唐突な異変
「あー、やっぱり。そうだと思ったんでごじゃるよー、誤情報教えたの兄者だったんでつねー悪いお人―」
雛と小夢の試合が終わった後、アークは携帯電話で誰かと話しをしていた。
「うん、試合の映像は後で渡すでごじゃる。え?もう一つのVIPルームに!?それを早く言って欲しかったでつよーぅ!!後で挨拶に行かなきゃヤバい案件ですぞー!?」
そして通話を切ると疲れた様にどっかりと椅子に腰かける。その勢いと衝撃に椅子はまたもミシミシと悲鳴を上げていた。
「どうした?」
「小夢ちゃんの様子がおかしいから、もしやと思ってカイ兄者に聞いてみたらビンゴ!八来パパと芭蕉宮兄者の勝負、芭蕉宮兄者が負けたと嘘を教えたそう何でつよーまいっちんぐぅ!」
「あ、芭蕉宮をのしたって冗談で言ったが、あの嬢ちゃん否定しなかったからなー」
「ボロボロで帰宅した芭蕉宮兄者見て動揺した小夢ちゃんに問い詰められたんで、面白半分で嘘ついたって。多分、小夢ちゃんを雛たんにけしかけたかったんじゃないの?雛たんにライバルを与える為に」
「……ま、結果OKという訳か」
試合後の様子だと、友情かそれに近いものが両者の間に芽生えたようだ。流石は拳で語り合った仲。
あの娘なら、雛のいい練習相手になってくれるだろう。
「芭蕉宮兄者もここ最近小夢ちゃんの様子がおかしいって言ってたしー。こりゃ、カイ兄者、後でお仕置きされるなーおお哀れ哀れ」
口調とは裏腹にアークの顔は実に楽しそうだ。カイが芭蕉宮達に仕置きされる姿を想像し、愉快でたまらないといった実に悪い笑顔を浮かべている。
「で、本題―」
アークの顔が一瞬で引き締まり、親指で隣の壁を指差し示す。
「ヤバい案件というのは、この隣のVIPルームに『法園寺蓮生』が居るという事」
アークの口元は引き攣り、顔色は真っ青になっている。
「黄龍のボスが?こんな子供のお遊びに興味があったのか」
「……普段の法園寺蓮生ならば、わざわざこんなところまで足を運んでは来ない。さっき、行方不明事件が多発していると言ったよね?それを調べる為に俺はここにいる。それを指示したボス自らがここに来ているということは」
「そのヤマ、相当ヤバい。そして、ボスが何かを察知したという事か」
「ビンゴ。こっちに情報が流れてこないのはまだ察知した何かに確証が持てないからだと思う」
「へぇ……」
いつもの様なおどけた表情が消えたアークに対して、八来は何かを期待しているのか楽しそうだ。
「蓮聖には会ったが蓮生には会ってねぇんだよなぁ、俺。ちょっくら挨拶してくるか」
「八来パパ、遺言あったら聞いておくけど?」
「何故!?」
アークは手を合わせ、「惜しい人を…」と不吉な事を口走っている。
「いや、だってさぁー八来パパって芭蕉宮兄者とそっくりでショー?相当ヤバいと思う」
「何がどうヤバいってんだよ?」
「ウチのボスは何と言うか……悪戯心旺盛というか度を過ぎたお茶目というか。お気に入りは兎に角、構いまくるお人な訳―。芭蕉宮兄者と八来パパが似ているってことで前々からものすごぉぉぉく興味持ってたから、会ったらとんでもなく構い倒される、嫌って程構い倒される、息付く暇も与えられない程に構い倒される!!」
大声で宣言した後、ふっと遠くを見つめるがその表情がどんどん曇っていった。何を思い出しているのか、アークは涙目で歯をガチガチと鳴らしながら床に座り込み「ごめんなさい!もうしません!!針だけは、針だけはぁぁぁぁ!!」と五体投地で手を合わせる始末。
「どんだけだよ、法園寺蓮生」
アークの突然の奇行にドン引きしながら、ちらりと横の壁を見る。この壁一枚向こうに噂の男、法園寺蓮生がいる。
第一次大厄祭に参加し、当時の八雷神に大打撃を与えた英雄の一人。
累神になりかけた岩二 狐九狸丸の主。
一体、どんな人物なのか是非とも会ってみたい。
「俺らのボスが隣にいるのなら、新人の俺は挨拶しに行かなきゃ失礼だろ?」
好奇心が抑えられない八来は、悪い笑みを浮かべながら椅子から立ち上がる。早く噂のボスの顔を拝みたくてしょうがない。
「確かにそうだけど!でも会ったら絶対八来パパめっちゃ構い倒される!!」
「構い倒されるって何だよ。俺は犬猫か?あのな、今はそのボスも一応仕事中だろ。仮にも軍のボスが仕事中にハメ外しておちゃらけるかっての」
八来の問いにアークの視線が右斜め下に。額にはじっとりべったりと汗がにじんでいる。
「いやぁ、あの人、拙者が言うのもなんだけど、一寸どころかかなり変わっているから……」
「雛の次の試合まで時間があるな。アーク、隣に挨拶行くぞ」
アークの言葉を無視して携帯電話の時計を見る。彼女の次の試合まではまだかなりの時間があった。
「え?ちょ!?行くの!?」
VIPルームを出て隣の部屋へと向かう。アークはというと当初は渋ってはいたが、最後には諦めて部屋を出てきた。
「そういえば、呼び鈴もねぇし隣室のカードキー持ってねぇから会おうにも会えないか」
