蛇もまたその時を待っている
「正直、どっちが勝つと思う」
VIPルームではアークがシードルをリンゴジュースの如くごくごく飲みながら八来に問う。
「は?雛の勝ちに決まってるだろうが」
銜え煙草にライターで火を付けながらはっきりと言い放つ。。
「八来パッパの親馬鹿発言、頂きましたぁ~。もう、雛たんへの信頼が分厚すぎぃ!!」
「信頼?ばぁか、そんなんじゃねぇよ。あのツバキ……本名は小夢って言ったか?あの嬢ちゃんの実力見てたら、雛の方が強いってのは分かった」
「ほら、それ~。八来パパ、雛たんめっちゃラヴじゃん~。熱々じゃないですか、ヤダー」
隣の巨大豚まんもどきが五月蝿いので、右の眼球ギリギリにタバコの火を近づけて黙らせる。もちろん、人差し指と親指で瞼が閉じないようにしっかり固定してあげました。
「すいませんっ!ちょっと調子乗ってましたぁ!!だからやめて許して片目助けてぷりぃぃぃず!!」
涙目で懇願するので、アイアンクローで許してやった。ちょっと嬉しそうな顔をしていたのは気のせいだろうか?
「そういえば先ほどの雛たんの腕だけキラッキラな和風聖衣、あれ新技?天照BBAから貰った資料にあんなの書いてなかったでつよ?」
「その通り。今回がお披露目初の新技だ」
喉の奥で楽しそうに笑いながら、雛と小夢の闘いを見つめる。
「俺も昔は法術師の端くれだったんでね。ちょっと『気』の巡らせ方と呼吸法を教えたら、ああいう芸当が出来るようになったという訳だ」
八来は紛ツ神と成る前は、筋力や素早さを上げる術を少し使えるだけの平凡な能力者だった。
強化系の能力を使う上で必要なのは体内の丹田を中心として巡っている『気』の流れを円滑にしさらに濃度を上げることにある。これには特殊な呼吸法と集中力が必要不可欠だ。
手合わせして分かったことは、雛はこの二つの方法を知らず、感覚で結界術を使っていたという事。それで、初歩中の初歩を教えたところ結界の強化と結界を防具変形させることが可能となった。
「感覚で結界術使ってたの!?それであのレベルだったと!?そんでもって、コツを教えたら二段階以上すっ飛ばしてレベルアップ更に倍!雛たん、おっそろしいこ……」
「ああ、おっかねぇぞあの娘は。なぁにが未熟な結界術だ、あいつの実家が雛の事を何も見ず何も感じず何も気が付かなかっただけじゃねぇか。強固な結界、それの形を自在に変え防具に変化させるという特殊性!おまけのおまけに身体能力はそんじょそこいらの軍の狗よりもさらに高い!あいつは八塩折之酒を造った者の子孫だというが、本当に『それだけ』かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あの娘はやはり、違う。
身体能力は言わずもがな、攻防一体となる特殊な結界術といい全てが規格外過ぎる。
「八来パパぁ」
アークは上着の内ポケットから煙草を取り出して口に咥えると、八来の顔を両手で挟み込んでシガーキスをかます。
「雛ちゃんの事で興奮しすぎ―。これでちょっとは落ち着いた?」
ニタァっと笑い、火を分けてもらった煙草の煙をゆっくり味わうように吸い込んだ。
一方、八来は先程の興奮から一転して無表情になると背中から大蛇を一匹生やす。蛇は大口を開けてアークの頭頂部を甘噛みするとジョロジョロと水を吐き出し続けた。
「ちょ!地味な嫌がらせ止めてー!携帯電話防水だからいいけど、髪濡れて風邪ひいちゃう!!お洋服濡れちゃうらめぇぇぇぇ!!!」
「気色悪い事してんじゃねぇよ、この肉団子が!」
「ちょっとブロマンス気取っただけジャマイカーぁ!今度の同人誌のネタをネットで募集したら『肉襦袢巻男先生自身がブロマンスに挑戦!』ってとんでもないお題が来たの!拙者、ブロマンス書けるけどリアルには出来ないのー!だから、ちょっとリアルチャレンジしてみたのー!」
「ブ (っこ) ロマンスにしてやろうか?」
手の関節をバキバキ鳴らして凄む八来にアークは冷や汗を流しながら黙り込む。まだ大蛇の放水は止まらないまま。
「雛たん猛攻止まらないのしゅごいー」
全身ずぶ濡れのまま未だ続く女の闘いを見る。雛の優勢は変わらないが、小夢のガードが堅い為に決定打は未だ出ていない。
「結界篭手モードで防護力も上がってるからな。アレを使われると流石の俺も素手でやり合うのはちぃとキツイ」
結界篭手を使われると攻撃力防護力共に上がるので、素手で手合わせすると五回に一回はいい一撃を喰らってしまうのだ。
―――――――――八来と死合いたい……要は殺し合い一騎打ちしたい言いよった!
先程、小夢が言った言葉をふと思い出し笑ってしまった。
あの娘は何処まで自分と同じことを考えているのか。まさか、戦闘狂の部分だけではなく願望まで一緒だとは思わなかった。
さて、八岐大蛇の紛ツ神と死合う事を望む少女は須佐之男命となれるのか。はたまた八岐大蛇に喰われた贄の娘となるのか。
「俺と死合いたかったら、まずこの試合で優勝して見せろ。雛」
本当に、先が楽しみな女だ。
八来の心もまた雛の告白によって熱く高鳴っていた。
その気持ちが愛の形の一つである事を、この男は果たして気が付いているのだろうか。




