茶会と初めてできたお友達
「さて、今年に入って三回目のお茶会だ」
広い和室でそれぞれ自由な席に座り、出された紅茶で軽く喉を湿らせると議長のカイがホワイトボードを背に始まりの挨拶をする。
今回集まったのはアークと土雷神と彼の番、火雷神と法園寺家の分家頭領、彼らのボスである法園寺蓮生を除いたメンバーだ。
蓮生は天照から緊急の呼び出しがあったため急遽欠席。土雷神と彼の番は別件の仕事の為に欠席、火雷神は修行&修行先で何やら大きな事件が起きたために茶会まで間に合わず。分家頭領は火雷神に加勢するために北国へ。
アークはというと、先日の事件で紛ツ神を倒す為に『能力』を使用した反動で暫く外に出られない体になっているとか。カイは詳細を語らなかったが、「アーク曰く、とんでもなく不細工な姿」になっているとか。脂肪で弛みまくったあの姿よりもひどい姿になっているとは予想がつかない……。
「俺様からまず報告を一つ、先日の地下闘技場で起こった事件だが……」
カイは先日の地下闘技場での襲撃事件について話しだした。
あの騒動で分かったことが二点。
まず、法園寺蓮生たちが探っていた連続失踪事件だが、被害者たちの破片があの地下闘技場で発見されたのだ。そう、破片。暴走した雛が壊した十五童子の中身に失踪者たちの骨やら内臓が使われていることが判明したのだ。
因みに、雛は当時の記憶が無い為彼女が討伐したという事は伏せている。
もう一つは裏弁財天。
彼女は数年前までは有名な妖チューバ―の歌い手だったのだ。ある日突然に忽然と姿を消してしまい、一時期突然の失踪引退ということでネットを騒然とさせたらしい。因みにこの情報は地下闘技場で彼女を見たアークからのもの。
「裏弁財天の件はアークが引き続き調査している。東京を中心に発生している連続失踪事件だが、今回の件に関係している可能性がある。全員情報収集と警戒を怠るな」
立ち上がり閉め切った障子へと手をかけ、両手で左右に勢いよく開ける。
「さて、これからが本題だ!」
中にはいつの間にか長いテーブルがいくつも置かれ、白いレースのテーブルクロスの上には色とりどりのプチケーキやフルーツ、一口焼き菓子にスコーン、サンドイッチ等々紅茶に欠かせない菓子やフードがずらりと並んでいる。
「まずは八来鳴三、八塩雛、我々の組織(世界)へようこそ!歓迎するぜ!!」
呆然とする雛と八来に白いティーカップを渡し、銀のティーポットから紅茶を注ぎ入れる。
周りの者も全員紅茶を満たしたティーカップを持っていた。
「それじゃあ、乾杯!」
カップを持って軽く掲げ、乾杯の音頭をとるカイ。二人もそれを真似てカップを掲げ、紅茶を一口すする。
普通の紅茶に比べて薄い水色のそれは若葉の様な若々しい香りと爽やかな甘味、切れのいい渋みが心地いい
「ダージリンファーストフラッシュか」
紅茶をカップ半分まで飲むと、八来は紅茶の名前を言い当てる。
「正解、やっぱアンタは解るか」
カイが嬉しそうに八来の肩を叩く。
「アホ、分かりやすいだろ。色も味も番茶と煎茶くらいの違いがあるからな」
春詰みのダージリンは茶葉の色が浅緑色で味も日本茶でいうと煎茶に似ている。その為、和菓子にも合うという特徴がある。八来は早速テーブルの上の羊羹に爪楊枝を刺すとそれを茶菓子に紅茶を味わう。
「いいねいいね!今日はお前と紅茶について語り合いたいぜ!!お前の好みの紅茶は?お勧めは?アレンジティーはどういうのが好きだ!!」
カイはオレンジのムースケーキを皿に取ると、興奮した口調で八来に詰め寄る。
「うわぁ……出たわ、カイの紅茶オタクモードが。ああなったら、流石の八来のオッサンも中々放してはもらえへんでぇ」
小夢は先程の紅茶を飲み干すと、会議室に置かれた白いティーポットの中身を注ぐ。中身はミルクティー用の濃い紅茶で、カップの中に先にミルクを入れると紅茶と混ざり合って茶褐色の液体が満たされていく。
「八来さん、紅茶に詳しい方のようですから。きっと、カイ神父ともお話が合うと思いますよ?」
雛は縁側に腰掛けると、ダージリンファーストフラッシュをゆっくりと味わう。
「いつもは鳴三が捕まってるんやけど……って言うとる先からカイに捕まった!」
芭蕉宮がカイに片腕を掴まれ引きずられているのが見えた。
「鳴三さんも紅茶がお好きなんですか?」
「カイ神父に負けず劣らずの紅茶マニアや。よう二人でアレンジティー作ったりして楽しんでる。今日の茶菓子や紅茶もあの二人が主になって用意したんやで」
