消えぬ後悔と存在しない罪
「あのメーカー、今年は契約農園減らしたのか?今年は種類が少なかったよな?」
「確かに、年々種類は減っている……が、グレードのいい物は少しづつ増えているな」
「個人で農園と契約している奴がいてな、そこはグレードも種類も安定していたぜぇぇぇ」
カイ、芭蕉宮、八来の紅茶大好き三人衆の紅茶談義は今年のファーストフラッシュの出来具合から始まり、今は有名メーカーの農園契約事情と個人経営での農園契約について話し合っている。
「八来の言ってる個人経営している奴ってのは……」
そこでカイが一度言葉を切ると、忌々しげに舌打ちをした。
「あー、誰だよ!今、最高にいい話をしているってぇのによ!!!」
不満げに口を尖らすと深呼吸をして目を閉じる。上着の内ポケットから携帯電話を取り出し耳元に当てると―――――
「も、もしもし、カ、カイ・クォンです。あ、はい、こ、今週末の、き、教会での、バザーの、け、件ですね」
弱々しい声で、つっかえつっかえ喋るカイの姿があった。表情は気弱なそれであり、目の色も金色から青へと変わっていた。
「……いつ見てもすげぇな。あれで二重人格じゃねぇんだろ?」
カイ神父のあまりの変わり身の早さに、八来はキューカンバーサンドイッチを食べる手を止めて思わず見入ってしまった。
「本人曰く演技だと言っていたが、ああもコロコロ変わるとそれも本当かどうか分からんよな」
芭蕉宮は卵サンドを皿に取り、黄龍のリーダーの劇的なビフォーとアフターに苦笑した。
カイはというと、教会で行われるバザーについて何やら色々と話し込んでいる。これは暫くこちらの方へと戻ってはこれないだろう。
なので、八来は疑問を一つ芭蕉宮に投げかけてみることにした。
「芭蕉宮、お前は岩二狐九狸丸に会ってどうしたかったんだ?」
芭蕉宮の肩がびくりと震え、瞳孔の開いた瞳で八来を見る。
「唐突にすまんな。俺が狐九狸丸の感情や思考まで引き継いでいないと答えた時のお前さんの反応が気になってな。嫌なら答えんでいいぜ」
キューカンバーサンドイッチに齧りつく。中のキュウリは生をそのままではなく、塩で水分を抜いてあり軽い歯ごたえを残した浅漬けの様になっていた。胡瓜のみずみずしい青さと歯ごたえ適度な塩気にバターのコク、シンプルながら美味い。それをやや濃い目のアッサムティーで流し込んだところで、ようやく芭蕉宮が口を開いた。
「……詫びをしたかった」
「詫び?」
「そうだ、俺は、狐九狸丸の人生を狂わせてしまったからな」
自分と出会わなければ、自分があの子に我が身を喰わせなければ『人食い』と呼ばれることも無かった。
自分と融合してしまったために狐九狸丸は人間に近い思考と感情を持ってしまった。故に薄れた妖怪性。それ故に彼は人としての感情に苦しめられた。
そして、自分と融合しなければ八雷神に『三種融合の貴重種』と目を付けられ憑依されることも無かった。
それから、この国に拒絶されて生きなくても良かったのに。
「なんつうか……お前さんも難儀な思考を持ってるんだな」
正直な感想を述べると、今度はスコーンに手を伸ばす。
「つうか、お前は狐九狸丸と魂融合状態だったんだろ?奴の記憶とかはないのか?」
「完全に融合した状態ではなかったから、あの子としての記憶も曖昧でおぼろげなものがほとんどだ。お前と同じ様に、彼の記憶は映画やテレビを見ているようなものだ。感情や行動を分かろうとすることは出来ても、彼の感情や思考までは完全には分からない」
「何だよ、お前も同じか」
八来はナイフで横に割ったスコーンの片方の断面に、ブルーベリーのジャムとクロテッドクリームを塗る。脂肪分が濃く僅かに黄色を帯びたクリームの上に濃い紫色のブルーベリーが載り、果実から流れる赤い果汁が白の上でその色彩を主張する。
「何つうかさ、俺は狐九狸丸の記憶見ていて思ったんだがお前ら本当にそっくりだな。狐九狸丸がお前の影響を受けたせいか知らんが、記憶の映像を見る限り今のお前と同じことを呟いていた」
狐九狸丸は日々想い後悔していた。
自分と出会わなければ、あの人はもっと生きられていただろう。
そして、息子と和解できたかもしれない。
孫の顔も見ることが出来たかもしれない。
幸せになっていたかもしれない。
「で、お前は後悔したまま転生して、今世でも悔やんで、どうすれば救われるんだ?俺に『何も気にしてはいない』『許している』とでも言って欲しかったのか?」
「そうじゃない……そういう訳ではない」
そう言いつつもその顔は明らかに動揺している。視線があちこちに彷徨い、顔色が青を通り越して土気色になっている。
「再三言っているが、俺は狐九狸丸じゃねぇからな。あの狸の行動や記憶を見る限り、『許す』も何も恨んではいないと思うが?お前も断片的な記憶があるのならば、それは解っていたんじゃないのか?」
罠に嵌められ、一時は累神と成りかけたが彼は最後には思いとどまっていた。結局、あの妖怪はどこまでもお人好しで優しすぎたのだ。
「だんまりかい。俺はあいつの記憶しかないからな、あくまで全部想像の域を出ない。狐九狸丸が死んだ時点で真意は永遠に分からねぇ。融合していたお前が分かろうとしないのならば、これからもずっと許しも救いも無いんじゃねぇの?」
この男がこれからも罪の意識に苛まれようが、相手無き謝罪から自分自身を解放しようが八来にはあまり興味が無い。
謝罪するべき相手も遥か昔に亡くなっているし、最初から芭蕉宮が気に病むような事を狐九狸丸は思っていなかっただろう。
自分ならば、とっとと気持ちを切り替えてしまうものだがこの男はずっとそれも出来ずに過去も忘れることも出来ずに荷物を引きずって生きてきた。
芭蕉宮が狐九狸丸の気持ちを想像することが出来なかったのは後悔という念に縛られ、盲になっていた為か。
「んじゃ、俺は雛の所に行くか。今度また色々ゆっくり話そうぜ」
八来は芭蕉宮に背を向けると、クリームとジャムの載ったスコーンを齧りながら歩く。外側がさっくり、中はクリームとジャムでややしっとりした生地に口内の水分を僅かに奪われる。濃厚でクリーミーなクリームに甘酸っぱいジャムのアクセント。口内の水分補給とクリームの脂分を紅茶でサッパリ洗い流し、もう一口齧る。
「狐九狸丸……、俺は……」
背中越しに芭蕉宮の呟きが聞こえたが、特に気にせず雛の元へと向かって行った。




