吉原に舞うは銀の龍と輝く蓮の華
「行っちゃったなー。あっちのコンビは似た者同士というか、中々お似合いじゃないか?」
世間を知らずに育ち、胸の内に秘めたものが狂気と知らず生きている雛。
狂気を戦いの場で所かまわず自由気ままに吐き散らし、変わってしまった自分を受け止め生きる八来。
放つ狂気と秘める狂気は同じなら、生の果ての望みも同じもの。
相思相愛にして相死相愛、根っこでもきちんと繋がり合っている二人の関係が銀龍には羨ましい、そして眩しく思っている。
「俺達も楼主殿を手当したら行くぞ」
三浦屋に残された銀龍と蓮聖。負傷した娟焔を奥の部屋へと運び手当を始める。
結界を破られた反動で付いた傷は、幸いそれほど深くはなかった。問題は中へのダメージ、つまり精神の方だ。娟焔程の妖怪ならば精神の崩壊を招くような事はないが、下手をすればこの先長い時間眠り続けることもあり得る。
「娟焔様……」
楼主の手を握り、心配そうに彼を見つめる美琴。その手は不安で僅かに震えている。
この吉原を覆う結界は巨大かつ複雑であり、容易に破れるものではない。それが破られ、愛する夫が倒れては流石の内儀も不安で押しつぶされそうになってしまうだろう。
「美琴様!外に出ていた従業員も全て店に戻ってきました!入り口では暴徒が流れ込んで来ようとしています!!」
従業員の声に美琴の顔つきが夫を心配する妻から、吉原一の店の内儀へと変わる。
「分かりました。遊女と禿、能力のないものは奥の座敷へ避難するよう指示を送ってください」
娟焔の手をやや名残惜しそうに離し、立ち上がるとその背の一部がメリメリと盛り上がる。肩甲骨から盛り上がった瘤の様なものは着物を突き破り、一対の白い翼へと変わっていった。
「ちょっ、奥さん!?」
銀龍が止めようと肩に手を置くが、次の瞬間部屋に風が渦巻き美琴の姿が消えた。
「銀龍、まずいぞ!美琴殿一人で戦うつもりだ!!」
「いくら店と従業員たちが大事だからって、女一人で格好つけてる場合じゃねぇだろ!!加戦するぞ、蓮聖!!」
白い羽が舞う中、銀龍と蓮聖は美琴の消えた方角――――店の入り口へと急いで向かう。そこには従業員を下がらせ、一人暴徒を睨み付ける美琴の姿があった。
暴徒は手に手に凶器を持ち、気絶した犠牲者達をを踏みつけて血走った目で数人が三浦屋へと殺到する。
「誰であろうとこの店を、そして吉原を荒らすことは許しませんよ」
静かな口調で、しかし怒気を孕んだ声で言うと彼女の持つ白杖が淡い光に包まれる。光の中から現れたのは巨大な羽団扇を掴み、横一文字に振るうと突風が吹き抜ける。
かつて吉原最強の遊女と呼ばれた天狗の美琴。数々の悪客達が彼女の手によってボロ雑巾の様にされてきた。
「ありゃあ、滅多な事では怒らない『吉原天魔』の美琴様がお怒りだぜ」
銀龍と蓮聖が駆け付けた時には、店のすぐ外で風の刃で手足を斬られた暴徒たちが倒れ、揃って血の花を咲かせていた。銀龍はかろうじて反抗の意志が残り、なおも取り落とした凶器に手を伸ばそうとしていた者達の首の後ろに手刀を振り下ろし気絶させていく。
「美琴殿、この屋敷周辺は我らが守ります。どうか、娟焔殿のお傍についていて下さい」
美琴の前方に立ちはだかり、襲い掛かってきた新手の暴徒の股間に容赦なく蹴りを入れていく蓮聖。倒れたところに更に踏みつけるというSっぷり。
相棒のSっ気たっぷりの攻撃を羨ましそうに見つめる銀龍。だが、店の奥から美琴を心配して出てきた高尾と視線が合うと髪をかき上げ流し目でイイ男っぷりをアピールしだした。
