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確かにそれも『愛』の一つである事を彼女はまだ知らない

八塩雛は友達がいない。

産まれてこの方、そんな関係の者などいなかった。

学校のクラスメートは皆よそよそしく、近づいても来ない。

裏山の妖怪も同じで、こちらから近づこうものなら逃げていく。

だから、年の近い人物と二人きりでいても話題など浮かぶはずも無かった。


「まぁ、そう緊張せんでええよ。楽にし」


招かれた部屋は十畳ほどの広さにテーブルとイスが二つ、ロッカーは三つ置かれた特別控室。

ツバキ曰く、この控室にはあちらこちらに監視カメラが仕込まれているらしい。


「お茶か何かあれば良かったんやけど、そこは堪忍な」


椅子に座って笑うツバキ。そう、マスクを外しているので素顔が丸見えなのだ。


「ツバキさん……、失礼ですが女性だったのですか」


自分とは反対側に腰を下ろしおどおどとしながらも聞いてきた雛に目を丸くする。


「ご、ごめんなさい!間違っていましたか!?」


「いや、ウチの素顔見てよぅ分かったなぁ」


短い髪をかき上げて手を叩いてまた笑う。その表情は中性的でどちらにも見えるのだ。


「ウチは、女や。素顔で歩いとってもこの身長と顔やからよぅ間違われるんよ。髪、伸ばしてるんやけどね」


ベリーショートからショートヘアーにまで伸ばしたんやけど、と、今度は重いため息をつく。

綺麗な表情がくるくるとよく変わる。こんなに忙しい表情を持っている人物は今は亡き祖父しか雛は知らない。


「あ、本題からズレたねぇ」


本題―――――その言葉に雛の背筋が思わず伸びる。

先程、彼女が出した『八来忠継』の名。何故、彼女が彼の名前を知っているのか。どうして彼と雛が関係があるという事を知っているのか?


「あんさん、こういう刺青に見覚えない?」


唐突にマントを、上着を勢いよく脱ぎ捨てる。


「へ?ちょっ!?まままま待ってください!!」


慌てて両手で顔を隠そうとするが、ある物が見えて手が止まってしまった。

現れたのはスポーツブラ……ではなく、彼女のボリュームの薄……じゃなくて控え目な左胸の上にある小さな蓮の花の刺青。

くるりと背中を向けると、鳴神の刺青があった。


「あ……」


蓮の花と龍の刺青、これとよく似たものを最近見ていた。


「芭蕉宮さんの刺青と似ている!」


「あ、あの人はコレの事詳しく話してないか。まぁしゃあないわな、気絶させられていたから」


上着を着ながらツバキは 「しゃあないかぁ」 と呟く。


「これな、刺青やのぉて『契約印』なんよ。妖怪が人と契約した証で彫ったりするもんちゃう、契約した瞬間に浮かび上がるもんなんや」


「契約?」


「そう、海外でもよくあるやん?寿命やら何やらと引き換えに悪魔と契約して願い事叶えるっちゅーの。この国では第一次大厄祭が起こる前はよくあった話や」


当時の人間は今ほど能力者が溢れていたわけではなく、人外のモノや紛ツ神と渡り合うために妖怪や神と契約するものが多かったのだ。

現在では人間も妖怪顔負けの能力を持つものが増えた為、契約という手段は廃れてしまっている。


「ウチの契約は昔のような能力目当ての契約やないけどな。鳴三の為のもんや」


「芭蕉宮さんの?」


「改めて自己紹介させてもらうわ。ウチの本名は『鍔木小夢(つばき こゆめ)』!あんさんのお師匠である八来忠継に敗れた芭蕉宮鳴三の未来の嫁や!!そんで、アンタの所属している組織の一員や!!」


立ちあがり、ビシッと親指で己を指差すツバキ改め鍔木小夢。


「芭蕉宮さんの……奥様!!!?」


そう言えば、初めて会った時にアーク達が芭蕉宮には二回り年の離れた婚約者がいるという話をしていたのを思い出した。しかも現役の高校生だとアークが発言していた記憶がある。


「ウチが不在の間に未来の旦那が一騎打ちで負けてもうたって聞いた時には心臓止まるかと思ったわ!男と男の真剣勝負やから……負けたことについて今更どうこう言ってもみっともないわな。せやけど、妻たるもの夫の為に出来ることは何でもする!!師匠同士の勝負では鳴三が負けた、せやから今度は弟子同士の対決や!!八塩雛、ウチとリングで勝負や!鳴三の敵討ちや覚悟せぇ!!」


未来の旦那 真剣勝負  敵討ち 等々、雛には馴染みの薄い単語がポンポンと飛び出してくる。

だが、聞いていて何故か嬉しい。初めての、正式な、名指しの、宣戦布告!!


