遊郭でタダ飯
―――――吉原
第一次大厄災後、妖たちを中心に復興した街であり遥か昔の様に廓が立ち並ぶ場所である。
廓と言っても昔の様に遊女が証文で縛られることも無く、街からの出入りは自由。早い話が廓風の風俗だ。
この吉原は夜の街だけあってトラブルは絶えず暴力沙汰など日常茶飯事。その為に四神部隊の玄武隊駐屯所があり、隊員は日々色町の犯罪と闘っている。
「さ、こちらです」
美琴達に案内されてやって来たのは吉原で一番大きな遊女屋『三浦屋』。
紅柄格子の隙間から艶めかしい白い手がこちらを手招きし、客を怪しい瞳で見つめながら誘う遊女たち。彼女たちを横目で見ながら店に入る。
「スリをとっ捕まえたお礼が高級風俗とはね。お前さん達、一体何者だ?」
「私は……」
美琴の答えは、通路の左右にずらりと並んで出迎えた従業員の声にかき消された。
「「「「「お帰りなさいませ!美琴様!!」」」」」
深々とお辞儀をし、美琴と彼女によく似た少女の荷物を受け取る。
「申し遅れました。私はこの三浦屋の内儀(※副オーナー)の『山住 美琴』と申します。この度は誠にありがとうございました」
八来と雛へと向き直り、床に正座し手を付き頭を下げる。娘や周りの遊女たちもそれに習い頭を下げる。
「ささ、奥の座敷へどうぞ」
大八車と購入した野菜は店の倉庫に置いてもらい、八来と雛、そしてローズは奥の座敷へと通される。
「八来さん、遊女屋とは一体どのようなお店なのですか?」
「……」
八来は、あちゃあ……と額に手を当てて天井を見上げる。
そうか、そうだった、この段ボール箱入りお嬢様は風俗のふの字も知らない。清流にしか育たないワサビの様に清らかな脳味噌を持っていた(ただし、戦闘に対する知識は抜かす)。
「あらぁ、雛ちゃんは風俗を知らないの?」
「ふうぞく?」
ローズの言葉に小首をかしげる。その姿はどう見ても十代の少女のそれで、純真な瞳がキラキラとオネェ様を見上げていた。
「おい!あんまりこいつに妙な知識を吹き込むな!コイツの脳味噌は闘う事以外は純粋純真お花畑なんだよ!」
「あらあら、心配性なダーリンをお持ちね。大丈夫、変なことを言うつもりはないわよ♪」
「ダーリンじゃねぇ!!」
八来に食って掛かられるがそれをやんわり躱すと、片目を瞑って雛に視線を合わせるように屈む。
「ここはね、春を売る場所よ」
「春を売る場所……ですか?」
「そう、寂しさを埋めたい人、人の温もりを求める人の為の場所よ。お金で一晩の春と夢を買うの。シャボン玉のように儚い夢をね……」
遊女屋は男の満たされない欲望を一晩だけという約束で埋める場所、そうローズは付け加えた。
「雛ちゃんやダーリンみたいにある程度満たされている人には縁のない場所よ」
言われて雛は通路の左右の部屋を見る。女の笑い声と男の甘えた声、談笑する声、そしてどこか色っぽい声が聞こえその意味に気が付き顔を真っ赤にしてオタオタと視線を彷徨わせる。
「雛」
その耳に八来の人差し指が突っ込まれた。
「お前さんにはまだ早い」
「ひ、ひゃい……」
顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながら、雛は何とか頷いた。
「こちらのお部屋です」
通された部屋は恐らく最高級太夫専用の部屋だろう。質の良い青畳に高そうな調度品や掛け軸がそれを物語っている。
そして、部屋の中央で三つ指付いて頭を下げている太夫が一人
「初めまして、『高尾』と申します」
整った顔を上げ、八来達に微笑みかける。その指先の仕草一つから、表情一つにとっても妖しい美しさが溢れていた。
「あらぁ!高尾ちゃん!?ちょっとぉ美琴さん、このお店の太夫がお出迎え!?」
太夫。その言葉に八来は思わず内儀のを振り返った。
ここは高級風俗店であり、セレブ御用達であり官僚の接待にも使われる場所だ。そこのトップクラスの太夫など、八来や雛の様な解体屋ではまずお目にかかる事など出来ない。
「はい、楼主から是非高尾さんをと」
「待て、一寸待て!俺達は成り行きでスリをぶちのめしただけだぜ!?この店のトップクラスに接待してもらう様な事はしてねぇぞ!!」
トップクラスと聞いて目の前の美女がこのお店で一番の遊女だとようやく雛も理解したようだ。ハッとした顔で声を上げる。
「そ、そうですよ!ただご飯を頂くだけでいいのに……」
「いえ、娘が持っていた売上金を取り返してくださったのですもの。恩には恩できちんと変えさせていただきます。そうでしょう?楼主様」
美琴の後ろにいつの間にか一人の男が立っていた。楼主と呼ばれた優男は八来と雛の前に進み出ると、床に手を付き頭を下げる。
「わっちはこの遊女屋の主『山住 娟焔』と申すものでヤンス。此度は売上金を取り返していただき、誠にありがとうございます。恩には恩を。我々が心を込めてお礼をさせていただくでヤンス」
「けん、えん……」
楼主の名前を聞いた八来の片眉が跳ね上がる。
そして脳裏に浮かんだ顔と、主人の顔が一致した。
ゆっくりと顔を上げ、微笑む楼主。その柔らかい表情が八来を見上げた時ほんの一瞬、寂し気な笑みに変わった。だが、瞬きの瞬間に再び柔和な表情に戻る。
「さっ!お客様にお料理をお持ちするでヤンス」
ぱんぱんっ!と娟焔が手を叩くと、遊女たちが食事を運んで来る。美味そうな匂いに釣られて雛の腹が怪獣の様な唸り声を上げる。
「すっ!すいません!!」
慌ててお腹を押さえる雛に遊女は「可愛らしい事」と笑う。
「お酒もお持ちしたでヤンス。ささ、旦那もどうぞ」
八来に金色の盃を手渡し、日本酒を注ぐ。
「まだまだあるでヤンス。ささ、遠慮せず召し上がってくださいな!!」
たちまち、部屋は大量のご馳走と綺麗どころが集まった。
「あいつが……楼主とはな……」
呟く八来の横で、雛は行儀よく手を合わせ 「いただきます」 と一人フードファイト宣言をするのであった。




