聞きたい 聞けない
カイから語られた八来の秘密。
彼の複雑な前世に驚きはしたが、八来は八来だという事実は変わらない。だが、記憶が戻り彼が変わってしまったら……?そう考えると胸の奥がもやもやとする。
「八来さんは前世の記憶があるのでしょうか?」
会場となる場所へと向かう途中、カイへと質問した。カイは歩みを止め、いつもの様に人を小馬鹿にした様ないやらしい笑みを口元に浮かべる。
人の好き嫌いは言わないし、あまり思わない雛だが正直に言うと考えの読めないカイ神父の事は少し苦手であった。
「何?前世の記憶が戻ったら今の八来じゃなくなるとか不安があるの?」
「……いえ、ただ気になっただけです」
図星だったのか雛が顔を伏せると、隣の小夢がカイを睨んで威嚇する。
「拳突き合わせてボコスカしたら、友情が芽生えたか?若いっていいなぁ」
カイがからかうと、小夢の目突きが一層鋭くなった。雛を背に庇い、何かしようものならタダじゃおかないと表情が物語っている。
「ははっ、そんな怖い顔するなよ。で、え~と、何だっけ?八来に前世の記憶があるってか?そんなの本人に直接聞けよ」
言われてみればその通りだ。同じ屋根の下に暮らし、相棒として日々を過ごしているのに何を遠慮しているのか。
だが、雛は未だ人との関わりが薄く家族とも疎遠で唯一彼女と多く接していたのは祖父だけだ。人間関係に慎重になるのも無理はない。
「何を怖がっているかは知らんが、八来は相棒だろ?目ぇ逸らすな、キチンと向き合え。プライバシーはあるだろうが、話せるところまで話してもらえよ?」
いつの間にか雛の背後に回り込んできたカイ。雛に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、「難儀なお嬢さんだ」と鼻で笑い後ろを指差す。
「雛、先に来ていたのか?」
「八来さん!」
八来の姿を確認すると小夢から離れ、真っ先に彼の元へと走っていく。
「ご無事で!」
「無事も無事だ。ティータイム前に軽くくっちゃべっていただけだからな。なぁ、芭蕉宮?」
後ろの芭蕉宮に同意を求めるが、彼は無言で二人の横を通り過ぎる。
「鳴三、何かあったん?」
いつも冴えない顔色が、今日はより一層悪い。土気色の顔色は蘇りたてのアンデットを彷彿とさせる。
「いや、何でもない」
何でもないわけがないだろう、と小夢がツッコミを入れようとするが彼女から視線を逸らすとカイの肩を掴む。
「カイ、お館様は天照から緊急の呼び出しがあったので茶会を欠席するそうだ」
「了解。んじゃ、後日この天才ティーコーディネーター様が出張マスターしてやらぁ」
「すまない、恩に着る」
「俺様の淹れた紅茶が飲めないのは可哀想だからな。その代わり、お前の手製の茶菓子を用意しな」
などと、法園寺家当主の為の茶会の話をしながら会議室へと入っていく。
「……鳴三に目ぇ逸らされないようにするには、どうしたらええんやろうかね?はぁ~、ウチの未来の旦那様は色々と難しいさかい」
背後では雛と八来がお互いの無事を確認し合っている。そんな二人の会話をよそに、小声の独白は誰にも聞かれずに消えていった。