小夢はミルクティーを飲み干すと手近なテーブルから透明なグラスに入った紅茶を持ってきた。中にはリンゴやブドウにオレンジやキウイフルーツが入っていてフルーツポンチを彷彿とさせる。
「アイスフルーツティーや、ほれ」
グラスと共に渡されたのは柄の先にハートの付いた赤いピック。これでフルーツを食べながら飲めという事だろう。
「なぁ……雛、アンタさえ良かったら、たまにはここに来てウチと手合わせしてくれへん?」
小夢の予想外の問いに雛は苺を口に含んだまま、目を丸くする。
「んっっっ!?んんん~~~~!!??」
口元を片手で抑えながら目を白黒させる。慌てて呑み込もうとしたが、苺が途中で引っかかってしまった。
「ええから、まず落ち着いて呑み込んでから喋って!まず、紅茶飲んで!」
小夢に言われるがまま、アイスティーを飲んで苺を何とか流し込む。
「すっ、すいません!お見苦しい所を……ありがとうございます」
ゲホゲホとむせる背中を小夢にさすってもらい、何とか落ち着くと涙目で礼を言う。
「気にせんでええよ。で、答えは?」
「……私は」
ちらりと八来の方を見る。彼は芭蕉宮とカイに挟まれ、海外の茶園の状況について熱く語り合っている最中だった。
「いやいや、保護者の了解がどうとかやなくて、ウチはアンタ自身がどうしたいか聞いているんやで?」
「…………小夢さんと、手合わせしたいです」
「よっしゃ、決まり!時間ある時に遊びに来てぇや!雛と手合わせ出来るなんて嬉しいわ!」
小夢は持っていたグラスを雛のグラスに合わせる。カチンという乾いた音が鳴り、紅茶の中のフルーツがグラスの中で揺れる。
「学校の連中とタイマンしても、雛とやった時みたいに楽しくないんよ。アンタ、ホンマに強いやん?ウチも、もっともっと上を目指したいんや!!」
語る小夢の視線の先には芭蕉宮の姿があった。
「強くなって、鳴三の為にもっと出来ることを増やしたいんよ」
「自分の為ではなく、他人の為に?」
「そう。ウチな、弱かったせいで鳴三にでっかい迷惑かけたことがあってん。せやから、迷惑かけないように強くなったけど、それだけじゃアカンねん。もっともっと強くなって、鳴三の事を助けたいんよ」
強くなる理由は人それぞれ。
雛は自分のために強くなる。幼い日に祖父から教えられた武人としての生き様に憧れ、いつかは武人らしく闘って果てたい。その思いを叶える為に高みを目指す。
小夢の様に『誰か』のために強くなりたいとは思ったことがなかった。
八来と出会うまでは。
今では強くなるのは己自身の為であり、死合う相手である八来の為でもある。
「相手の為に強くなる……私も小夢さんと似ているかもしれませんね」
片や、相手と生きる為に。片や、相手と死合うために。
「正確に言うとちょっと違うと思うけど、まぁ仲間やね」
「仲間……?」
聞きなれない言葉に、雛は言葉を繰り返す。
「まぁ、何や、仲間でお友達や」
「お友達?」
いつから自分は小夢と友人になったのだろうか?
そもそも、友人とはどう作ればいいのか?
「雛、友達言うんは、互いに仲良うしたいって思った時から『友達』何やで?ウチは雛と仲良うしたいと思ってる。アンタは?」
雛は、今迄『友』と呼べる存在が居なかった。
友と呼べる存在の作り方も知らない、だから『友情』も知らない。
「わ、私も、小夢さんと仲良くしたいです。もっと、手合わせして、お話しして……」
「一緒に遊びに行ったりもしたいわ」
自分の思っていたことを言われ、驚く雛。心の内を見透かされて慌てる雛の頬を軽く突く小夢。子供の様な弾力と柔らかさを持つ頬が指を軽く押し返してくる。
「雛は何でも難しく考える子なんやね。もうちょっと簡単に考えてもいい事が世の中にあるんやで?」
小夢は地下闘技場の事件の翌日、カイに言われた言葉を思い出した。
「あの世間知らずなお嬢様の友達になるのは賛成だな。なんせ、飴玉一つで見知らぬ男の所へホイホイ付いていくレベルの無知さだ。教育してやる人数は多いほうがいいだろう?」
(言われんでも、雛とは友達になりに行ったわ!)
「あ、あの、私、お友達が出来たのは初めてです!どうしていいか分からないですけど、よろしくお願いいたします!」
「どうしていいかって……さっき、雛が言うたことでええんよ?一緒に遊んで、話して、楽しい事して、それもお友達なんやで?」
今日この日、雛は人生で初めての友を得る。
何も知らなかった雛がまた一つ新しい事を知った日でもあった。




