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いずれ流れる涙を想う

今回も説明回です。途中若干の下ネタ注意!

「全て、思い出しましたか?」


八来の目の前で、かつての上司であり恩人であり主だった男が微笑みかける。


「俺は……」


思い出した。


生まれて間もなく、忌み子と蔑まれ住処を追われたこと。

成長後も、化ける能力がないと同族から激しい差別を受けたこと。

仲間に山に封印され、紛ツ神に殺されかけたこと。

芭蕉宮を喰らい、能力を得たこと。

人と結ばれるも手酷く裏切られ、

それでも構わないと、人の味方であり続けたこと。

八雷神に憑りつかれ、スパイとなり、仲間と上司を裏切ってしまった事。

売国奴、と指を差され、

愛していた義理娘に殺されかけ、

上司に裏切られ、

仲間に裏切られ、


絶望していた中で、


法園寺蓮生が手を差し伸べてくれた事。



「俺は、」


だが、



「俺は……!!」


一気に押し寄せる記憶の波に、激しい頭痛と吐き気がする。胃の奥からこみ上げるものを何とか飲み込み八来は叫ぶ。




「今の俺は、『()() ()()』だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




掌から杖を出し、蓮生の目間へと突き出した。


『喝っ!!』


突如襲ってきた激しい振動に打ち据えられ、八来は杖を手放しその場に崩れ落ちる。


「お館様っ!」


すぐさま意識を取り戻し、顔を上げるとそこには芭蕉宮がいた。背に蓮生を庇い剣先をこちらに向けて殺気の籠った目で見下してる。


「芭蕉宮……てめぇ」


ただでさえ、一気に前世の記憶が蘇ってきた副作用で頭痛と吐き気がするのに、音の衝撃で三半規管を軽くやられてしまったものだから症状が重くなる。

悪化した頭痛と吐き気を堪え、何とか立ち上がる。


「記憶を取り戻したんだろ?なのに何故お館様に牙を向く!」


「うるせぇ!俺は確かに前世は岩二 狐九狸丸だった。だが、今は八来忠継だ!魂は一緒だが、前世とは血も何も繋がっていない他人じゃねぇか!」


「どういう事だ……?」


芭蕉宮は剣先を向けたままだが、八来の言葉に酷く動揺しているのか僅かにその手が震えている。


「あれだ、前世の記憶っつーても、映画やテレビドラマを見せられているようなもんだ。主人公や登場人物の気持ちは何となくわかるし感情移入もする、だが、本人じゃないから気持ちまでは完全に汲み取ることは出来ない……そんな所だ」


「そんな……俺は……俺とは、違うの、か…………?」


余程ショックだったのか青い顔で力無く腕を下す。


「前世の記憶も感情も丸ごと持って転生できるというのは稀ですからね。記憶が蘇っただけでも喜びなさい」


呆然とする部下とは違い、上司は全く動じていない。


「そう言う訳で、岩二や芭蕉宮の様な忠誠心は俺には無い。残念だったな」


鼻で笑うとさっさと茶室から出て行こうとする。


「八来、貴様何処へ行く!!」


慌てて八来の肩を掴んで引き戻そうとするが、その手を弾かれ鋭い視線を返された。


「便所」


「は?」


意外な言葉に芭蕉宮が目を丸くする。


「人が便所に行こうとしたら、そこのボスにひっ攫われたんだよ!さっきのてめぇの攻撃で俺の尊厳が最大の危機を迎えてんだよ馬鹿野郎!!!」


「ここを出てすぐ左がお手洗いですよ?」


蓮生の言葉に八来は無言で茶室を出る。



――――――――そして待つこと数分。


「尊厳は守れましたか?」


無言で戻ってきた八来を蓮生が出迎える。


「お陰様で」


芭蕉宮はというと、意外そうな顔をしていた。


「てっきり戻ってこないものと思っていた」


「話は終わってないだろうが。前にも言ったろ?色々と聞きたいことがあるってな」


八来は芭蕉宮の隣で正座すると真っ直ぐに前世の主を見据えた。


「俺が前世、あの岩二だった事は分かった。魂は同じだが器が人間だから妖術が使えないのは分かる。だが、人間であるはずの雛が『岩二 狐九狸丸の能力』を使えるのはどういう事だ?」


地下闘技場で雛が使っていたのは全て岩二の持っていた『炎』と『音』の能力であり、狐火と狸火を併せて使用できたのは、二種の妖怪の子である彼でしか扱えなかった。


「まさかとは思うが……」


問いかけながらも、八来の頭には一つの仮定が浮かんでいた。もしこの過程が当たっていたのならば、彼女が実家で冷遇されていた理由も頷ける。


「その、まさかですよ。八塩 雛には岩二 狐九狸丸の血が流れています」


自分の予想が当り、八来は複雑な面持ちで天井を仰ぐ。


「あいつの実家は雛が先祖返りだと気付いて軟禁していたのか……?」


かつて八岐大蛇を陥れるための神酒を作った一族に、世間を騒がせた妖怪の血が混じってしまったとはスキャンダルもいい所だ。


「しかも、狐と狸に鬼が混じってるとなりゃ、神聖さがウリの神社ならばなおの事表ざたには出来ねぇか……。あれ?そういや、岩二は狐と狸だよな?鬼の血は何処から来た?」


「覚えていませんか?あなたの前世の奥方は鬼の血を引いていましたよね」


「あ」


言われて、思い出す。前世の妻であり、当時の朱雀部隊隊長には酒呑童子の血が入っていた。


「と、いう事は雛は岩二の直系の子孫か。なんとまぁ忠実に能力を引き継いだもんだ」


前世の自分の子孫に当たる訳だが、不思議と何の感情も沸いては来なかった。前世の自分など記憶はあるだけの赤の他人に過ぎない。記憶という名の映像を見せられて本人になってみろなどと出来るわけが無いからだ。


他人の子孫など、ただの他人。

雛の血筋や己の前世を知ったところで、八来の気持ちは変わらない。

雛は変わらず、自分といずれ『死合う』関係なのだ。


「雛には、まだ教える訳にはいかんな」


地下闘技場で妖と化した時の記憶は彼女には無い。今、一度に話しても混乱させるだけだろうことは目に見えている。

それに、実家に関してやたらと気にする雛の事だ。自分が冷遇された理由を知ればどうなる事か。


「八塩さんはまだ完全に覚醒してはいません。現段階で事実を話しても混乱させるだけでしょう」


いずれ時が来たら。

だが、その時は来るのだろうか?


(どの道、泣かすことになりそうだな)


八来の脳裏に出会って間もなくの頃の雛の事が浮かんだ。

涙を溜めて、声を殺していた彼女の姿を思い出す。




あの時の様にまた、心の奥底と声を殺して泣くのだろうか?





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