突撃!法園寺家訪問!!
「わぁ……」
昔ながらの、細部にもつつましやかな美を持った大庭園を前に雛は暫し佇んでいた。
(一度見た、実家の庭園に似ていますね)
上京するにあたり、裏門ではなく初めて正門から家を出ることを許されたあの日。初めて見た庭園を思い出してほろ苦い笑みを浮かべた。
「雛、よう来たね」
庭の灯篭の陰からひょっこりと姿を現したのは、先日の闘技場で拳を交えた鍔木小夢だった。黒のTシャツの上に白いレースのビスチェ、デニムのホットパンツという格好をしている。
「あ……」
元お嬢様の雛には白い生美脚は目に毒だったようで、赤い顔をしながらもそのすらりとした脚に釘付けになっていた。
「こらこら、何をガン見しとるねん!ほら、案内したるから付いて来ぃ」
笑いながら雛の肩を叩き、「こっち」と指を差す。既に八来は小夢の指さし示す先を歩いていた。
「八来のおっさん、あんたココ初めてやろ!迷子になるで!斎賀のおっさんと竜八も何故止めんかったん!?」
「は、八来さん、待って下さい!!」
小夢が大きな声で呼び止め、雛が駆け出したところで八来はようやく彼女たちへと振り返る。
「あ?」
その顔は悪びれもせず、何故怒鳴られたのか理解していない。
「『あ』?やないで!小さな子供やないんやから、一人でフラフラせんでや!!」
「……悪ぃ」
「八来さん!」
慌てて走ってきた雛が八来の袖を掴む。
「迷子になったら大変ですから、皆で一緒に行きましょう?」
「あいよ」
並んで歩きだす二人の後ろ姿を見ながら刻守が一言。
「疑似親子なんだか~年の差恋人なんだか~どっちだと思う~竜八くん~」
「アークさんがいたら色々な方向から考察して、それはそれは熱く語ってくれそうですね」
我々も行きますよ、と竜八も刻守の手首を掴んで引きずっていく。その姿は手のかかる年の離れた兄を世話する妹に見えなくもない。
****
門から歩くこと10分、法園寺邸に到着する一行。
「いつ来ても~大名の~御屋敷って感じだよね~」
「案内無しで入ると迷うから、雛達はしっかり付いて来ぃよ?……って、言うてる傍から八来のおっさんが居ないやんけぇ!?落ち着きのない子供か!?」
屋敷の入り口前でぐるりと見回すが八来の姿は消えていた。
「八来さん、『便所に行く』って言ってましたよ?」
「雛も素直に行かせるんやない!」
「すいません!何の迷いもなくすたすたと行ってしまったので……てっきり中に案内板があるものかと思ってました」
「ああもう!雛、携帯電話で連絡!屋敷の中は素人が入り込むと迷うのは必至や!侵入者用の罠もあるし滅茶苦茶危険なんやで!!……あ、でもあのおっさんなら無傷で生還しそうな気が……。いや、怪我せぇへんでも、迷子になるって!」
雛は慌てて携帯電話で八来に連絡を取り、2コール後に八来が応答する。
「八来さん!今何処に!?」
『便所』
「辿り着けたんかい!」
小夢は雛から携帯電話を奪い取ると、大声でツッコミを入れる。
『うるせぇなぁ、小夢。入り口出てすぐ左の廊下、まっすぐ歩いて三番目の通路を左に行って突き当りの従業員用の便所だろ。余裕でたどり着けた』
「あんた、何で?ここ始めてやろ……?」
『んー?勘かな』
「勘って、ホンマか?」
『マジで。何となーく、ここだろうと思って歩いたらビンゴだったぜ?』
携帯電話からはひゃっひゃっ!と小馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。
「あーもう、うち等がいくまでそこでええ子で待っとれ!徘徊すなよ!!」
『へーへー……人を痴呆老人みたいに言うんじゃ』
急に八来の笑い声が途切れ、次の瞬間携帯電話を通して八来の悲鳴が響いた。
