女同士で楽しくおしゃべり(別名・拳で語る)
《おおっとぉぉぉぉーーーーーー!!修羅雪姫が攻める、攻めるぅぅぅぅーーーーーー!!!何とあのツバキが防戦一方!!!さぁ、どうする?どう出るツバキぃぃぃぃぃ!!!》
篭手を出現させた雛は、ツバキの奥の手ともいえる音の衝撃を防いでいった。と、いっても急所を守っただけで当然余波は受けている。ダメージは徐々に蓄積されていっているがまだ動きのキレは鈍っていない。
一方、ツバキはというと雛の猛攻を防ぐのに手一杯で硬直状態となっていた。
(ああ、もう!あんまり能力使いたくなかったんやけどなぁ……。しゃあない、今日は大盤振る舞いや!!)
ふいにツバキの姿が陽炎のように歪み、雛の拳が空をきる。
「ふぇ!?」
ツバキの姿が消えたかと思うと、何十匹もの蝙蝠へと姿を変えて空へと舞い上がる。
《何とぉぉぉぉぉぉ!音の能力だけではなく、吸血鬼としてのもう一つの能力である蝙蝠への変化も使用してきたツバキーーーーーーーー!!!恐るべき修羅雪姫、ツバキにここまで能力を使わせたのは彼女が初めてだーーーーーーーー!!!》
蝙蝠は空中で一カ所に集まり、溶けて人の形を成していく。そしてものの数秒で小夢へと戻った。
「そっちが防御力強化なら、こっちも強化能力使わせてもらうわ!」
背中から巨大な蝙蝠の翼を生やし、大きく羽ばたかせると蛇帯戦と同じ様に雛目掛けて急降下する。落下の途中でその姿がかき消えた!
(え!?)
慌てて両腕を交差させて防護の体勢に入る雛。その真上から風が吹き、衝撃に備えて両腕に力を籠め、一撃を見逃さないように目を凝らす。真上からの風が、不意に左から右へと流れを変える。左に視線を移すと、ツバキの靴のつま先が見えた。
「ふっ!」
構えを解いて、握った拳の中指の第二関節を曲げてツバキの足首を両側から挟み込もうとする。だが、次の瞬間またも拳は空を切り雛の周りを蝙蝠たちが飛び交う。
《出たぁぁぁぁぁぁ!!いや、今回が初お披露目だ!!ツバキの攪乱戦法―――――――!!翼で加速し、出現しては消えるを繰り返す!!そしてそして、攻撃を当たられそうになった瞬間を狙っての蝙蝠化で攻撃をすり抜けたーーーーーーーー!!!修羅雪姫はこれにどう出るかーーーーーーーー!!!》
後ろに回ったかと思えば頭上へ、かと思えば足元を狙われ、風の動きで大体の行動は読める。読めるがツバキに攻撃を当てようとしても、寸前で蝙蝠化されて躱される。そして再び加速で姿を消されてしまう。
「反応はええけど、速さが足りんわ」
声が真正面から聞こえた。クロスカウンター覚悟で撃ちだされた拳は何もない空間を通り過ぎるだけ。
そして、背中と首筋に強烈な攻撃が入る。
「かはっ……!」
背中と首を蹴られ、派手に吹っ飛ばされてリングの床に転がる雛。
(攻撃しようとしたら躱され、躱すかと思えば攻撃され……どうしましょうか)
超音波攻撃のダメージの蓄積もあり、黄金の篭手の具現化はそろそろ時間切れとなりそうだった。
くらくらする頭を振って、起きあがると両手を脱力させてノーガードの体勢となった。
《修羅雪姫、ついに諦めたかーーーーーーーー!?そして、ツバキはいずこぉぉぉぉぉぉ!?》
雛の周囲で風が渦巻く。ツバキが加速に加速を重ねて一撃を叩き込もうとしているのだろう。
「ウチも舐められたもんやなぁ……そっちがそれなら、お望み通りでかいの一撃入れたるわ!!」
雛にツバキの蹴りが迫る。だが、雛はそれを見据えたまま動かない。
「んっ……!!」
鳩尾に加速で勢いを付けた蹴りの一撃が突き刺さる。雛は一瞬体をくの字に曲げながらも、めり込む小夢の足を中指を突起させて拳で左右から強く挟み込む。
「か、カウンター……です!!」
みしり、と小夢の足首が嫌な音を上げ、すぐさま蝙蝠へと変化してその場から逃れる。
「触れようとすれば蝙蝠になる。でも、攻撃の時は蝙蝠化しない、それならばカウンターで当てるしかありません!!」
後ろへと間合いを離す蝙蝠たちに向かい、雛が堂々と言い放った。
《これぞ肉を切らせて骨を断つーーーーーー!!しかし、攻撃を貰った後の反撃はカウンターの内に入るのかーーーーーー!?》
「あ、アンタほんま、イカレとるわ!!そんなんやったら身が持たんやろ!!」
人の姿に戻るが、背中に翼を生やしたまま床に足を付けはしない。
「頑丈なのが私のとりえです」
まだまだいけます!とファイティングポーズをとる雛。
「貴女を倒して、優勝して、八来さんのお手製牛丼を食べる為に私は頑張ります!」
大真面目で言い放つ雛に、小夢は盛大に噴き出して空中でズッコケた。
「シリアスなバトルになんちゅー大ボケかますん!?天然か?それとも受け狙いか?」
小夢の問いかけに頭にはてなマークを浮かべたまま小首をかしげる。
「ちょい待ち!本気かいぃぃ!!死合うどうこういう話はどこ行ったん!?」
「死合う為でもありますし、牛丼の為でもあります!!」
「また真顔!天然か!!」
「私は養殖じゃありません!」
「そういう意味とちゃうわ!!あーもー、調子狂うわぁ……。ホンマ、分からん娘やねぇ。頭痛くなってきたわ」
眉間にしわを寄せながら再び強く羽ばたき、姿を消す。
「ならば!」
風が動き、その流れで向かってくる大体の方向を見極める雛。
顔のすぐ前から強い風が吹いてくる。だが、動いて回避しようとせず、身構える。
ゴッ!
