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そして蝙蝠はその名を呼んで笑う

八来がアークから累神となった妖怪 『岩二 狐九狸丸』 についてと、芭蕉宮の前々世から不運と厄を背負っていたという全俺が泣いたレベルの話を聞いていた頃――――。


(やはり、退屈ですね)


雛は他の試合を見ながら、消化不良の気分を味わっていた。

練習相手が八来で、実戦相手は紛ツ神という上京してからハイレベルな経験をしている雛にとっては地下闘技場の試合など準備運動にもならなかった。

先程の試合も本気を出す前に終了してしまったので拍子抜けしてしまった程だ。闘い足りなくてモヤモヤする。

他の試合を見ても心躍ることは全く無く、飢えた段ボール箱入りお嬢様にとってまだまだ喰い足りないご様子。


(八来さんと芭蕉宮さんの対戦の時のような試合は……無さそうですね)


あの力と力の拮抗した激しい戦いは思い出す度に興奮する。自分もいつかあんな風に闘いたい。


八来と 死合たい。


巨大なモニターに映し出される対戦表を見ると、もうすぐあのツバキの第二回戦がある。


「ツバキさん!」


期待と共にツバキのグループの試合専用のモニターに目がいった。


《さぁぁぁぁーーーーー!注目の!第二回戦!!ツバキVSオビだーーーー!!》


ツバキの次の相手は妖怪『蛇帯』。蛇帯とは帯が蛇状となった妖怪だ。

全身に帯を巻き付けた蛇帯ことオビは憎々しい眼差しをツバキに向けるが、当の本人は気にもせずボクシングの構えをとる。


《全大会、ツバキの初戦の相手だったオビ!!今回はリベンジなるかぁぁぁぁ?でぇはぁ……レディ―――――GOっ!!!》


先に仕掛けたのはオビ。素早く間合いを詰めると両腕に巻き付けた帯をドリルのように回転させてツバキの両のこめかみを狙う。


膝を曲げ頭を下げて躱すとそのまま前傾姿勢でオビの懐へと入り込み、その胸に軽く手を添える。

ドンっ!という衝撃音と共にオビは遥か後方のロープへと錐揉みしながら吹っ飛ばされていった。ロープの反動でオビの身体が前へと飛ばされると、ツバキは逆に彼女の顔面に合わせるように飛び膝蹴りの一撃を入れる。


「ごべっ!」


ぐしゃりと潰れる音と共に歯が数本宙を舞う。


「どないした?リベンジするんやなかったんかい?」


口と鼻から血を流し、無様に床に倒れるオビに近づき声を掛ける。


《圧・倒・的ぃぃぃぃぃぃ!!オビ、ダウンーーーーーーっ!!!てぇぇぇんっ!!ないぃぃぃぃんっ!!えぇいとぅぅぅぅぅぅ!!》


カウント8でオビは両腕に巻き付けた帯を操り、地面に突き立てるようにして体を起こす。


「そうこないと面白ぅないわな。お客さんもここで終わったらつまらないやろ?」


ツバキがノーガードで話している間に、オビは両手足に巻き付けた帯を伸ばし触手の様に動かすとツバキへと伸ばしていく。


「前と同じかい。阿呆くさ」


ツバキはボクシングスタイルの構えをとるとダッキングで躱しながら間合いを詰める。迫りくる帯の本数は四本から五本、六本と距離が近づくにつれ増えていく。


《おおっとぉーーーー!!?前回は計四本だったオビが今回は八本へと増えているーーーーーぅ!!前大会では帯四本で自慢の拘束からの投げ技絞め技に行く前にツバキの正拳突きでKOされた苦い思い出があるぅぅぅぅ!!そのリベンジとばかりに倍に本数を増やしてきたぞーーーーーー!!どうするツバキぃーーーーーーー!!!》


八本は不規則に、絶妙にタイミングをずらしながらツバキの両手両足、首、腰、顔へと巻き付こうとする。布を叩いて避けようとすれば逆に巻きつかれ、躱そうとしても伸びた帯は前後左右から壁を作る様になっていて逃げ出す隙を潰していく。


「はぁ……。『旦那』との訓練の方がよっぽど楽しいわ」


小さなため息を漏らすと、ツバキの姿がかき消えた。標的を失った帯たちは互いにぶつかり絡まってしまう。


「ど、どこに消えた!?」


慌てて辺りを見回すが、ツバキの姿は見えない。


「あ」


雛もリングのあちこちに目をやるがツバキの姿は見えない。そして何気なく上を見れば、あのエメラルドの瞳が二つ天井近くで煌めいていた。

天井から下に向かって、風が吹く。黒い翼が一直線に真下に向かって羽ばたき出した。


どぉぉぉぉんっ!!!


巨大な蝙蝠の翼を生やしたツバキの姿を天井付近で確認した次の瞬間、オビの身体はリングの床にめり込んでいた。


「はい、おしまい」


フードが捲れ、その下から鮮やかな蜂蜜色の髪が現れた。その細い髪が巻き起こった風になびくとファンらしき女性達から悲鳴ともつかぬ絶叫が巻き起こった。

翼でふわりと宙に浮かび敗者の背中から足をどけると、ツバキは退屈そうに試合終了の言葉を吐く。


《オビ、試合続行不可能――――――!!勝者ぁぁぁぁツバキぃぃぃぃぃぃぃ!!!!》


ツバキの勝利に観客は沸き、女性達からは再び黄色い悲鳴が上がる。よく見れば観客席のあちこちに『ツバキ様LOVE』や『ツバキ様ファンサして』等々どこぞのアイドルのライブ会場で見られる団扇を持っている客がいた。


「おや、チビちゃんは見学か?」


リングから降り、付近で試合を見ていた雛に声を掛けるツバキ。


「は、はい!あ、あの、第二試合勝利おめでとうございます!!」


突然声を掛けられて驚いたのと、周囲の観客の一部 (女性) から何やら痛い視線を感じたせいか、しどろもどろになりながら祝いの言葉を述べて丁寧に頭を下げる。


「不思議な子やねぇ……。修羅雪姫ちゃんの次の試合まで時間あるな。ちょいと控室でお話しせぇへん?あ、オレ、前回チャンピオンやから個室で控室もろてん。そこでどうや?」


「え?え?で、でも、殿方と二人きりは……その……えぇと……」


赤い顔で視線をあちこちにくるくると移動させ、慌てふためく。


「ぷっ!あはははははは!ちゃうちゃう、そうやない!そうやないから!大丈夫、この大会の運営さんところの警備の人があちこちいてるから悪い事なんて出来んし、する気も起きんから安心しいや!!」


腹を抱えて笑うツバキ。事前に見ていた写真の雰囲気から、もっとクールなイメージを持っていた雛だったがどうやらツバキは明るい人のようだ。


「部屋の中にも外にもびっちりしっかりカメラが仕掛けられてるから安心しい」


「え……」


「修羅雪姫ちゃん、あのな」


赤い瞳が雛に迫り、その耳元である人物の名前を呟いた。




「八来忠継についてちょいとお話せぇへん?」


驚いてツバキの顔を見ると、翠の瞳が楽しそうにこちらを見下ろしている。

嗚呼、吸血鬼の餌食になった若い娘は皆このように見つめられていたのだろうか?などと、雛は幼い頃に呼んだ吸血鬼の物語を思い出すのだった。


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