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壊された結界と異変

雛と銀龍が店の玄関へと向かうと、ビラを持った男達が娟焔や従業員に何やら激しい剣幕で言い寄っていた。


「我々はこの国の未来の為にこうして活動をしているのですよ!?それを何故止めようとするのです!」


ビラを持った男たちは皆死に装束のような白い着物を身に纏い、鉢巻や襷もしくは背に赤い文字で『この世界の修正を!』と書いていた。


「申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になりますのでどうぞお引き取りを」


娟焔が丁寧に頭を下げるが、彼等は引き下がる様子を見せない。他のビラ持ちも同じ様に食い下がり互いの意見は平行線をたどったままだ。


「やだねぇ、原点回帰派かよ」


店の中からその様子を見ていた銀龍が露骨に眉をしかめる。


「あの方々が原点回帰派?」


「そうだ。宗教勧誘お断りのこの街でビラ配りをしやがって……。あの乱暴なやり方は過激派で間違いないな」


しゃあない。と銀龍が間に入ろうとしたその時、聞き覚えのある声に足を止めた。


「そこの人、ここはビラ配り禁止ですよ?」


現れたのは法園寺 蓮聖と玄武隊の隊員数名。

尚も過激派の者達は抵抗したが隊員達は有無を言わせず連行していった。


「おや、雛さんではないですか。吉原に貴女が来るとは珍しい事もあるのですね」


雛に軽く会釈をし、滑るような動きで雛の隣―――――固まっている銀龍へと接近し片耳を掴んで強く引っ張った。


「銀龍、貴方はこんな所で一体何をしているのですか?」


にっこりと微笑み彼の耳元で優しく囁くが、その目は決して笑っていない。


「痛い!ちょっ!!突然ご褒美なんですけど!!」


痛みを糧に出来る銀龍は嬉しそうに声を上げたが、絶対零度の微笑みを向けられると冷や汗をかきながら目を逸らす。


「三日前に『ちょっと夜遊びしてくる』と屋敷を飛び出してから一切連絡なしとはいい度胸ですね。連泊するなら電話の一本でも入れろといつも言っているでしょう?」


「いやぁ……その、綺麗なオネーチャンが離してくれなくってさぁ」


「あ?」


蓮聖の表情が一瞬で真顔になり、瞳孔が開いている。滑らかな動きで指先を銀龍の耳から首へと移動させて人差し指をその首に突き立てる。手の中と指に隠れて見えないが、その指の先から銀色に光る針の先が見えていた。


「ごめんなさいぃ!」


蓮聖のドスの利いた声と、そこいらの893も裸足で逃げだしそうな鋭い眼力、更には指の先から伝わる殺気に銀龍は半泣きで謝った。慌てて蓮聖の腕から逃れると、その場でお手本のような綺麗な土下座を披露する。


「では、我々はこの辺でお暇いたします。雛さん、ではまた」


「いやだぁぁぁ!針鼠の刑はいやだぁぁぁぁぁ!!!」


「は、はい!」


蓮聖は娟焔に銀龍の宿泊代等を渡すと、嫌がる相棒の襟首を掴んだまま足早に去っていった。


「行ってしまいました……」


出会った当初は『優しくて物腰の穏やかな美青年』という印象だった蓮聖。会うたびに『笑顔は素敵だが怒らせてはいけない人の一人』という印象が強くなっていく。


「雛、なんか面白い事はあったか?」


胸から背中にかけて何かに引っ張られる感覚がして後ろを振り向くと、己の胸から伸びた縁繋ノ鎖を手に持ちクイクイ引っ張る八来がいた。


「いえ、ビラ配りなどの営業妨害だけです。残念ながら乱闘や暴行傷害事件はありませんでした」


八来の『面白い事』が暴力沙汰だと言われなくても分かる辺り、雛も八来も似た者同士である。


「お騒がせして大変申し訳ありませんでヤンした。ささ、お部屋で飲み直しと行きましょう」


部屋に戻ろうとしたその時、ぐらりと地面が揺らぎ夕焼け空が一瞬のうちに闇の色へと変わる。


「楼主様!!」


従業員の悲鳴に振り返れば、娟焔が額から血を流し倒れていた。


「娟焔!!」


八来は血相を変えて娟焔を抱き起す。すると、その身体は一瞬のうちに白い大きな犬へと姿を変えた。その白い毛皮を額から流れる赤い血で染めながら、娟焔はゆっくりと目を開ける。


「どうした!?何があった!!」


「こ……く、りまる…?」


彼の口から出た名前に八来はハッと我に返る。


「違う、俺は八来忠継だ。何があった?」


先程までとは打って変わって冷静な声で問うと、娟焔は一瞬目を見開くがすぐに悲し気に目を伏せる。


「結界が…」


娟焔の言葉はあちこちで上がった悲鳴でかき消されてしまった。


「これは一体、何が起こっているのですか!?」


雛が周囲を見回すとあちこちで火の手が上がり、人が人を襲っている。

人を襲っているのは真っ白の死装束の様な衣装に身を包んだあの原点回帰派のメンバー達だ。


気絶した娟焔を背負い、従業員と共に一度店の中へと非難する。


「八来の旦那!雛ちゃん!無事か!?」


銀龍と蓮聖が混乱する人の波を抜けて走って来た。


「楼主殿……、やはり結界が破られたか」


蓮聖は気を失った娟焔を見ると、悔し気に唇を噛む。


「もしかして、吉原の結界が破られたのですか」


一応は結界使いの端くれである雛が周囲を見回す。街に足を踏み入れた時に空気が変わったように感じられたが、あの感覚は吉原全体を覆う結界に入り込んだ為だったのか。


「そう、雛ちゃんの言う通り。この吉原はまぁ男女のあれこれが多い所だからな、その思念というか怨念の溜まりやすい場所なんだよ。その怨念や負の感情で紛ツ神やヤバい妖怪が生まれ難くなるように特殊な結界を張って守っているんだ」


銀龍の話によると、吉原で力ある妖怪や能力のある人間、玄武隊が協力して結界を張っているそうだ。


「吉原を出ようとしたのだが、結界は壊されていて代わりに出入り禁止の結界が張られていた」


「恐らく『奇門遁甲(きもんとんこう)』結界でしょう。対象の者を封じ込め、逃がさない結界はこれしかありませんから」


「誰が一体、何のために?」


雛の問いに八来はやや呆れながら表を指差す。店の外では原点回帰派が狂った様に人や妖怪を襲っていた。


「今の状況を見ると『誰か』はあいつ等しかいないだろうが」


「原点回帰派の方々の中に奇門遁甲を仕掛けた方が……」


雛は呟きながら、両肩を回し軽く体をほぐしていく。暴徒鎮圧に行く気満々の様子に八来はニヤリと笑みを漏らす。


「取りあえず、片っ端からボコって話の分かる奴を脅して情報収集するか」


「はい!」


八来は杖を手に、雛は結界で作った黄金の篭手を嵌めて悲鳴が上がり続ける外へと飛び出した。



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