蛇、怒りに吠える
入り口付近にたどり着くと、結界の向こう側には人だかりが出来ていた。夜になり人が最も多く訪れる時間だというのに透明な壁に阻まれて街に入れないのだから騒ぎになるのは当たり前か。
騒ぎを聞きつけたのか玄武以外の四神部隊の姿もちらほらと見えた。
「今、解除します」
雛が結界に手を触れようとした時、背後から殺気を感じ咄嗟に横に避ける。
暴徒の一人が鉄パイプを雛の頭目掛けて振り下ろしたのだ。
「抵抗するなよ!抵抗するならまずこの男から殺す!!」
男の腕には気絶した一人の青年が抱えられていた。
「分かりました……」
雛は項垂れ、構えを解いて大人しく両手を上げる。
無抵抗の雛に殺到する暴徒達。
「ごめんなさい」
暴徒が殺到する寸前、雛は小さく呟いて顔を上げる。
瞬間、雛の姿が消えた。
そして、人質を取っていた男がくぐもった声を上げて白目をむき床に崩れ落ちる。その横では人質を奪還した雛の姿があった。
雛は獣のように低い体勢を取ると瞬時に暴徒達の間を縫って移動し、人質を取った男の鳩尾に一撃を入れ気絶させたのだ。
「大丈夫ですか?」
人質にされていた男は、雛がぴたぴたと頬を叩くと僅かに眉根を寄せ唇を震わせる。
「ん……」
男はゆっくりと目を開け―――――――――た瞬間、視界がグルンと回った。
「―――――――――――――――っ!?」
「目覚めた早々すいません!!」
雛は男が目を覚ました瞬間、殺到してきた暴徒を躱す為に男を肩に担いで走り出した。
「結界を解除したら、外で待機している薬師部隊の方の所に行きますので!それまでもう少し我慢してください!!」
男を肩に担いだまま、雛は跳ねる、暴徒の頭を踏みつけたまま高く飛ぶ!
「あああああああああ!?」
ジェットコースターの様な重力と浮遊感の連続に担がれた男は目を白黒させて悲鳴を上げる。
「空中ならっ!邪魔は入らないですから!!」
そのまま結界の壁へと飛び、手を触れる。出入り口の結界は屯所に張られたものと構造が全く同じだった。これならすぐに解除が出来る。
「いかんなぁ」
肩の男の呟きが聞こえたかと思うと、雛の左肩に鋭い痛みが走った。そのせいで結界解除の作業が中断され、雛は男を突き飛ばし地面へと落下する。
「な、何を!?」
地面へ激突する瞬間、猫のように回転し膝を曲げて着地する雛。
男は重力がなくなったかのようにゆっくりと地面へと落下。ふわりと着地すると、血に濡れたナイフを手にニコニコと機嫌よく笑う。
「これこれ、助けた男を放り投げるんじゃあないぞ?驚いたわい」
男は外見と声に似合わず年寄りめいた口調で語ると、雛に刃先を向けたまま牽制しつつ結界に手を触れた。すると、先ほどまで透明だった結界が黒く濁り更に濃い瘴気を帯び始める。
「人が苦労して張った結界を壊してはならんぞ。全く、ワシの蟲毒を邪魔するとはけしからん」
どこからか木の自然な反りをそのままにして作った杖を取り出し、その先で地面を軽くトンと付く。すると、辺りの暴徒達の動きが止まった。
「蟲毒……?」
浅く斬られた肩を押さえながら雛は男と距離を取る。男は依然として不気味な笑顔を浮かべたまま、ナイフの刃先は雛に向けられていた。
「血気盛んなものが多い街じゃて。被害を外に向けんように自分たちで始末することを優先すると思ったんじゃがのう。蟲毒に気付きそうな娟焔は気絶させたから大丈夫かと思うたワシが甘かった。いやはや、術に敏感な者がもう一人おったか」
男の視線が雛から外れる。その先には杖を構えた八来が地を蹴り男へと襲撃をかける姿があった。
「てめぇが元凶かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
