~幕間~どこかのアジトにて
今回から第四章スタートです!
「ひぐっ……うぇぇぇ……」
「よしよし、恐かったなぁ、裏弁財天」
ガラス張りの温室の真ん中で一人の男がロッキングチェアに座り、膝にしがみついて泣いている裏弁財天の頭を優しく撫でていた。
「まさか、あの『失敗作』があの場にいるとは思わなんだ。てっきり天照達に処分されたかと思うておったが……正気を取り戻しているとはのぉ」
『失敗作』と呼ばれた男のことを思い出したのか、裏弁財天の瞳孔が開き恐怖で体が震え出した。
「おお、すまぬすまぬ。ほれ、裏弁財天が以前好きだと言っていたラベンダーの紅茶を淹れてきた。飲みなさい」
男の傍で鹿を模した銀色のカラクリがギシギシと歯車の軋む音を立てながら近づいてきた。その背中には器用に盆に乗ったティーカップがある。
男はロッキングチェアに立てかけていた木の杖を手にすると、その先でトンと地面を軽く突く。すると鹿のカラクリがばらけて、空中で再構築され、ついには背もたれの付いた椅子となる。仕上げとばかりにどこからか赤い布を椅子に被せて裏弁財天を座らせる。
「金属の椅子は冷たいからの。おなごに冷えは大敵じゃろ」
「……ありがと、裏寿老人」
赤く泣きはらした目で甘い香りのするお茶を啜る裏弁財天を若い男―――裏寿老人は暖かい目で見つめる。二人の年齢はそう変わらない筈なのに、彼の目は孫を見つめる祖父の様に優しく慈愛に満ちていた。
「他の、皆は?」
少し落ち着いたのか、裏弁財天はここにいないメンバーの事を尋ねる。
「外回りに出とるよ。今回の事で調べ物や今後やるべきことが増えたからの。裏大黒天と裏恵比寿はヒルコ様に呼び出されておったな」
「ヒルコ?あの我儘女のところに?」
裏弁財天の顔が歪む。そのあまりにも露骨な嫌悪に裏寿老人は思わず吹き出してしまった。
「ほほっ、そう嫌な顔をするでない。あの御方は我らの計画に必須なのじゃぞ?あの我儘も適当に流しておくがよい」
「裏恵比寿が専属の召使みたいになってて、見ていて可愛そうじゃん!」
「裏弁財天は優しいのう。どれ、今度のヒルコ様の世話係を交代してやるからたまには裏恵比寿も誘って外に遊びにいってはどうか?女同士、気晴らしになるじゃろ」
「本当!わぁい!裏寿老、サンキュー!!」
「ほっほっ、元気が出たようじゃの」
裏寿老人はない顎髭を手で梳く真似をしながら朗らかに笑う。だが、ガラスの天井を見上げるその目は笑ってはいない。
「…………例の計画を前倒しにせんといかんな」
裏寿老人の呟きは、はしゃぐ弁財天の耳には届かなかった。




