組むと裏寿老人を取り囲むように地面から黄金の鎖が現れ縛り付けようとする。裏寿老人は杖を回転させて鎖をすべて巻き取り、もう片方の手で印を組む。すると、鎖は黒く変色し、罅割れボロボロと地に落ちて消えていった。
鎖が地に消え、頭上から一陣の風が吹く。
風の主は三人。林副隊長、美琴、そして娟焔。一人は槍を、一人は扇を、一人は爪を裏寿老人に向ける。
「ほぅ」
寿老人目掛け竜巻が彼を襲う。だが、風が収まった後、彼の姿は煙の様に消えている。
「ある程度役者が揃ったか。ではでは始めるとするかのぅ」
声は彼等のすぐ近くの宿の屋根からだった。
寿老人が杖の先で屋根瓦を二回軽く突く。すると、暴徒達が再び起きあがった。
今度は全員が全員白目をむき、がくがくと痙攣したかと思うと手足の関節が逆に折れ曲がり捻れ避けた皮膚からは銀色の金属が見えた。
「実はな、蟲毒の実験もしたかったが作った紛ツ神の失敗作の在庫処分もしたくてのぅ。あるだけ全部持ってきてしもうたわい。打たれ強いのとやや力が強いだけが取り柄で後は特筆すべきところは無し。いやはや、失敗失敗」
暴徒の筋肉が盛り上がったかと思うと、皮膚が避け中から金属と赤や黄色や白いコードが飛び出してきた。歯がボロリと砕け、代わりに銀色の金属の鋭い刃が生える。額の一部分を突き破って鈍色の角が飛び出した。
「若いの、出来損ないの廃棄品集団と遊んでくれんかのぅ?なぁに、好きなようにバラしてくれてかまわん」
それと、と付け加え、今度は杖の先を天へと向ける。今度は雛達のすぐ目の前の地面から何かがどろりと黒い粘液を滴らせて生えてくる。
「こちらは人をベースにせずに作ってみた紛ツ神じゃ。久しぶりに作ったら面白いものが出来たわ」
地面から出てきたのは、着物を着た一人の女性―――――の姿をしたマネキンだ。奇妙な事に頭が二つあり、一つは怒りに満ちた鬼女、もう一つは妖艶な女の顔をしてみた。
もう一つのマネキンは焼け焦げた着物を着ており、片手には行燈を持っている。その顔は悲し気で目じりには樹脂で作った涙の滴が光る。
「惚れた男を釣鐘下に焼き殺した『清姫』と男を誘惑し川に引きずり込む『川姫』を混ぜた『清川姫』。もう一体は『八百屋お七』の紛ツ神じゃ。この娘達とも遊んでくれ」
寿老人が指を鳴らすと、八来と雛と清川姫、銀龍と蓮聖と八百屋お七が黒い球体に包まれる。
もう一度指を鳴らすと球体は小さくなり最後には消えてしまった。
「彼らを何処へやった?」
いつもの口調も剥がれ、瞳孔が開いたままの娟焔が裏寿老人へと爪と牙を向いたまま襲い掛かる。
「ちょっとした特設ステージへご案内したまでじゃよ」
応える寿老人の額に娟焔の爪が突き刺さる。だが、爪が貫いたかと思われた瞬間にその姿は煙のように消え失せる。
そしていつの間にか娟焔の背後に回り、杖の先を彼の頸動脈へと当てる。
娟焔は人型から獣の姿へと姿を変えて杖の先端から逃れると、一度後方へと間合いを取った。
「先日、この街で原点回帰派のメンバーの死体が発見された。あれはお前の仕業でヤンスか」
過激派のリーダーの不自然な死体。
勿論、四神部隊は過激派のアジトを探すなど情報を集めたが成果は得られず。穏健派にも情報を呼びかけたが彼らは一切有益な情報を持ってはいなかったのだ。
「ああ、あの男はちょっとした実験に使おうと思うたがワシの計画を事前に知られてしもうてな。逃げようとしたところを誤って殺してしもうた」
「あの場所に死体を置いた理由は?」
「持って帰るのが面倒だっただけじゃよ。公衆電話から連絡を入れたのはちょっとした悪戯心半分、もう半分は宣戦布告のつもりじゃった」
「宣戦布告とはまたふざけた真似が好きな若年寄でヤンスこと」
娟焔が裏寿老人と会話し注意を引き付けている間に、美琴は町の出入り口に張られた黒い結界に触れる。雛と同じように解析を試みるが、どういう訳か何も読み取れない。例えるならば深い霧の中で目的地を探すような感覚に似ている。何度も何度も結界の構造を探るが全て無駄に終わってしまった。
林 蘭丸副隊長は、小鬼の紛ツ神と化した過激派を相手に獲物を振るい美琴に彼等が近づかないように守っていた。
「元・朱雀部隊隊員の山住 娟焔というたか?ワシに構ってばかりでいいのかのぉ?ほれほれ、住人が大量の紛ツ神に喰われるぞ?」
いつの間にか、屋根の上や道端、至る所に寿老人が居た。何人もの寿老人は娟焔達を見て笑っている。
「……甘く見られたものでヤンスね」
娟焔は懐から人を模した数枚の紙細工と細い竹筒を数本取り出す。
「『犬神使いの犬神』を侮っては困るでヤンスな」
竹筒には油紙と赤い紐で蓋がしてあり、口で紐を外し先端を天へと向ける。すると煙と共に大小さまざま犬種も様々な犬神が飛び出した。
続いて紙細工をばら撒くと娟焔が街のあちこちに出現する。
「裏寿老人とやら、わっちと鬼ごっこと洒落込もうじゃないでヤンスか」
娟焔の指笛が合図となり、犬神達は紛ツ神集団を噛み殺しにかかる。娟焔の分身たちは犬神へと姿を変え裏寿老人達へと攻撃を開始した。
「蘭丸は一般人の救助を!美琴は紛ツ神退治を頼むでヤンス!!」
蘭丸と美琴は頷き、それぞれの行動を開始する。
(まさかあの子たちが何処かへ飛ばされるとは……。ローズ、急いでくれ)
娟焔の脳裏に浮かんだのは、消えた八来の姿。
「岩二……」
いや、遥か昔に人を愛し裏切られ、最期に人に愛された友の姿だった。