小夢の蹴りは雛の額で受け止められ、後の先の蹴りを脇腹に受ける。
その後暫くは、
小夢が加速して姿を消す→ そのまま雛に攻撃→ 攻撃を受けつつ後の先で反撃する雛→ 攻撃を受けてすぐ蝙蝠化して間合いを取る小夢→ 再び加速。
というループが続いていたが、徐々に小夢が拳を当てるタイミングが分かってきたようで、雛が完全なカウンターを返す場面が増えてきた。
殴られては返し、蹴られては返しするうちに小夢も小細工するのを止めて雛の前に堂々と現れ蹴りの猛攻をしかける。
そこからは小細工の無い殴り合いだけだった。
能力に回す力も惜しいと小夢は翼を消し、小夢も篭手を発現しなくなった。
《一体誰が予想できたかーーーーーーー!!今大会優勝最有力候補である二人が、小細工無しの、殴り合いで決着を付けようとするなどーーーーーーー!!いや、これこそ純粋な勝負!!強者同士にしか分からぬ拳の語り合い!!熱い、熱い戦いだーーーーーーー!!!》
拳の応酬が続く中、二人は全くその場から動かず間合いも変えていない。
(何なん?ホンマにアンタは何なんや!?この状態で何で!?)
拳が飛び交う中、雛は小夢の動きを見逃さないように目を見開く。
(そんなに楽しそうに笑えるんや!!)
口角が上がり、夢中で遊ぶ子供の様な笑みを浮かべながら拳を撃ち続ける。
「たの、しい、です!!」
楽しい、楽しい!!とてもとても楽しくて!!
八来の闘いを見ていた時とはまた違う高揚感。
「あなたと、闘うのも、とても、酔える」
ふわふわとして、ドキドキして、楽しく酔える!!
「だから、凄く、勿体ないです!!」
顔面青痣だらけで鼻血を流しながら、雛は話すのを止めない。
「何が、や!!」
小夢も同じく顔はボコボコされているし、鼻血を拭う事もせず拳を止めない。
「勝負を、終わらせる事が!!」
小夢の拳が雛の顔面を捕らえた!
「……んなっ!?」
顔面の中心に拳が突き刺さったまま、雛は足を踏ん張り逆に前へ出る。小夢のもう一つの拳に己の左の拳を当てて弾き、右の拳で小夢の顎を打ち抜く!!
アッパーの一撃に小夢の身体が真上へと吹き飛んだ。そのまま翼を使うことも無く、勢いよく床へと落ち動かなくなった。
《なあぁぁぁいん!てぇぇぇぇーーーーーーーーーーーんっ!!!!勝者ぁぁぁぁぁ!!!修羅雪姫ぇぇぇぇぇぇ!!!》
顔面を腫れあがらせ、鼻血を流しながらややふらつく足でゆっくりと倒れたままの小夢に近づく。
「ウチは……負けたんか……?」
意識を取り戻し、天井の照明の眩しさに目を細めながら小夢はやや涙声で呟く。
「ツバキ、さん」
雛が心配そうに顔を覗き込んできたので、泣かないようにギュッと唇を噛み締めた。
「なんや!敵討ちも出来ひんウチを憐れみに来たんかい!!」
涙を誤魔化すように叫び、心配そうな顔をする雛を睨み付ける。
「いえ、違います」
傍らに跪き、そっと小夢の手を取る。
「貴女と闘えて、凄く楽しかった。ドキドキして、本当にこの勝負が終わってしまうのが勿体ない位に、闘いに酔えました。そのお礼を申し上げたいのです」
互いの返り血で染まった手。
小夢の手を雛の両手が優しく包む。
「楽しい時間をくださったこと、本当に感謝しております。出来ることならまた貴女と闘いたい」
「あ、ああ……」
ゆるくふわふわの髪を持つ、小さくて愛らしい少女のような女性の笑顔。今は顔も片目も晴れてボコボコで、流した鼻血は赤黒く乾いて顔や衣装に飛び散っている。
満身創痍なお姫様は、それでも真っ直ぐな目で小夢を見つめ微笑んでくれた。
「……」
眩しい、と小夢は片手で自分の顔を覆う。
闘う事が楽しい、などと小夢は今までの人生の中で思ったことがない。
生きるか、死ぬか、そんな生活をしていたせいかそんな余裕はなかった。
地下闘技場での戦いは、もともと小遣い稼ぎで始めたものだったが彼女にとってレベルの低い退屈なものだった。
でも、今日は違った。
「修羅雪姫」
担架で運ばれる中、小夢は雛の背に向かって声を掛ける。
「ウチも、楽しかったわ。またな」
「はい!!」
片手をあげ、笑う小夢と嬉しそうに手を振り返す雛。
こうして、地下闘技場の優勝候補二人の闘いは決着した。




