蛇のファムファタール
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若い吸血鬼と中年のオッサンがイチャついていた(?)頃、八来と雛はというと―――――
「ははっ、やるじゃねぇぇぇかぁぁぁぁ雛ぁぁぁぁぁ!!」
音の結界に囲まれ、火球に追われ、音響拳の猛攻に晒されながらも八来はかろうじてその全てを躱していた。
よくよく見ると、火球とは別に何やらシャボン玉の様なものがあちこちに浮いているのが見える。水をゴルフボール大の球体にして浮かしている物だった。
『響結界・狐狸囃子』は雛の拳から発する音の振動を反射させて相手にぶつけるためのもの。八来は目に見えない音を見えるようにするために、あちこちに水の玉を生成しその表面の振動によって音響拳がどこから飛んで来るのかというのを見極めていた。
(雛の技が拡散系じゃないのが救いだぜ)
音を拡散する技ならば水の球体を使っても無駄だったな、そう思いつつ再び水の球体を作り辺りに散らす八来。
『加勢するか?』
耳元で芭蕉宮の声が聞こえ、一瞬動きを止めてしまった。その隙をついて雛の火球が顔面目掛けて飛んでくる。慌てて大蛇の口から大量の水を放水して火球を消すと、水蒸気に紛れて間合いを取る。
「うるせぇよ!このキャラ被り野郎ぅぅぅぅぅ!!!人の耳元に能力使って声飛ばすな!!!イルカのオートロケーションかよ!!!言っておくが雛は俺の物だ、手出しするんじゃねぇ!!てめぇは自分の女とご主人様の面倒でも見とけぇぇぇぇぇ!!!」
ちらりと観客席の方を見ると、芭蕉宮は何処か心配そうにこちらを見ている。大きなお世話だ!と再度怒鳴りかえる
その隣では赤い顔で俯く小夢の姿があり、後ろでは蓮生が「頑張れーっ!」と手を振っている。
雛が金の粒子を纏った黄金の炎を拳に纏わせて接近してきた。杖術は懐に入られると対処が難しくなるのでなるべく間合いを取りながら喉元や目間などの急所を中心に攻めていく。
雛は手の甲で杖先を弾くと瞬時に間合いを詰めてくる。
(こいつ、やっぱ全能力上がってやがる!!)
反射速度、筋力、結界の強度、そのどれもがいつもの倍に跳ね上がっていた。
舌打ちする間もなく、ゼロ距離で雛の両手が八来の胸へと当てられた。
(発剄か!)
避けるべく足を動かした時には時すでに遅かった。八来の胸元から全身へ、足のつま先から頭のてっぺんまで体がバラバラになるような衝撃が、振動が駆け巡る。内臓が震え、内部の機械が振動に耐え切れず内臓諸共破裂していった。
「か……はぁっ」
八来の口から血にしてはやけに黒い液体が吐き出され、急速に体が冷えていく感覚に陥った。白目を向き、がくりと膝から崩れ落ちる。
が、
「ひぃぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁぁぁ」
膝が床に付く寸前、映像の逆回しの様に八来が態勢を戻す。黒い液体で口元をべったりと汚し、吐き出した言葉は怨念の様に重く響く。同時にガリガリ、ガシャガシャと、激しい金属音が八来の体の内部から聞こえてくる。彼の体の中で、内臓の代わりに埋め込まれた金属やかろうじて残っていた生身の部分が、紛ツ神の能力によって次々と再生されていく音だ。
「おっとぉ」
雛のこめかみを狙った蹴りを杖で受けると、そのまま前へと滑りこんでがら空きの鳩尾に前蹴りを入れる。
八来の蹴りは普段雛と手合わせしている時とは比較にならない程素早いものだった。そして雛の拳撃や蹴りも同じ様に格段に上の速さと威力で放たれている。
「やるなぁぁぁ雛ぁぁぁ」
雛はすぐさま後方へと足を滑らせるように退避した。その判断に、八来は陽気に口笛を一つ吹く。彼の足にはいつの間にか渦を巻く水のドリルが発生し、水の渦を伸ばしながら雛の体に張り巡らされている黄金の結界をえぐろうとしていたのだ。
(俺の水の能力を避けようとしたことは……やっぱあいつの『陽』属性結界には紛ツ神の瘴気入りの能力は有効って訳か)
『聖』と『邪』、『陰』と『陽』、相対する属性は互いに有効である。そして濃度や練度の高い方が競り勝つのは当たり前。
雛が無意識に八来の能力を避けようとしているという事は練度は八来の方が上という事だ。
「どうした?俺の能力が怖いのか?」
杖を構え、その先端に水のドリルを発生させる。雛は一瞬立ち止まるが、直ぐに八来へと突進を仕掛けてきた。それに合わせるように八来も雛へと駆け出す。
間合いへと入り込んできた雛に水のドリルの先端を向けて突きを入れる。直線的な動きに雛は飛んで躱し、八来の頭を掴もうと手を伸ばす。慌てて杖を引き戻ししゃがみ込むと杖先で後方を付いてその勢いを利用して床をスライディングして緊急退避。
杖で床を突き、反動で素早く起き上がると目の前まで火球が迫ってきている。動じることなく大蛇の放水で火球を消すと、火球を追いかけるように雛が飛び蹴りを放ってきた。それを八来は鼻を鳴らして受け止める。