「蓮生の携帯電話にかけても繋がらないし、留守カモー?」
八来が部屋の前で立ち往生をしていると、アークは何処からか小型のノートパソコンを取り出し何かにアクセスを始めた。
「お前、何やってんだ?」
「ちょっとしたハッキングー。隣のVIPルームの監視カメラにアクセスなう」
床に座り込んで胡坐をかき、むっくむくの太い指で物凄い速さでキーを叩く。すると、画面に先ほど八来達といた部屋と同じ物が映し出された。
「やっぱ、留守みたい」
画面には誰も映っていない。どうやら法園寺家の頭領様は外出中のようだ。
「しゃあねぇ、部屋戻るか」
「あ、拙者一寸御花摘み行ってくるでござる。八来パパは先に部屋戻っててー」
八来の手に予備のカードキーを渡し、アークはそそくさと廊下の角を曲がって消えていった。
「さて、雛の試合までどうやって暇を潰そうか」
一番見たかった雛と小夢の試合は決着がついてしまったし、雛以外の試合は退屈極まりない。
部屋に戻り、新しいワインのコルクを空けようとした時に八来の携帯がけたたましく鳴った。携帯の画面には大きく『アーク』の文字が浮かび上がっている。
「何だ?どうした、アーク」
《八来!かなりマズイことになってきた!!》
緊迫した様子、そして特徴的な口調が剥がれ落ちている。
《急いで部屋から……》
その言葉を最後に、会話はブツリと途絶えてしまった。
「何があった?」
言われた通りに部屋を出ようとするが、ドアノブを捻ってもドアは開かない。蹴り飛ばそうとすれば、ドアを結界が覆い攻撃の一切が通じなくなってしまう。
《八来様!会場を……!》
携帯電話から聞こえたパソ子の声に、ガラスの向こうの会場を見下ろせば観客や選手が次々と耳を押さえて倒れていく。
そして、床下からどろりと黒い液体の様なものが染み出し、徐々に何かの形を成していく。
「出やがったな、紛ツ神!」
黒い液体はガラクタを寄せ集めた不格好で醜い人の形を模したオブジェとなる。
目を凝らして雛の姿を探すが、見つからない。同じく小夢の姿もどこにも無かった。
八来の耳に、雛が何かあった時のサイレンである鎖を打ち鳴らすような音は聞こえてきてはいない。どうやら今のところは無事なようだ。
さて、扉が開かず結界も貼られている。どうやってこの部屋から脱出しようか?
「強行突破しかないよなぁぁぁぁぁ」
背中から大蛇を二匹生やし、会場を見下ろせる大きなガラスの壁へと水のレーザーを仕掛ける。
だが、ガラスが僅かに光を帯びたかと思うと水のレーザーはかき消されてしまう。
「まぁた結界かぁぁぁぁぁぁ!!!上等だぁぁぁぁ!!!結界ごと破壊してやらぁぁぁぁぁ!!!」
叫ぶ八来の背中から新たに二匹の大蛇が生える。計四匹の蛇は一斉に水のレーザーを一点目掛けて撃ち出した。
―――――――――――― 一方、アークはというと。
「ワインやらビールやら飲みすぎたでごじゃるよー」
トイレから出て部屋に戻ろうとした時、一人の少女とすれ違う。
「ん?」
桃色のツインテールの髪に、赤い和服を改造した和ゴシックロリータの服。
その後ろ姿に彼は見覚えがあった。
(まさか……?)
走り去っていくツインテールの女性の後を追うアーク。だがしかし、悲しいかな肉という名の重りを全身に持っている巨体。すぐに息を切らせて足を止めてしまった。
「そこで、何をしている?」
ぜーはーと、肩で大きく息をして壁にもたれかかっていると一人の男が声を掛けてきた。
「いや……その……ヒューッ、ヒューッ……ゼェハァ……」
顔を上げると、そこには巨大なピンク色のもこもこがこちらを見下ろしていた。いや、違った、巨大なピンク色のアフロだった。
「Mr.ハートメン?」
「イエス!正解だ!!」
ハートメンは陽気にぱちんと指を鳴らし、ビシィっ!と勢いよくアークを指差す。
「で?可愛い白豚ちゃんはここで何をしているのかなぁぁぁぁぁ?この先は関係者以外立ち入り!禁!止!!ちょぉぉっとそこでお話を聞いちゃおうかなぁぁぁ!!」
まずい、とアークが元来た道を戻ろうとすると床からどろりとした黒い液体が染み出している。
(この瘴気、紛ツ神!?)
液体は徐々に形を成し、ガラクタで造られた一匹の巨大な蛇となった。
急いで携帯電話をズボンのポケットから取り出し、短縮ボタンを押して八来へと電話をかける。
「八来!かなりマズイことになってきた!!急いで部屋から」
だが、会話の途中で突然通話が切れる。再度かけ直すが携帯電話はうんともすんとも言わない。
「妨害電波か」
忌々しげに舌打ちをした後、辺りを見回す。背後には薄ら笑いを浮かべるハートメン、前方には道を塞ぐほど巨大な紛ツ神の大蛇。
「……拙者、あまり戦闘モードになるの好きじゃないんですが?」
やれやれ、と肩を竦めるとやる気のないほどゆったりとした動作で壁に手を付く。ずぶりと水の様に壁の中へと手が沈み込み、一気に引き抜いた彼の手には一本のサバイバルナイフが握られていた。