「そうそう、俺達に任せておいてくれよ。世話になっている街と店だ、今日こそ恩には恩を返す日だぜ!」
そんな銀龍に高尾は 「頼もしい事」 と微笑み返す。リップサービスと分かっているのか、それともいないのか銀龍はウィンクを返す。
「とっとと終わらせるぞ蓮聖!そんで、終わったら俺の相手もよろしくな、高尾ちゃん!」
再び押し寄せる暴徒の間を縫うように走る銀龍。彼が通った後、暴徒たちが次々と崩れ落ちていく。
「頭に血が上った奴らはどんどん来いやぁ!俺が無料で血抜きしてやるよ!!」
倒れていく暴徒たちを肩越しに振り返り、血に染まった手をぺろりと舐めあげた。
黄龍部隊隊員『銀龍』こと八雷神名『黒雷神』。
隊員の中での役割は主に情報収集と暗殺。その手腕は隠密を生業としてきた法園寺家の中でも一目置かれている。
そんな彼だが弱点ともいうべき欠点がある。一つは女好きであること、そして二つ目は―――――
「それしきの蹴りで俺をKOしようなど片腹痛いぜ!オラ!もっと来いやぁ!!」
背中に飛び蹴りを喰らうが軽くよろめいただけでさほどダメージは受けていない。むしろ、不満げに口を尖らせる。
「もっと、もっとぉ!痛く熱く快感をくれぇぇぇ!!」
しまいにはとんでもない事を叫ぶ始末。そう、この男は痛みを強さに出来る、つまりドMなのだ。
「この馬鹿!仕事中じゃないからと言って安易に興奮するな!!」
蓮聖は銀龍の後頭部に落ちていた空き缶を投げつける。銀龍は振り向きもせずに僅かに態勢を屈めてそれを躱した。
「真面目にやれ!それと、殺すなよ!」
銀龍は答える代わりに右手を上げ親指を立てて『了解』と合図する。
「さて……」
蓮聖も暴徒達の前に立ちはだかると懐から黒い針を数本取り出し投げつける。それらは首筋へと命中し、彼等の手足の感覚を奪っていった。
針だけでは効率が悪いと、もう一度懐に手をやり革紐が巻かれた柄の様なものを取り出した。手に持ち勢いよく上下に振ると黒く太い紐が飛び出す。まるで生き物の様にうねる鞭は暴徒たちを強く打ち据え彼らに隙を生み出していく。痛みに一瞬動きを止めた瞬間を逃さず針を飛ばし次々地面へと沈めて行った。
黄龍部隊隊員『蓮聖』。部隊でのコードネームは『影雷』。
銀龍の相棒にして契約者。相棒と同じく暗殺や諜報活動を専門にしている。
能力は『髪の毛を強靭な針として飛ばすことが可能』な事と『呪術を用いて作り上げた柄に魔力を込めた己の髪の毛を生やし鞭として使用する』事だ。
髪鬼の血が流れている蓮聖は髪の毛に妖の特性があり、鋼の様な強靭さと絹糸の様なしなやかさを持つ髪を鞭として使用して闘う。
その為に、本来己の頭に生える筈だった髪の毛を全て鞭の柄に移した蓮聖。なので勿論――――
「はっ!?」
後方から飛んできた刃物を避け、鞭を振るって相手の目を打ち針で動きを封じる。
「蓮聖!ズラ、ズレてる!!」
銀龍の声に頭に手をやれば、蓮聖の髪の毛がまとめて不自然に後方へとずれている。
「……ふぅ」
ため息をつくと、カツラを取り刃物を突き出して襲ってきた暴徒の顔面に向かって投げつける。
「新しいものを新調しなければ」
呟く彼の頭には毛が一本も生えていない。その見事な艶と輝きをもつ頭と、前髪がやや長めのカツラを捨てた為に露わになった中性的で整った素顔を晒しながら、蓮聖は暴徒に鞭を打ち針を投げつける。
彼等は黄龍部隊が誇る暗殺コンビであり、別名『残念なイケメンコンビ』と仲間たちに呼ばれていたりする。