「はい!絶対勝ち上がります!!鍔木小夢さん、この勝負お受けします!!」


とってもいい笑顔。天真爛漫脳味噌お天気快晴、花開いたような可愛らしい笑顔に沢山の嬉しいという気持ちを込めて雛は返事する。


「お、おぉ……。いい返事やね。普通、もうちょい躊躇するもんやけど……なんやあんさん変わってる娘やね」


雛の明るい即答に逆に小夢が面食らってしまった。

変わっている、と言われた雛はというと小首をかしげて頭の上に 「?」 のマークを浮かべている。


「それで、八来さんの事についてお話しとは?」


「ああ、それな。あの男の名前だしたら即釣れるってアークが言うてたから。別に大した話はあらへんのよ」


「そうなんですか」


すると、雛は目に見えて気落ちしたように俯いてしまう。


「ごめんな」


自分の知らない八来の話を聞かせてもらえるかと思ったので、非常に残念だ。


「そこまで気落ちするとは思わんかったわ。あんたと八来の関係ってウチと鳴三に似ているってアークが言うてたけど、もしかしてそっちも恋人同士なん?」


「へ?」


恋人同士、と言われて雛が固まる。


「わ、私と八来さんが、恋人?世間一般では生活を共にしていれば恋人と認識されるのでしょうか?」


「はい?」


今度は小夢が固まった。


「いやいやいや!一緒に住んでいたら恋人って決まりも法律も無いわ!」


この娘、いう事が何かおかしい。顔を見れば困惑の色が濃厚に見て取れるし、発言から恋人という意味が全く分かっていないのは明らかだ。


「ならば、どのような関係が『恋人』となるのでしょうか?」


困った顔で無垢で純真な瞳で見つめられ、小夢の端正な顔が引きつった。

何なのだこの娘は?言動や仕草といい、どこかの箱入り娘なのだろうか?


「恋人……まぁ、何やお互い好きで好きで好きおうて、愛し合って、この世で絶対無二の愛おしいもの同士がなる関係や。で、将来結婚を誓いあう仲ってケースもある。ウチと鳴三みたいに……って何言わせるんや!」


顔を真っ赤にして声を上げたかと思うと、頬杖をついてぷいっと横を向き黙り込む。


「好きで好きで好き、この世の絶対無二で愛おしい者……」


小夢の言葉を繰り返し、考え込む。小夢が「反芻するな!照れる!!」というツッコミを入れていたが聞こえていない。

雛にとって八来は絶対無二の存在だ。代わりなどあり得ないし、彼がいなくなってしまったり自分から離れてしまうのはとても嫌だ。

八来の作る美味しいごはんは何杯でもおかわりできるし、心も体もとても満たされる。彼と行う組手は心躍るしとても楽しい上に勉強になる。

毎日が楽しくて、新鮮で、沢山の発見があるのが面白くて。

八来がいないと、毎日が楽しくない。

彼の事が大切だ。でも、


「でも、結婚は出来ないですね」


雛の呟きに小夢は首をかしげる。


「好きなら、結婚したいと思わないか?」


「いえ、結婚は出来ません」


なぜならば、と雛は幸せそうな顔でこう言った。


「私は八来さんと死合いたいからです」


彼は、彼と、私はいつか死合いたい。

死合うのは、彼でないと嫌だ。

何故かはわからない。紛ツ神と八来が闘う姿を見て、雛は初めてそう思った。

彼と死合えたら……そう思っただけで胸が熱くなり、早くその日が来ればいいと焦がれてしまう。

八来と死合えて果てることをいつもいつも、夢見ている。


自分は八来が好きだ。でも、命のやり取りをする仲になりたいのであって恋人になる関係や将来結婚を誓う仲にはなれない。だって、いずれ心中という名の死合いをするのだから。

彼もそう思ってくれているのだろうか?組手の最中に感じるあの熱い殺気は、自分と同じ事を思っていると受け取っていいのだろうか。


「私は、八来さんと一日も早く死合う為に強くなるんです。この大会にも、己の腕を磨くために出場しました」


恋する乙女の様な、熱に浮かされた瞳で。

蕾が花開いたように。

可愛らしい表情で。


少女の様な女が語った言葉は真っ直ぐで、しかし常人には歪んだ『愛』だった。


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