「八来さん!?」
今まで聞いたことも無いような声の悲鳴に、雛の顔がさっと青くなる。そして次の瞬間、屋敷の中へと駆け出していた。
「雛、待ちぃ!一人で行ったらアカン!!」
小夢の制止も聞かず雛は先程八来が話していたルートを走る。
「踵から走ってるね~うわ~雛ちゃん~足はやぁい~」
「斎賀のおっさん!!のんびり言うとる場合か!?」
他の三人も慌てて雛の後を追いかける。彼らの遥か前方では、煙を上げながらものすごい勢いで道を曲がる雛がいた。
靴のゴムが焦げる匂いを漂わせながら雛がトイレの前にたどり着くと、そこには八来の携帯電話が転がっている。
「これは……八来さんの?」
携帯を拾い上げ、辺りを見回すが誰もいない。
「八来さん~いた~?」
雛が首を横に振ると、刻守は男子トイレの中へ。一通り中を確認して戻ってきた刻守は黙って首を横に振る。
「いない?と、いうことは……?」
竜八は携帯電話の落ちていた床を見ると、先ほどまでは何も落ちていなかった床に『先に行っていてください』とやけに達筆な字で書かれた白い紙が落ちていた。
「この字は……。雛、安心しぃや、八来のおっさんは無事やから」
八来の安否を心配し半べそをかいて震える雛に紙を見せ、ため息をつく小夢と竜八。二人は筆跡から八来を浚った犯人がすぐに分かったようで、小夢は「ホンマ、しゃあないお人やなぁ」と頭を抱えている。
「八来さん~ちょっとあの御方とお話~してるだけだから~大丈夫だよ~?先に集合場所に~行こうね~?」
ほらほら、行こう?と歩き出す八来。通路の曲がり角で一度足を止めて肩越しに突き当りの壁を見る。
「二人でどんなお話をしているのかな?」
普段と違い流暢に言葉を呟く。その瞳は悪戯っぽく怪しく光っていた。
****
――――時間は八来が消える少し前。
「へーへー……人を痴呆老人みたいに言うんじゃ」
声を荒げる小夢に返事を返したその瞬間、耳元に生暖かい息を吹きかけられた。
「ひゃあぁぁあっ!?」
誰の気配も感じなかった中で突然耳元に息を吹きかけられ、流石の八来も言葉を切って声を上げる。振り向こうとしたが何故か体が動かない。背後から手で目元を覆われ、泥のような何かの中へと引きずられていく。
ややあって目元を遮っていた手が離れ、視界を取り戻すと八来は狭い茶室の中にいた。
「お久しぶりですね、八来 忠継さん」
主人の席に座っているのは一人の男。
濃紺の和服に身を包み、糸目でこちらを見上げる。どことなく猫のような雰囲気のする男は、柔らかい笑みを浮かべると八来の名を呼んだ。
「あ、なた、は……」
八来は急に空気が薄くなったような錯覚に捕らわれる。額から、背中からびっしょりと汗をかき、足が震え出す。
俺はこの男を知っている。
いや、違う。
この姿の男を知っている!
脳裏に次々と、映画のワンシーンのように浮かぶのはこの男の姿。
戦場で「しっかりしなさい!」と己を叱り飛ばし、
一仕事終わった後に「ご苦労様でした」と先ほどとは打って変わって親のように優しい声と表情で褒め、
仕事の合間に「内緒ですよ?」と悪戯っぽく微笑みながら甘味を差し入れてくれ、
仲間を失った時は、無言で雨の中空を見上げあった。
そして、仲間から世間から『敵』と認識された時に単身で駆けつけ助けてくれたのは、間違いなくこの男。
「あ……」
止まらない、脳内で再生されていく記憶がとめどなく溢れていく。だが、その記憶は八来であって八来ではない人物の記憶。思い出すうちに、無意識のに片膝を付き臣下の礼をとっていた。
「お帰りなさい、八来(岩二) 忠継(狐九狸丸)」
「法園寺、蓮生様……」
自分の名に被さって聞こえるのはあの男の名前。
いや、前世での自分の名前だった。