男は一切動じず、ナイフを八来へと投げつける。八来は杖でナイフを弾くと、そのまま男へ水の刃を纏った杖を向けた。
「やれやれ、奇襲に声を上げるとは……知能がちぃと落ちたんじゃなかろうか?失敗作め」
男は木の杖をくるりと目の前で回すと黒く濁った結界が壁のように立ち塞がった。八来の水の刃は結界に当たると弾き飛ばされてしまう。
「ふむ、反発の結界も中々使えるな。お主の様な猪突猛進型には有効じゃて」
八来は後方に弾かれるが、空中で体を捻って着地し雛の方へと向かう。
「雛、お前こいつに肩やられたのか?だらしねぇな」
「すいません、油断してました」
「反省会はこれが終わった後だ。今はコイツを捕らえるのが先だ」
八来の言葉に男は盛大に吹き出した。腹を抱え「ひゃっひゃっひゃ!!」と涙目で笑いだす。
「そこの若いの、昔と同じことを言うでない!あれか?お笑いの天丼か?」
「あ?」
この男、昔何処かで会った事があるかのような口ぶりだ。頭の奥底で何処かが引っかかる感じがする。
「何じゃ?まだ記憶が戻っとらんのか?ほれ、ワシじゃ、あの実験施設で会うたじゃろ?」
「実験施設……?」
「覚えとらんかぁ?ほれ、ワシがお主を捕らえ、身体を切り裂き、頭の中をちょいと掻き混ぜてやったことを?」
男の言葉に八来が目を見開き、身体をビクリと震わせる。
「八来さん?」
雛が心配そうに声をかけるが八来は反応しない。数秒そのまま黙って固まっていたが、突然狂った様に大声を上げた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!てめぇは、てめぇはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
声は周囲をビリビリと震わせ、雛も驚いて身を竦める。
「てめぇは、あの時の!!!!」
八来は怒りの声を上げると、背中から八匹の龍を出し水のレーザーを男に向ける。
「思い出したか、失敗作よ。ひょっひょっひょ、蟲毒の術式を見抜いたのはお前か?そう言えば実験段階で同じことをしたのぅ。いやはや、失敗失敗」
男は再び瘴気の壁で八来の攻撃を跳ね返す。八来は真っ直ぐ反射された水の攻撃を避けると、憎々し気な視線を男に向ける。
「そう言えばあの時は名乗っていなかったな。まぁ、実験生物に名乗る研究者もおらんか。ワシの名は『裏・寿老人』じゃ。ほれ、お前達が以前に虐めてくれた『裏・弁財天』の仲間じゃて」
八来が正気だったならば、 「人聞きの悪い事を」 と吐き捨てていただろう。だが、今の彼は怒りで平静を失っている。
再度、レーザーでの攻撃を仕掛けるが結果は先程と同じで全て反射されてしまう。
忘れない
許せない
俺を捕らえ、拷問したことを!
仲間をだまし、襲わせ、裏切者の汚名を着せたことを!!
「俺をこの体にして、強くしてくれた事だけは感謝している。だがなぁ……隊長と副隊長をそそのかし、仲間をだまし、俺を嵌めた事は許せねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
攻撃を弾かれるが、八来は構わず仕掛け続ける。八来の後ろで防護していた雛は彼らしくない様子に意を決して飛び出した。
「八来さん!」
もう一度攻撃を仕掛けようとした八来の目の前に雛が立ちはだかり、勢いよく飛びついた。邪魔だと振り払おうとするが雛は八来の両肩をしっかりと掴み彼の顔に自分の顔を急接近させる。
「落ち着いてください!」
雛の顔が近づき、そして――――――――
ごいぃぃぃぃんっ!!!
額に重い衝撃を受け、八来の意識は真っ白になった。