「……!」
無表情だった雛の顔に初めて動揺の色が現れた。八来の姿は蹴りを受けた途端、水となって霧散し消えてしまったのだ。
水によって作られた八来の偽物に再び足が止まった雛のすぐ後ろから八来が杖を大上段に構えて迫っていた。杖の先端には水のドリルではなく、瘴気をたっぷりと帯びた水の刃が付いていた。即席の薙刀が雛の背を切り裂く。
(入った、が、浅かったか)
全身に展開した結界のせいで大きなダメージを与えることが出来ず、八来は残念そうに口元を歪めた。
背を切り裂かれた雛は一瞬大きくのけぞったが、片足で床を蹴り空中で大きく回転しながら八来へと蹴りを見舞う。再び杖で受けるが、雛はその杖を足場にして大きく横へと飛んで間合いを離した。
「どうした?音の結界も、音響拳とやらももう使わないのか?いや、使えないよな……」
にやぁぁぁぁ、と、不気味な程嬉しそうに八来の口の端が吊り上がる。
雛は八来を睨んだまま、拳を構えて動かない。
「時間切れだ、雛」
八来がぱちんと指を鳴らす。すると、雛の体の内部からある音が響いた。
ずぎゅるるるるるるぐるごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
地下闘技場を揺るがすような飢えた野獣の雄たけび……ではなく、飢えた雛の腹の音。
「そろそろ腹がすく頃だと思ったぜぇぇぇぇぇぇ!!!」
エネルギー不足でふらつき始めた雛。その隙を狙って八来は猛スピードで雛へと接近、構えが解かれた雛の腹へと強烈な蹴りを入れる。
雛の体はくの字に折れ、黄色い胃液を吐き散らしながら吹き飛び、地下闘技場の壁へと激突した。
「はいよ、一丁上がりぃぃぃぃぃぃ!!!」
白目を向き壁にめり込む雛に近づくと、腕を掴んで一気に引き剥がして肩に担ぎあげる。
気絶している雛の姿からは狐の尻尾も鬼の角も消えていた。黄金の粒子も手甲も完全に消失している。
「能力はまぁまぁ……だが、結界や音結界、音響拳の精度はいまいち。腹が減れば能力は使えないってか。今回も、お前より修羅場くぐってる俺の方が上だったなぁぁぁぁ経験値舐めんなよぉぉぉぉぉぉ!!!」
気絶している雛の頭をバンバンと乱暴に叩きながら上機嫌に語りかける。
「終わったようだな、八来」
「おやぁ、人がバトっている最中に年若いお嬢さんとイチャついていた芭蕉宮サンじゃないかぁぁぁぁ」
観客席からリングへと降りてきた芭蕉宮に、いやらしい笑みを浮かべながら嫌味を一つ。
「イチャついてなどいない!」
ややムキになって反論する芭蕉宮の後ろでは、頬を染めて照れる小夢の姿が。相手の指先の血を舐めて恍惚の表情をさせるのはイチャつきだと思います。
「そういや、この前俺と闘った時に色々聞きたいことがあるって言っていたな?今度のお茶会とやらで話ししてやらぁ。それと、法園寺蓮生」
急に笑顔を消した八来の視線が蓮生へと移る。
「アンタが黄龍部隊のボスなんだよな」
「はぁい♪その通りです!」
可愛らしいボスは元気よく手を挙げてお返事してくれた。
「カイやアンタにも色々聞きたい事や話したいことがある。今日はこの後に天照への報告や後始末、雛の手当でバタつくから茶会の時に詳しく……な」
「了☆解!楽しみにしてまぁす❤」
「それと、小夢嬢ちゃん」
「へ?」
夢の中にいるようなうっとりした表情をしていた小夢は、突然名を呼ばれて現実へと引き戻される。
「雛とこれからも時々会ってくれや。こいつ、どうも友達がいないようでな。殴り合いの相手でもいいからよろしく頼むわ」
「アンタ、どこのお父さんや!それ、まるっきり娘を心配する父親の台詞やで!まぁええわ、ウチは雛ちゃんのこと気に入ってるさかい。その娘が元気になったらこっちから聞いてみる!」
「ああ、よろしくな。今度いっぺん家に遊びに来い。歓迎するぜぇぇぇ」
芭蕉宮たちに背を向け、片手を上げて立ち去る八来。色々なことがあったというのに、彼は心底上機嫌で出て行った。
やはり、雛は自分の運命の女だ。
二種類の妖怪の力を持ち、人でなければ使えない結界術を持ち、鬼特有のずば抜けて高い身体能力を持つ。
まだまだ伸びしろがある!もっともっとこの娘は上へ行ける!!強くなれる!!!
「八来、さん…」
肩に担いだ雛が寝言を囁く。
「牛丼……お代わり……」
彼女らしい寝言に思わず吹き出した。
「優勝したらって約束だっただろうが」
だが、試合は中止。賞金は当然貰えず、骨折り損のくたびれ儲けに終わった。
「……あのまま試合が続行していたらお前が優勝していただろうな。しゃあねぇ、牛丼おかわり自由は無し。その代わり大盛り五杯までなら許してやらぁ」
八来の背の蛇達も、主人と同じ様に口を開けて楽しそうに笑っていた。
今回で第三章は終わりです!さー、次の武台は!?




